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勇者は何も語らない  作者: 真地 かいな
第2章 古代遺跡
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古代魔法


リオンは混乱していた。


モグラと揉みくちゃになりながら、谷底へと落ちていったことは覚えている。運良く、落ちていく途中でモグラをクッションにして、そのまま川に叩きつけられたことも覚えている。それでも川に叩きつけられた衝撃は相当なモノで、そこで意識を失ったのだろう。

それなのに目を覚ましたら繭の中、中から出たらそこは薄暗い洞窟で、そこには仲間が待っていて、自分を見つけた仲間が抱きついて来た…混乱するなと言う方が難しい。


「リオン…生きてた! やっぱり生きてたのね!」

「だから言っただろう! リオンは絶対に生きてるって!!」

「うん! うん!」


2人とも、リオンが生きている可能性など微塵も考えていなかった。それなのに、互いがそれを信じて疑っていなかったかのように喜んだ。満面の笑みの2人は、戸惑うリオンを抱き締めて生きて再会出来た喜びを噛み締めるのだ。


「喜んでいる所申し訳ありませんが、蟻の増援が顔を出しましたよ」


壮年の魔術師が躊躇いがちにティム逹へと近付いてくる。魔術師もそんな少年少女の再会を微笑みながら見守っていたかった。しかし、状況がそれを許してくれない。食糧庫での喧騒を察知した軍隊蟻が援軍を引き連れて迫って来ているのだ。すでに先頭の一団は手前の部屋に入ろうとしている。赤毛の少女はすでに臨界体制をとって、蟻の一団を睨みつけていた。


気絶している間に捉えられたリオンは蟻のことなど知りはしないが、迫ってくるモンスターの足音、その多さを感じて警戒心を高める。


ティムとミオも気を引き締めて魔術師達の横に並んだ。憂いも消えた今、生き残る事に迷いはなかった。


壮年の魔術師は横の3人をチラリと見ると、幼い外見には似つかわしくないギラついた視線を見つける。年齢を省みると心細さは残るが、先ほどのティムと呼ばれる少年が1人で黄色蟻を倒したところを見ればなかなかの実力であることはわかる。


「皆、聞きなさい。私達が蟻達を手前の部屋に釘付けにします。そこから溢れてきた蟻を何とか3人で抑えて欲しいのです。この部屋の入り口もそれほど大きく無いので、私達の魔法から逃れた蟻がいても一気に踏み込まれることは無いでしょう。そうすれば戦術的優位に立てます」


壮年の魔術師は5人全員で蟻逹と戦う事を決めた。

手前の部屋から食糧庫に入る通路は、今まで通って来た通路と同じく、1度に2匹の蟻が通るのがやっとの広さであった。壮年の魔術師はそこを狙って数の優位を確保しようと言うのだ。


「しかし師匠、奴らの表殻は魔法を無効化します。私たち魔術師にとっては天敵ですよ! どうやって戦えばいいのですか?」


魔術師組も、たった2人でこの樹海を半分進んで来れる程の実力者である。そんな2人が軍隊蟻に捕まったのはそういう理由があった。だからこそ、師匠の言葉に耳を疑う弟子がいる。

師匠の作戦の要となるのは間違いなく自分達の魔法なのだ。それに効果が無いと知っていて、どうしてそのような作戦が成功すると思えるだろうか。


「奴らも熱が無効な訳ではありません。表殻は硬く、魔法を無効化していましたが、森の中で燃え上がる炎を越えて来れなかったのを見たでしょう? ならばどうしますか?」

「…なるほど!」


師匠の謎かけに一瞬、考え込むような沈黙を見せた少女は差し込む光を見つけたのか一気に表情を明るくさせた。

弟子の頷きに満足したのだろう。魔素を取り込み始めた弟子から目を離し、自身も魔素を取り込む為、静かに呪文を唱え始める。


ティムは師匠と呼ばれる初老の男の詠唱に合わせて、大気中の何かが集まってくるのを感じた。ミオの使う精霊魔法の時にも感じる感覚だった。ティムがそんな不思議な空気に、やっと彼らが魔法を使えるのだと思い至った頃、弟子らしき赤毛の少女が手を大きく振るう。

突如、手前の部屋に巨大な炎の壁が出現した。


「…なんだコレ」


古代魔法を初めて目にしたティムが突如現れた炎壁を見て感嘆の声を漏らした。精霊魔法とは異なり、魔力から魔法を創造する古代魔法はかなりの攻撃性を有しているようだった。ミオの顔を見ると、その威力の高さに驚いているように見える。


「でも当たって無いじゃない」


驚嘆をムスッとした表情に変えたミオが炎壁を眺めていた。

ミオも古代魔法は初めてなのだが、蟻との間に壁のように燃え上がる炎を見つめる眼差しは、好奇心というよりも親の仇を見つめるような雰囲気がある。なにしろミオ達には炎に嫌な思い出しかない。その言葉遣いに棘があるのはそのせいだ。


しかし、この炎壁のおかけで、しばらくの間蟻達が動き辛くなったのは事実だ。蟻達は炎が消えるか、洞窟の壁と炎の隙間を掻い潜って単身乗り込んで来るしか出来ないのだから。ミオはどう考えていいやら迷ったように表情を移ろわせていた。


「ーースプラッシュ」


ティム達が様々な思いに耽っている間に、壮年の師匠から追い打ちの一撃が放たれる。


おそらくはその魔法の固有名であろう結びの言葉が唱えられ、炎壁に阻まれる蟻達の足元で、地面が大きく盛り上がり始めた。盛り上がりはどんどんと広がっていき、そのまま地面に巨大なヒビが入る。


途端にヒビ割れの中心部から天井まで届くような水柱が飛び出して来た。その噴射に巻き込まれて数十匹の蟻が空を舞う。防御に優れた蟻達は、水系魔法自体からのダメージは無効化してしまうようだが、それによって起こされた物理的な現象エネルギーまでは防げないようだった。

今回は、噴出の勢いで飛び上がった蟻達がそのまま地面に落ちていき仲間とぶつかり合って、あるいは地面のヒビを更に大きくさせて、硬質な身体を歪ませていた。


天変地異のような現象にティム達が呆気に取られている中、弟子は眼前に広がった結果を見て、ジト目を師匠に向けていた。


「師匠、やり過ぎです…」

「ふむ…弟子に咎められてしまいました。失敗ですかね」


失敗したとは全く思えない声で師匠が笑う。


その結果を見れば、古代魔法の知識など無いティム達にも師匠の明らかな過剰振りが分かった。


何せ、地面から噴出した水は、蟻を巻き上げただけでなく、天井に穴を開け、落ちてきた天井の破片や水飛沫で弟子の炎の壁を消し去った。作戦いかんでは、炎壁で蟻逹を塞ぎ止める筈だったのに、それがスッカリ消えてしまった。


ティム逹は、自らの作戦を台無しにした師匠に呆れながら、押し寄せてくるであろう蟻逹に備えて武器を握りしめた。


しかし、気を引き締めているティムの目の前で、ガゴォ〜ンッ!! と大きな音を立てて脆くなっていた床が崩れていった。バラバラと落ちていく地面だったものを見ながら、ティムは構えていた大剣で肩を叩いた。


「あ〜ぁ…やってくれるよな」

「まぁ…とりあえず、作戦は成功ですね。蟻逹はこちらに来れなくなりました!」

「…確かに! 師匠の仰る通りです」

「まぁな、確かに蟻達を食い止めたわけだけどよ…」

「とゆうか、全滅させたんじゃないの?」


階下で瓦礫の下敷きになり、動かなくなった蟻達を見下ろすティム達。互いに顔を見合わせながら、古代魔法の威力やら魔術師達のアホさ加減やらにため息をつく。


蟻達の脅威が一気に消え去り、辺りには師匠のバカ魔法への呆れが滲んでいた。


「出口…」

「あっ! そうじゃない、出口はどうすんのよ。蟻達が来られないけど、私達もこの部屋から出れなくなったじゃない!」


リオンが呟いた一言で大問題に気付いたミオは未だに大笑いしているバカ魔術師達を怒鳴りつける。2人の魔術師もようやく気付いたのか、我に返ったように顔を見合わせ驚きの表情を浮かべた。


「しっ…師匠、何か考えがあるのですよね?」

「むっ…考えですか」


弟子と、出会ったばかりの少年達から希望の眼差しを受けた師匠は、真剣な面持ちでニヤリと微笑む。



ーーしかし、何も考えていなかったようだ。








「おいおいおいおい! どうすんだよ?」

「とりあえず落ち着きなさいよ。ウロウロしたって答えは出ないわよ」


出口から隔離された5人は、なんとかこの部屋から抜け出す手段を考えていた。この部屋にあるのは、先ほどまでリオン逹が入れられていた繭が3つだけ。当然食べられる筈もない。いくらか保存食は持ってきているが、基本的に現地調達が指針のティム逹は食糧の残りも少ないため、籠城なんてする事は出来ない。そもそも、蟻の巣の中で籠城なんてしてもなんの意味もない。


抜けた床から階下に移動しようとしても、そこには既に蟻逹が集まって来ていた。


一刻も早く抜け出さねばならぬ状況なのに道がないのだ。良い方法を探そうと有り余る空間を行ったり来たりしていても、出ないものは出ない。




5人は額を寄せて打開策を

考えていた。

その間に、向かいの部屋では蟻達の増援が駆け付けている。床の無い部屋に気付かず、何匹かが階下へと落ちて動かなくなるが、落ちなかった後続達は、どうにかこちらに来れないかと足掻いているようだ。


「何かヤバイ雰囲気じゃねぇかよ!」

「ちょっとアンタ! お師匠さんなんでしょ。アンタがやった事なんだから何とかしなさいよ!」


ミオは師匠の評価を下方修正していた。さっきまでは敬語が似合うと思っていたのに、今ではアンタ呼ばわりだ。


「貴様! 師匠にそんな口を効くな、焼き殺してやるぞ」

「うっさいわね、アンタみたいな赤チビに殺られる訳が無いでしょう」

「ぁっ…赤チビだと!?」

「やめなさい! 誰かに責任がある訳でも無いのだから、仲違いしてはいけません。皆で力を合わせて困難を乗り越えましょう」


「「いや、お前の責任だよ!」」


どの口が言っている、と師匠の態度を弟子も含めた面々が非難していた。


そんな4人の喧騒から離れて、リオンは1人で壁際にいた。鞘に入れたままの小剣を手に持ち、部屋中の壁を切っ先で撫でるように歩いていた。


そしてついに、反響音から壁の先に空洞があるであろう場所を見つける。しかし、リオンが振り返ると、事態を軽視しているように騒ぎ立てる4人がいた。


リオンは懐からナイフを取り出して、それを投げる。


「うぉい!!」


ティムの顔のすぐ横をナイフが通り過ぎた。驚きでタタラを踏んだティムは、ナイフが飛んで来た方向に目を移す。


「ティム、ここだよ」


そこには平常運転…いや、少し怒気を纏ったリオンがいた。ナイフの事などなかったように、空洞がありそうな壁をコンコンと叩いている。


「おっ…おう…壁の向こうが出口かもしれないんだな?」


ティムはリオンの怒りから逃れる為に、怒気に気付かないフリをして真面目を繕う。リオンは無言で頷いた。ティムの頬に一条の赤い線が出来ている気がするが…気のせいだろう。


「てぇや〜!!」


ティムはリオンの意を汲み取ると、壁に穴を開ける為、大剣の柄で勢い良く殴りつけた。


「ダメだ、傷1つついてないぞ。頑張りなさい、少年!」


何処か上から目線の師匠から声援をもらいながら、ティムは壁への挑戦を繰り返した。全力で何度も叩き付けているのだが…壁の表面がボロボロと崩れただけで穴は開かない。それでも全力を尽くしたティムは肩で息をしながら地面へとへたり込んだ。


「ダメだな…ここは師匠、お願いします」

「うむ。遂に私の出番が来たようですね」


そんなティムの姿を見ていた魔術師達が、悠然と進み出てきた。師匠は何故か自慢気な笑みを浮かべながらティムを振り返った。


「貴方は全力を尽くしました、後は私に任せなさい」


そして、魔法を唱え始める。

先ほどよりも短い詠唱が終わると、地面から岩の刃が突き出した。その刃が壁を貫き、簡単に大人2人が通り抜けられるほどの穴を穿つ。穴の向こうにはリオンが思った通り、通路が続いていた。この部屋のような光源はなく、真っ暗闇ではあったがそこは確かに通路だった。

魔法で生み出された岩の刃も役目を終えたのを悟ったかのようにボロボロと崩れて元の地面へと還っていく。


全力を尽くしても何も出来なかったティムは、その結果を大口を開けて見ていた。


「お見事です」

「セキよ、貴女もこれぐらいできるように精進しなさい」


師匠は、一仕事終えた汗を満足気に拭いながら、少女の頭を優しく撫でる。赤毛の少女は猫の様に目を細めて、その温もりを感じているようだ。


「さぁ、道は切り拓きました。いつまでもヘタレて居らずに、出口を探しに行きましょう」


そんな一言をティム達に残して、魔術師達は穴の向こうへ続く通路へと消えていく。

未だに呼吸を整えているティムはそんな魔術師達の姿を眺めて思った。


「あいつら、何か腹立つ」


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