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勇者は何も語らない  作者: 真地 かいな
第1章 旅の準備
11/49

もう要らない


「兄ちゃん達、本当にごめん!! 今回は俺の我儘で迷惑を掛けた、本当に悪かったって思ってる」


これが目を覚ましたバミルの第一声だった。

ティムはこれから楽しい余興が始まるのを心待ちにするような顔でその謝罪を聞いていた。

バミルの心の中にあった闇を知っていながら、それが消えたかどうかの確認もしないティム。そんなティムの横顔をミオは険しい表情で睨み付けていた。


ティム達から詳しい話を聞いていたリオンも、気絶する前に見られた“性格が変わったようなバミル”の事を気にして、そんな態度が現れないか観察していた。

ミオとしては、目を覚ましたバミルがまた黒い何かを出さないかと不安を抱いて、いつでも魔法が使えるように身構えていた。


結局2人が心配していたような事は何も無かった。ただバミルは自分のした事を、自己満足の我儘だったと説明して、皆に迷惑掛けたことを謝罪するばかりだった。


そして、ティムが楽しみにしていた余興が近付いてくる。


「やっと起きたわね!」


バミルに意識が戻ったと気付いたフモールがやって来ていた。後ろには、既に固定パーティーのようになったビリーとマメルの姿もある。


「フモール…」


フモールの顔を見たバミルは笑顔を見せる。母親の仇をとってやったぞ! と誇りたくなって、真実を知らないフモールに伝えるわけにはいかないと、眉を寄せた。


「フモール! 俺は…1人でゴブリンリーダーを倒したぞ!」


だから言える事はそれだけだった。

だがフモールにしてみれば…


「はぁ? アンタ何言ってんの? 自分勝手な行動しといて、ゴブリンリーダーを倒したから褒めろって言うの? そんな事しか考えられないような頭だったわけ?」


当然だった。

特に、血の繋がった実の妹としては、兄の行動に対して責任を感じていたのだろう。もちろん兄が生きて帰ってくることを一番切望していたのもフモールだ。だからこそ、バミルの態度はいただけなかった。


「ちょっとコッチに来なさい!」


フモールは首根っこを捕まえて、戸惑うバミルを引き摺って行く。皆んなが休憩している場所から離れた所まで連れて行くとそのまま説教を始めた。


「はっはっは! おいミオ、バミルの顔見てみろよ! ありゃ相当絞られてるぞ。傑作だな」


何を話しているのかは分からないが、バミルは相当焦った表情で何度も頭を下げていた。最初は憤怒の表情を浮かべるフモールに頭を下げて、次は困ったような顔のマメルに頭を下げる。最後にビリーに頭を下げて、その後またフモールに頭を下げていた。


「はっはっは、アレがバミルかよっ!? おいミオっ、アレがいつも余裕かまして面倒くさそうにしてるバミルだぜ? はっはっは腹痛てぇ…おいミオ? どうした? 面白く無いのかよ?」


愉快に大はしゃぎしているティムの横で、ミオは沈黙を貫く。額には青筋を立てていた。


「どうした? 何か悪いモンでも食ったか? ミオは食い意地張ってるもんな、何か拾い食いでもしたか?」

「…ダメだよ」


リオンのつぶやきがティムの耳に入ったと同時に、横からブチッという音が聞こえてくる。


「ティム…ちょっと話があるんだけど、良いかしら?」

「あん? 俺だけか、リオンは要らないのかよ?」


まだ理解出来ていないティムは何だか重要そうな話の為に、リオンを外したがるミオの様子を訝しがった。当のリオンはそんな気遣いはいらないからサッサと行って来いとティムの背中を押し出す。


「良いからコッチ来なさい!」

「痛ぇ! 髪を引っ張るな! 髪を! 抜けるだろうが!!」


ミオは押し出されたティムの短髪を鷲掴みにすると、皆んなから離れていく。


「はぁ…」


ティムももう少し女の子への気遣いが出来たら良いのに。おそらくリオンの口から漏れ出た音はそんな意味があったのだろう。


「全くアンタは!! バミルの心配もせず……のことばっか……が楽し……教えてくれるかしら…………たし……食い意地……どういう意……れも教えて……………じゃぁなに……ってわけ……………」


ミオの雷様はフモールよりも盛大に鳴り響く。その漏れ聞こえてくる声にホッブズ達が凍り付いた。

ミオの説教は心身共に響くというのを、身を以て知っているからだろう。まるで自分が怒られているかのように、地べたに正座して顔を俯かせていた。


「はぁ」


リオンはまた、ため息を吐いていた。





ーーー




「お帰りなさい、ずっと待ってましたよ」


コムル村ではミレーヌが皆の帰りを迎えている。

ミレーヌは無事な姿に涙を浮かべ、子ども達から見違えるような逞しさを感じて嬉しくなっていた。

誰1人欠ける事もなく、怪我人すらも見られない。送り出す時には、戦闘で怪我をしないなどあり得ないと心配で渋っていたが、娘のミオが奮闘してくれたのだろうとほくそ笑んだ。



あの後、数日掛けてティム達は帰って来た。

帰り道でも、子ども達に更なる経験を踏ませようとしたティム達は、なるべくモンスターの多い地域を中心に通ったため、行きよりも時間が掛かり、今は夜の時間帯になっている。

バミルの腕は帰りの道中で感覚を取り戻し、元通り動かせるようになっていた。というよりも、ミオが心配していた程に腕の感覚が途切れておらず、洞窟前で気が付いた時にはほぼ治っていたのだ。せいぜいが、ちょっと痺れを感じるな、程度の違和感しかなかったのだが、それもさっぱりと無くなったようだった。


「皆、よく帰って来たね」


ミレーヌが子ども達1人1人の表情や体調を確認しながら、帰還を喜んでいると、奥の部屋からハンスとライが顔を出す。ハンスも皆の無事を確認して安心していた。


「ミレーヌさん、いっぱいお土産あるんだぜ」


身体中のあちこちをミレーヌに確認されながら、ホッブズが言った。それを口火に子ども達が騒ぎ始める。

それぞれが自分が倒した獲物がどれ程強くて、それを倒した自分がどれ程素晴らしいのか、お土産に手に入れた美味しい食材は自分のモノが一番凄いとか、そんな話をまくし立てた。


その話全部に笑顔のミレーヌが相槌を打っていく。


「あらあら、そう戦闘蜂に暴れ猪、角鹿や地蛭も? えっ!? 全員で虎狼とも戦ったの? 刃鼠はそんなに沢山いたのねぇ〜」


リオンは空気が変わって来ているのを感じていた。笑顔を浮かべているミレーヌの顔が、獲物の名前を聞く度にピクリ、ピクリと動くのだ。

子ども達が差し出してくるお土産も、笑顔で受け取りながら話の真偽を確かめるようにしっかりと確認している。


「それに…そぉ…ゴブリンの巣窟なんて所にまで…」


これが決めてだったのだろう。

ミレーヌの瞳がクワッと見開かれて、ティム達を捉える。


「ティムさん、ミオ!! …それにリオンさんは何処に行こうとしてるんですか? 3人共ちょっとコッチに来なさい!!」


ミレーヌの変化を敏感に察知して外に逃げ出そうとしていたリオンも間に合わなかった。ティム達3人は阿修羅となったミレーヌに引き連れられて、スゴスゴと食堂の方へ消えて行く。


「どういう事ですか!? あれ程危ない事はしないで下さいとお願いしていたでしょう!」

「いやでも、誰も怪我は…」

「そういう問題じゃありません!!」




「「ハンスさん…」」


子ども達は怒られているティム達を不憫に思い、助けを求めるようにハンスへと視線を移す。


「私にはどうにも出来ないよ…すまないね。皆もリオン達みたいになりたくなかったらミレーヌさんの怒りを買う事だけは避けなきゃいけないよ」


ハンスはそれだけ言って、子ども達を奥の部屋へと促した。








その日の晩ご飯は豪勢な食事が卓上に並ぶ。全てが子ども達が自力で集めてきたモンスターの食材だ。全員が子ども達の成長を喜び、顔に笑顔を浮かべて食べ始める。

まだ戦闘訓練に参加していない子ども達も椅子を並べて豪勢な食事に舌鼓を打っていた。


その中で浮かない顔の者が数名…ティム達3人は子ども達に危険を及ぼした罰として、他の子どもとは違う食事を与えられていたのだ。


「何でだ? 俺も頑張ったよな? 俺も肉が食いてぇよ」


ティムは、焼き固められた黒パンを野菜スープに浸して柔らかくしながら呟いた。

隣でムスッとした表情のまま食事を続けるミオは、怒られたのはティムの所為だと鼻を鳴らして不機嫌さを表していた。リオンはたいして思う所はないのか、早々に自分に用意されたスープとパンを食べ切って、皆が並ぶ食卓を見て笑顔を浮かべている。


「僕も早くモンスターと戦えるようになりたいな!」

「もう少し大きくなったら、私達が教えてあげるわね」

「もう少しってどれぐらい?」

「ん〜、もう少しね!」

「んと…わかった!!」


美食を持ち帰ったフモール達は、より年少の子ども達から羨望の視線を受けていた。それが少し気恥ずかしいが、ハンスやミレーヌにも褒められたし、誰も命を落とさなかった。まさに今、この食卓が一番の幸福を感じられる時なのだ。


「そうだな、一番幼い者でももう少しで7歳を迎える。そうしたら残りの皆もティム達に剣を教えて貰うと良い」

「ティム兄ちゃん達も教えてくれるの!?」

「やった! 僕もティム兄ちゃんみたいにデッカい剣でモンスターと戦うんだ!」


ハンスの取って付けたような一言に幼子達が喜色を浮かべた。その意味を察したティム達は互いに目を交え、ミオに全てを押し付ける。


「まぁそうね、フモール達にも教えるって事を覚えてもらわなきゃいけないから、まずは彼女達に教えて貰いなさい」

「えぇ〜ティム兄ちゃん達には教えて貰えないの?」

「私達も忙しいのよ? だから、まずはフモール達に教えて貰いなさい」

「そんな事言わないで、教えてあげれば良いじゃないか。ミオ達も時間はたっぷりとあるだろう?」


目を鋭くしたハンスがミオをそっと見つめた。ここで目を逸らしたら負けだと思ったミオは負けじとハンスを見つめ返す。


「私達にもやらなきゃいけないことがあるわ。村にいてもそれが叶うなら…先の事なんかどうなるか分からないものね。約束は出来ないわ」

「やるべき事っていうのは…

「だから!! もし私達に時間と余裕があれば、他の皆んなにも稽古をつけてあげるわ! それで良いでしょ? ハンスさん」


結局こうなる。

旅立ちを止めたいハンス達と止める気の無いティム達。互いに、子ども達の前では復讐云々の話が出来ない為にこういった話し方になるのだが、今回は純粋な幼子の願いを利用したハンスがティム達を約束というモノで村に縛り付けようとして、ミオがやんわりと曖昧にしたのだ。

本当は断固否定したかったが、子ども達の手前、あまり不安や疑問を抱かせるような発言は避けたい。ハンスの言葉巧みさに負けない為に、言葉を区切ってこちらの言い分を通した形になる。


しかし、少し強引なミオの言葉はミレーヌの怒りを買った。実娘が大恩あるハンスに対して睨み付けているのだから、それも仕方がない上、ミレーヌとしてもハンスと同様の思いなのだから余計にだろう。


結果、ティム達は空気の悪くなった食卓から離れるように席を立つ。フモール達の祝いの席を濁した侘びを視線だけで伝え、これ以上の悪化を避けて足早に去って行った。


「ティム兄ちゃん達どうしたの?」


3人がいそいそと部屋を出て行く時、誰も答えられない疑問を幼子が問い掛けていた。








波の音が聞こえる。満天の星空の下、規則的に打ち寄せているようで不規則な音が、終わる事なく奏でられる。


そんな悠久の調べが漂う崖の上で、ティムを挟んだミオとリオンが川の字になって寝転んでいた。


「なぁ…」

「何よ?」

「フモール達もホッブズ達も、十分戦えてたよなぁ」

「…そうね」

「リオンはさ、どう思ってんだ?」

「ん?」

「後、何をやっとかなきゃいけねぇかな?」


後進の憂いを拭うのに必要な事は何なのか。黄昏ているティムは、頭の中でそんな事を考えていた。


ティム達は自分達が旅立った後も子ども達がハンス達を支えて生きていけるように鍛えてきた。その成果は今回の樹海探索で示されたのだ。


他には無いのか? その答えを知るには、ティム達にしか出来なかった事を挙げていかねばならぬだろう。


ティムだけが行っていた鍛冶術は数年分の蓄えを残す事で解決とした。

リオンが行っていた幼子の世話は、教えずとも自然と身に付いている。

ミオだけが扱える精霊魔法は教えたくとも教えられないし、ミオはミレーヌから教わったのだ。必要ならばミレーヌから教われば良い。


「…もう要らないんじゃないかな」

「やっぱ…そうだよな」

「そう…ね」


3人とも、自然と答えは出てきた。

旅立つ準備が整ったのだ。

後はいつ旅立つか…それだけだった。


「いつが良い?」

「…何のことよ?」

「分かってるだろ?」

「そうね…リオンはいつが良いの?」

「うん…」


けれど、そこから話が進まない。

曖昧な言葉が行き交うだけで“旅”という単語すら会話にあがらない。

彼等も村が恋しいのだ。幼い頃からここで育ち、辛い経験を経て、友人を得たこのコムル村が。


「良い夜だ、風が気持ち良い」

「やめてよ、ティムが言うと気持ち悪いわ」

「でもティムが言うように、本当に良い夜だよ。星も綺麗だ」


夜空に輝く星々の間を白色の流れ星が通り過ぎた。そこに在る過去と未来を隔てるように。


ーー結局、答えは出なかった。


いつかは旅立つ。

自分達で決意したそんな思いが、3人の心に影を落としていた。


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