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クズの鎮魂歌  作者: 叢雲@ぬらきも
第二章 アースガルズ
9/11

ファースト・ヒューマノイド

「さて、これからおめーらどうすんだ?」

「どうするって?」


 フィルさんの治療が終わり、一息付いたところを見計らってカインがそんなことを切り出してきた。

 どうすると言われても何も思い浮かばない。と言うより『千里眼』を使った反動のせいで視界がぶれすぎて気持ち悪いし、激しい運動したから体も重い。

 このまま横になったら爆睡する自信がある。正直もう寝たいと思っていた俺はおざなりな対応を返した。

 するとカインはタバコをぴこぴこさせながら器用に片眉だけを吊り上げて、わざとらしくため息を吐いた。


「あのな、おめーを斬ったあのひょろい奴。フィルの元配下だったとは言え、『オーディン』の兵隊だ。あいつぁ頭かてぇし調和の乱れを何よりも嫌う。フィルにご執心のようだったが、嬢ちゃんが異分子レイドであるとバレちまった。あいつの耳に届くのも時間の問題ってわけだ」

「おでんだかレイドだかわからんが、あんたは一体何者なんだ?」


 次々と聞き慣れない単語が飛び交う。頭の回ってない状態では碌に思考も纏まらない。

 そもそもこのカインって男は何者だ。妙な薬と言いあの歪む空間と言い、明らかに異質だ。

 行動や言動から敵ではないと分かるのだが、アニマ、ヨミ、フィルさんとはどこか違う感じがする。

 長い髪の毛や気怠そうな仕草、清潔感とは程遠い無精髭に咥えタバコ。どう見ても現場のおっちゃんっぽい。

 だが、何と言えば良いのだろうか。社長……いや、それよりももっと上。生まれながらにして絶対の差があるような感覚。

 

 行動の端々から窺える、気品と威厳に満ちたこの空気は一体なんだ?

 訝しげにカインを見つめていると、カインは咥えたタバコを人差し指と中指に挟んで口から離し、顔はヨミ、タバコの先を俺に向けて首を傾げた。


「おいヨミ、記憶の墓場に連れてったんじゃないのか?」

「連れてったさ。だが、どうも中途半端にしか引き継ぎをしていない。それは僕もわからないさ」

「んん? どう言うこった? 基本全部上書きされるはずだぞ。俺たちと勝手が違うってのか……?」


 二人が何やら話し合っているが、俺には良く分からない内容だ。記憶の墓場で見たものはヒューマノイド誕生に纏わる事くらいだ。

 時々、耳元で誰かが囁くような感じで記憶がふっと浮かぶ事もあるが、それについてはどうにもならないので考えることを諦めてる。


「それよりあんたはなんなんだよ」

「知らないと言うのはげに恐ろしいな。仮にも神に匹敵する相手だと言うのに」

「は? 神?」

「別に神様じゃねぇけどなー。周りが勝手に言ってるだけで」


 本当に迷惑しているんだぜ、と言いたげにカインが苦笑し、紫煙を吐き出す。そんなことは知ったこっちゃない。

 神ってあの神様ってことか? この現場系のおっちゃんっぽいこの男が神? 何の冗談だ。

 

「この男はファースト・ヒューマノイドの一人、ロキ。カインは偽装コードだ」

「ファースト・ヒューマノイド……ロキ……⁉」


 ヨミの言葉に戦慄が走った。わなわなと体を震わし、畏怖の目でカインを見やる。


「って何?」

「今の知ってるような口振りはなんなんだよ」


 カインはおろか、ヨミとアニマからも白い目で見られた。いや、知らんがなそんなの。

 ラプなんとかの匣を守ってる人だっけそれ。違うか。

 何かしら重要な事を聞かれて知らないと正直に答えるとヨミの目が冷たいんだよなぁ。あの目を見てるとなんかゾクゾクするけど。

 そんなことを考えているとヨミがその目をして俺を睨んでいた。殺意が見え隠れしているのは気のせいだと思いたい。


「仕方ない、君に色々と教えよう」


           ◇


 ヨミの長い話が終わった。ヨミの説明は分かりやすく噛み砕いてくれているので非常に理解しやすい。案外医者じゃなくて教師に向いているかもしれない。

 ファースト・ヒューマノイドは最初に生み出された四人のヒューマノイドを示す。

 極めて高純度の『神の雫』をコアとし、どれも強力な特質スキルを保持しているらしい。

 現在の世界はオーディンが統率しており、フレイがその補佐。ヴァルキリーは魔王との戦いで行方不明になっているらしく、100年経過した今でも消息が掴めていないようだ。

 オーディンは魔王の復活を恐れ、魔王復活に繋がる不穏分子を処分することが仕事、とカインが補足してくれた。


 魔王とは『聖杯』をコアとしたヒューマノイドと対を成す存在。機械人形マテリアルを率いる悪の親玉って感じだそうだ。

 魔王単体で大陸一つ塵に返したとも言われるそうで、もし魔王が復活すれば世界は再び混乱の境地に陥る。

 それだけはなんとしても食い止める。それが世界を統率するオーディンの目的。

 それでなぜアニマが狙われるかだが、ヒューマノイドは生まれながらにして特質スキルを誰もが持っている。

 ただし、『神の雫』の純度―――つまり、ランクが特質スキルの有無に大きく関わる。


 基本的に特質スキルを持つヒューマノイドはCランク以上。それ以下のランクが特質スキルを持つことは絶対にない。

 だが、アニマはFランク、製造先不明にも関わらず【金剛】の特質スキルを持っている。

 それだけで異端なのだ。世界の均衡を崩す異分子レイドと成り得る危険な存在。

 ヨミによると、アニマは以前から異分子レイドとして疑われていたらしい。

 その時は特質スキルがない事を証明し、うまく掻い潜って難を逃れて来たらしいが、今回の一件でオーディンに気付かれてしまった。

 

 世界の平穏と言う大義名分を掲げるオーディンが、アニマを見過ごすはずもない理由がその特質スキルにもある。

 フィルさんの特質スキル、【修羅】は一時的にとは言え、ファースト・ヒューマノイドをも上回る戦闘能力を発揮出来ると言う。

 その攻撃力は随一を誇り、かつて〝武神〟として世界に名を馳せていたらしい。あの幼女がそんな凄い人だとはとても思えないが。

 話が逸れた。【修羅】は数ある特質スキルの中でも極めて高い攻撃力を誇り、最攻の矛と言われている。

 そしてアニマの持つ【金剛】。【修羅】と対極に位置するこの特質スキルは如何なる攻撃も弾き返す、最硬の盾。


 Fランクであり、際立った身体能力を持たないアニマが生き延びてこれたのはこの特質スキルの恩恵があるからだとヨミは言っていた。

 最高責任者からすれば末端の末端にそんな力があると分かれば動かざるを得まい。ファースト・ヒューマノイドはこの世の神。

 神に匹敵する力を持つ特質スキルをアニマが持っているとなると、魔王と関わりがあると思われても仕方ない。

 状況は思っていた以上に深刻なようだ。いつの間にか吹っ飛んでいた眠気のおかげで思考が纏まっていく。 


「……なるほど」

「ファースト・ヒューマノイドとか呼ばれてっけど、俺弱いからな? 多分嬢ちゃんに負ける」

「接近戦であれば、だろう。君の〝領域テリトリー〟内で君に勝てる者はいない」

「えー? んな大層な特質スキルじゃねぇぞ。条件アホほど厳しいし、動き回る的指定すんの無理だって」


 カインの言葉に、ヨミが何を言っているんだこいつは、と言いたげな目を向ける。それを受けたカインは大袈裟に肩を竦めて渋面を作る。

 細かい条件は分からないが、空間と空間を繋ぐゲートのようなものを作り出す事が出来るらしい。

 人数制限や重量など関係するらしいが、猫型ロボットの道具みたいに一瞬で移動が出来る。

 どーこーでーもーとダミ声で真似するとヨミに無言で殴られた。カインはこのネタが伝わったらしく、俺は押し入れに住んでねぇぞ、と苦笑された。


「それでロキ……様はなぜ」

「それマジやめて。寒気がすんだわ。カインでいい」


 真顔のストップジェスチャー。こちらに向いている瞳からはどこか疲れた様子が見られる。堅苦しいのが苦手なのか?

 割と本気で嫌がっているので普段通りに話すことにする。


「……で、なんでカインはここに?」

「この二人とは長い付き合いでね。ヨミがいきなり珍しいもん要求してきたから、さっさと仕事切り上げて様子見に来たらひと騒動、ってわけよ」


 珍しいもん? とヨミを見ると、ふいと顔を逸らされた。なるほど、最初に俺に飲ませた薬とやらか。

 これまでの言動を追うと、カインが俺を人間だと知っている可能性は高い。知った上でここにいると言うことは敵ではないのだろうが、一応警戒はしておこう。

 この男はどこか掴みどころがない。神に近いヒューマノイドがヨミやアニマに肩入れする理由も謎だしな。


「彼はファースト・ヒューマノイドの中でも穏健派で通っている。と言うより、使命を放り出して趣味に走るロクデナシだがな」

「ちょっとそれ本人の前で言う? オーディンとフレイがやりくりしてるし、別に俺が何かしなくたっていいじゃん。それに俺戦闘嫌いなのよね。疲れるし痛いしめんどくさいし」


 おいそれでいいのか神。と言うかさっきからヨミが遠慮が無い。俺には神に対してなんちゃら言ってたのに舌刀の威力が半端ない。

 まぁ俺もアニマのヒモ同然なんですけどね。人の事は言えない。


「俺の特質スキルは移動には便利だけど、戦闘にはあんま向いてないのよな。それでもオーディンとフレイは戦え戦え顔合わすたびに言ってきやがるのよ。優秀な同僚がいると肩身が狭いねぇ……」

「……良くもまぁ舌が回る」

「カイン、あんたは何が目的で動いてるんだ?」


 ヨミとのやりとりはどうでもいい。アニマやヨミはこいつを信頼しているようだが、俺は別だ。

 二人はヒューマノイド、つまり同胞だが俺はただの人間。それを匿うメリットがカインにあるかどうか現時点で分からない。

 素直に吐くとは思えないが、牽制くらいはしていた方がいいだろう。


「俺の目的?」


 よくぞ聞いてくれました、とばかりに目を輝かせるカイン。割と真剣に聞いてるつもりなんだが、カイン相手だとどうにも調子が狂う。

 意図的に外す行為が多いのだ。それが狙いだとすれば油断ならない相手だ。


「そうだなぁ……面白いもんみっけるのも悪くないし、それが趣味になってる節もある。だが、目的じゃないな……あー、そうだな、アレだ。俺は人間になりてぇんだ」

「なんでだ? ヒューマノイドの方がよっぽど優れてるだろ」


 人を超えた存在であるヒューマノイド。その神とも呼ばれるカインが人間に憧れている。

 おかしい話だ。この汚染された地に適応するために殻を破ったと言うのに、なぜまた殻を被りたがるのか。

 人間は脆い。数十年で寿命を迎えるし、毎日食事や睡眠を必要とする。排泄や情欲も沸く。ヒューマノイドからすればそれは退化だ。

 進化を望む者は多い。と言うより進化を望む者しかいないだろう。不便でしかない退化を望むとはまた珍しい。

 訝る俺に、カインは非常にイラっと来る顔でちっちっ、と指を左右に振った。殴りたくなる衝動に駆られたが、なんとか我慢する。


「分かってねぇなー。おめーに分かりやすく例えると俺たちはチートだ。チート使って手に入れたもんはホンモノじゃねぇだろ。楽して手に入れようとするのは人としての本能だ。それが悪いとも間違っているとも思わねぇよ。簡単に手に入るもんなんかに興味ねぇ。どんなに手を伸ばしても届かないもんを、試行錯誤して掴み取る瞬間が最高に面白いんじゃねぇか。個人的にチャルの料理に関することについては評価してるぜ。味はともかくな」

「うるさい黙れ。文句言うなら貴様が作ってみろ」


 不機嫌な声と共に、部屋を区切っていたカーテンがシャッと引かれる音がする。

 そちらに目を向けると、肌色面積の多いチャイナドレスの幼女ことフィルさんがぶすくれた顔でカインを睨みつけていた。

 ぱっと見る限りでは大丈夫そうだ。白い肌にうっすらと赤みが帯びているところが見える辺り、もう心配はなさそうだ。


「フィルさん‼」

「……」


 思わず出た笑顔に、フィルさんの表情が曇ってしまう。それは当然か。未遂とは言え、アニマを処分しようとした。

 

「……ヨミ、アニマ、カイン。フィルさんと二人にしてくれないか?」


 ヨミは何か言いたげだったが、カイン、アニマに促されて渋々、と言ったように診療所から出て行く。

 俺とフィルさんだけになった診療所内はやけに静かになった。

 沈黙が重苦しい。どうしたものかと頭を捻っていると、フィルさんが声を絞り出すように話し始めた。


「なぜ、助けた?」

「フィルさんには飯を食わせてもらった恩がある。それに、泣いてたじゃないですか」

「儂はアニマを処分しようとした上に、お主を殺そうとしたのだぞ? 助ける理由がどこにある?」


 それはヨミにも言われた。正気の沙汰じゃなくても、甘いと言われても俺がそうしたいと思った理由に事足りる。

 フィルさんもまた、俺の命の恩人なのだから。


「だから飯ですって。フィルさんにとってはたかが飯でしょうが、一緒に食った飯は、美味かった」

「またお主を狙うかもしれぬのだぞ?」

「それならもう俺はとっくに死んでると思いますよ。なんせ俺は、ただの人間ですから」


 可能性はないとは言い難い。もしかしたらまたアニマが危険な目に遭うかもしれない。

 でも、俺にはフィルさんがそんな事をするようには見えない。

 愛情に飢えた、寂しいだけの、小さな子供なんだ。


「疑わぬのか? 儂を憎いと思わぬのか?」

「アニマが無事でいればいいんです。アニマ本人がどう思っているかはわかりませんけど、許すと言ってくれました」

「……アニマはお主をあるじと言っておったな」


 アニマが良いなら俺は何も言うことはない。多分アニマは俺が白と言えば黒でも白と言うのだろう。

 無理矢理従わせたくない。あくまで俺は、アニマと共に生きたいだけなんだ。


「ええ。良くわかりませんけど、盾になると言ってくれました」

「……盾……あの娘の特質スキルなら、あるいは……」


 そこでフィルさんが顎に指を添え、なにやらぶつぶつ呟きながら思案顔になってしまった。

 何を言ってるかさっぱりなので首を傾げる。何がしたいのだろうか。


「フィルさん?」

「のうヒトマよ」

「なんです?」

「儂を使ってはくれぬか」


 言うや否や、フィルさんが土下座した。突然の事に躍いたが、何かを言う前にフィルさんがそのままの態勢で話を再開させた。


「儂の全てを主に捧げよう。虫の良い話だとは思っておる。儂をお主の傍に置いてはくれぬか。アニマが盾と言うならば、儂はこの身に変えてでもお主を守る剣となろう。じゃから……じゃから……」

「頭を上げてくださいよ」


 小さな肩が震えていた。声も震えて時折嗚咽のようなものも聞こえる。

 だから俺はふっと微笑み、出来るだけ優しい声音で言う。

 ゆっくりと顔を上げたフィルさんの目の端には大粒の雫が滲んでいる。

 もう泣かなくていいように、寂しくないように、俺はゆっくりと話した。


「俺、昔から人の顔色窺って生きてきたせいか、その人が嘘を言ってるかどうか、なんとなくわかるんですよ。今のフィルさんに嘘は感じない。だから、信じます」


 クズと呼ばれ続けた俺にとっての過去。思い返しても気分の良いもんじゃない。

 でもその過去があるからこそ、なんとなく人の感情を読み取る事が出来るようになっていた。

 今のフィルさんに嘘はない。何かに怯える弱くて、泣き虫な人間の一人だ。


「……儂は、どうすればいいのだ?」

「そうですねぇ……まず全裸になって恥ずかしいところでも見せてってちょっと待ったぁ⁉」

「む? 主君の命に応じただけじゃが……? あと、その……恥ずかしいところはどこなのじゃ……?」


 からかうつもりで言った事を全力で後悔する羽目になる。

 そう言えばアニマも躊躇わず服脱いだような気が……。

 そんな事よりも、全くの躊躇もせず真っ裸になったフィルさんを直視出来ず慌てて背中を向ける。

 線の細い子供の体だけど、女性特有の扇情的な魅惑はしっかり備えているから困ってしまう。

 アニマはすらっとしたスリムボディだが、フィルさんはどこかぷにぷにした肉付きの良さそうな体つき。

 

 膨らみかけの胸や、ややむっちりした太ももとかがなんとも艶かしい。いかん、俺にその気はない。

 一線を超えてしまえば俺は犯罪者だ。最もここは日本ではないのだが。それでも守りたいものがあるんだ!

 と言う意思に反してむくむくと膨張する土地神様。このままではいかんと強引に別の事を考えて煩悩を打ち消す。浮かんだのはアニマのおっぱいだった。

 ダメじゃん。余計お怒りになられた土地神様が暴れていらっしゃる。

 と、不意に甘い香りが鼻腔をくすぐった。それと同時に背中に軽い衝撃が走り、仄かな温もりが伝わってきた。


「ちょ、なんで寄りかかって来るんですか⁉」

「お主が良ければ……教えてくれぬか……?」


 耳元で甘く囁き、後ろから回された細い腕がそっと俺の太ももを撫でる。

 それの動きは焦らすようで、もどかしい。わざと触れないようにして、近くを撫でては遠ざかる。くっ、この幼女手練だ……!

 耳に息を吹きかけられ、ぶるりと身が震える。その反応を楽しむかのようにくすりと小さく笑い、首筋に柔らかな唇を落とす。

 それと同時に、ちくりと甘く優しい痛みが走った。また首に歯を立ててきたのだ。

 モウガマンデキナイ‼ とフィルさんの腕を掴み、小さな体を抱きしめたところで、


「ヒトマ様?」

「人の診療所で何をやっているのかな?」

「お前女であれば誰でもいいのか? 流石にフィル相手だと引くぞ。お前に倫理観ってもんはないのか?」


 時が止まった。正確に言えば俺の時が止まった。

 ぴしっ、と固まった俺に向かってアニマが満面の笑顔で笑っている。

 ちょっと待ていつの間に入ってきた。音も気配も感じなかった。まさか―――ニンジャ⁉


「ヒ・ト・マ・さ・ま?」

「違うんだアニマ、まずは落ち着いて話しをしようじゃないか」


 ずしん、と診療所が揺れた。気のせいじゃなくて揺れた。

 震源であるアニマが笑顔を貼り付けたまま、ずしん、ずしんと近付いてくる。

 ぶわっと全身から汗が吹き出る。本能が危険を察知して警鐘をガンガン打ち鳴らす。


「んっ……こら、もう少し優しくせぬか。なにせ初めてじゃからの……」


 そんな意志とは反して右手は柔らかな形の良い臀部を鷲掴みにしていた。もちもちで揉み心地最高である。

 腕の中でフィルさんが悩ましい声を上げる。この状況で良く言えるものだ。俺もだけど。

 そうこうしている間にも鬼は着々と距離を詰めていた。

 ぺいっとフィルさんを引き剥がし、両手を大きく広げ、その豊満な胸へと俺の頭を誘う。


「あああああ……あああああああああああああ」

「おいたをしないよう……諫言かんげんさせていただきますね?」


 にっこりと笑ったアニマの笑顔を最後に、俺の意識は闇へと溶けていった。

 改めて意志弱いなと痛感した瞬間でもあった。


           ◇


「結局、元の鞘に戻る……か。ま、人間ひとまと嬢ちゃんがいいならいいんでねーの?」

「僕は納得してないけどね。妙な動きを見せたら即刻殺す。いいね?」

「うむ。もう二度と愚かな真似はしないと誓おう。このフィルリンク、命尽きようと主君を守る剣になろうぞ」


 アニマの粛清、もとい処刑が行われた後、今後の方針が話し合われた。

 アニマ、カインはフィルさんを許し、ヨミはまだ完全に信頼していないようだった。

 当然と言えば当然だが、当のフィルさんはどこぞの騎士のように俺の目の前で跪き、ゆっくりと頭を垂れた。

 こうしてフィルさんが輪の中に加わり、俺は剣と盾を従えた事になる。

 まぁその敵の機械人形マテリアルを見たことがないんで何とも言えないが、食料に困ることがなくなったのは嬉しい。

 

 結果オーライと言うことにしておこう。


「さてと、さっきも聞いたがおめーらどうすんだ? もうミッドガルズにゃいられねーぞ」

「僕も顔を見られているしね……ここが割り出されるのも時間の問題だ。早い内にここから出た方がいいだろう」


 カインの言葉に、ヨミがうーむと考え込む。と言われても俺には土地勘もなければこの世界の地理も知らない。

 となるとアニマの居住か? と提案したが、即座に却下された。

 ミッドガルズから近い上にアニマが住んでいたと言う形跡を追われる、とのこと。

 となれば別の街に身を隠した方が良かろうと言う話になった。

 自分も関わっているが、全くの無知である俺が口を挟める問題ではないと聞きに徹する。

 

 空気になってる感は否めないが、どこに街があるかもわからないので仕方ない。


「ここから一番近い街は……そうだな。歩いて三日はかかるな」


 宙に浮かび上がった画面をちょいちょいと操作しているヨミがそんなことを言った。

 無論移動手段がないので徒歩だ。水も食料も寝床もないのに三日も歩き続けるなどと考えただけでもため息が出る。

 ため息を吐くと同時に視線を感じる。顔を向けるとカインが気持ちはわかるが、我慢しろよと言いたげな表情でこちらを見ていた。

 なので何も言わず顔を逸らす。使えない野郎に興味はない。


「んー……送ってやりたいのは山々だが、俺の特質スキルの痕跡追われるとちと面倒だからなぁ……」

「そこまで君の世話になるつもりはないよ。色々とすまない。この借りは相応の礼を持って返そう」

「大した事はしてねぇけどな。あー、こことフィルの店を俺の〝領域〟で切り離しとく。繋げたい時はこれを扉に設置すりゃ繋がる」


 そう言ってカインが取り出したものは二枚の薄い鉄のプレート。表札とかで使われてそうなやつだ。

 あれにそんな力があるとは思えないが、ヨミとフィルさんはお礼を言ってそれを受け取った。

 興味本位で次の街へ行く途中でそれを使ってここに戻れないかと聞いてみたが、扉がないと空間を繋ぐ事が出来ないらしい。

 万能ではないのだと認識した上で、やっぱり使えないとカインを軽く睨む。いや、してくれてるのにこの態度はないと自分でも思うけどね。


「恩に切る」

「ありがとう、カイン」

「いーってことよ。それに、俺もこいつに興味持ったからな」


 ヨミとアニマが軽く頭を下げると、カインはにっ、と歯を見せて笑って気にすんな、と片手をひらひらさせる。

 そして何故か俺の肩をぽんと叩いてまたにっ、と笑う。俺よりも身長が高いのでつい、と顔を上げると何かを見守るような、そんな暖かい眼差しをしたカインが笑みを浮かべていた。


「……俺に?」


 身の危険を感じた俺はすすっとカインから距離を離した。手でケツをしっかりとガードして。


「なぁんか変な事考えてねぇか?」


 俺にそっちの気はねぇぞ、と苦笑してタバコの紫煙を吐き出す。だって男に興味持つとかそっち以外考えられないじゃん。

 警戒の目を向け続けているとカインはめんどくさくなったのか、くるりと踵を返し、んじゃな、と歩き始めた。


「ま、いいや。俺はこれから野暮用があるんで一緒に行けねぇが、道中気をつけろよ」


 片手を上げてまたな、とだけ告げてカインは診療所から出て行った。

 アニマ、ヨミ、フィルさんの三人の仲間を連れて、俺の旅は始まった。

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