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クズの鎮魂歌  作者: 叢雲@ぬらきも
第一章 始まり
7/11

ロリータ・コンプレックス

「それで―――って、あれ?」


 あれからどれくらい話したか分からない。それまでずっと相槌を打ち、へぇ、わぁ、すごいですね、と興味津々で聞き入っていたアニマの反応が無い。

 気になって隣を見ると、寄り添っていたアニマが俺の肩に頭を乗せ、すやすやと健やかな寝息を立てていた。


「寝ちゃったか。随分と話し込んだしな」


 起こさないようにそっと体を離し、ふわふわのベッドに横たえる。重力に逆らってまでもぽよんぽよんと自己主張するそれ(・・)に目を奪われそうになるが、戒める。

 しかしすげぇなアニマのおっぱい。外人さんみたいだぞ。胸筋鍛えたらああなるんだっけ、とどうでもいいことを考えながら羽毛布団を掛けてやる。

 風邪引かないと思うけど、念の為ね。


「この子のマスター……か。どうしたもんか」


 アニマの頭をそっと撫でつつ、考える。

 未だにアニマの言うマスターと言うものが分からない。俺は流派も持ってないし、光り輝く手と燃える手を持っている弟子がいるわけでもなければ、喋る剣の持ち主でもない。

 一回やってみたいけどね。うぇああああああああ! とか言って分身生み出してみたい。ちっちゃい俺がいっぱいか。キモいので却下。アニマは喜びそうだけど。

 

「やっぱり可愛いな、アニマ」


 安心しきっているのか、アニマはホントに気持ちよさそうに眠っている。起きそうにないので柔らかほっぺを指でぷにってみる。

 弾力がすごい。もちもちのぷにぷにである。あ、太ってないぞ? アニマはもう少し肉をつけた方がいいんじゃないの? と思うほど細い。

 まぁ、それにしてはでかい。まさに吸い付くような感触。滑らかな肌触り。指に力を入れればそれなりに形を変えるが、元に戻ろうとする弾力が凄まじい。

 柔らかいなーと無意識にアニマの胸元に手を突っ込んで遠慮なく揉みしだいていると、アニマから悩ましい声が上がった。

 それと同時に、ガタッ、と入口付近で物音がした。


「あっ」


 ほぼ同時に声が上がった。

 アニマに卑猥な行動をしている俺と、僅かに開いた扉の隙間から覗き見ているフィルさん。

 何してんのこの幼女。と言うか俺も何してんの。なんで普通に揉んでんだ。しないって自分から言ってただろ。

 アニマの襟ぐりからさっと手を引っこ抜くと、フィルさんがバレてしまっては仕方ない、とばかりに堂々と部屋に入ってきた。


「む、済まぬな。ノックすれば良かったかの。気にせず続けて良いぞ」

「いやいやいや、余計気まずいですから」

 

 さぁ続けろ、とばかりにフィルさんはどっかりと備え付けのテーブルの椅子に腰掛け、ふんふんと鼻息荒くこちらを凝視する。

 おい、盛りのついた犬かよ。目が血走っててなんか怖い。

 と言うかなんで人に見られながらしなきゃいかんのだ。そりゃアニマに甘えてしてしまったけど、出来ればあんまりしたくない。

 好意に甘え続ければ人はダメになる。いくらクズの俺だろうとそれくらいは知っている。


目合まぐわうと言う言葉は知っておるが具体的にどうするかは実は儂も知らぬのじゃ。という訳で見せてくれ」

「見せませんよ。と言うかアニマ寝てますし」

「む、なんじゃつまらん。仕方ない、こっそり観察するしよう」

「しないでください。と言うかしません」

「うるさいのう……減るもんじゃないしいいじゃろうて」

「こっちの精神がゴリゴリ減っていきます」


 大層がっかりした様子でテーブルに身を投げ出すフィルさん。最近のお子様はませてらっしゃる。小学生でも経験済みが多いと聞いたことがある。

 ガキがガキ作ってどうすんだ。社会は思っている以上に黒いんだぞ! サビ残なんて当たり前! 例えば―――。

 お前今日ちょっと残業な。

 いいですよ部長。

 ああ、それと言い忘れたけど残業代は出ない。

 

 先に言えよ部長ハゲがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼ その残り少ない毛髪を根こそぎ毟って不毛地帯にすんぞゴルァ‼

 今それどうでもいいか。


「それで、どうしたんです?」

「おお、そうじゃった。そろそろ夕食の時間じゃと思ってな。儂にリョウリを教えてくれ」


 む。そう言えば腹が減っている気がする。今何時かなんてのは時計がないのでわからない……と思ってたらベッドの上のパネルっぽいのに現在時刻が表示されていた。

 へぇ、未来でも時間の概念はあるのか。また一つ確認出来たところで、意識をフィルさんへと戻す。


「と言っても俺も簡単なものしか作れませんよ?」

「一つでも作れるお主は凄いのじゃぞ? 誇っても良いことじゃ」

「そ、そうですか。へぇ……凄いのか」

「まぁ、今じゃ何の役にも立たん特技じゃがの」

「褒めるか貶すかどっちかにしてください……」


 なんだこの幼女。上げて落とすとか心をへし折る気満々じゃないの。

 フィルさんの口撃に見事耐えた俺は|(残りHPは1)ベッドの縁から腰を上げ、お店のフロアーと言うか、厨房と食卓のある場所へと足を向ける。


「……ヒトマ様?」

「ん、起きたか。今から飯を作る。出来たら起こすから寝てていいぞ」

「……いえ、私もお手伝い、いたします」

 

 起こさないように音を立てずに歩いたつもりだったのだが、ベッドから少し離れたところでアニマが目を擦りながらむくりと体を起こした。

 気を遣ってまだ寝てていいと言うも、アニマはベッドから抜け出してとことこと寝ぼけ眼のまま俺の後をついてくる。

 まだ完全に目が覚めてないなこれ。料理スキル0の人に手伝ってもらうと碌な目に合わないんだよなぁ……。


「いや、無理しなくていいぞ。と言うか眠いならまだ寝てなさい」

「大丈夫ですー……」


 いや何が大丈夫なんだ。ものっそい足取りふらついてるぞ。

 ベッドに戻そうとするもがっつり抵抗がある。全力で押してもびくともしない。足の裏に根っこでもあんのかってくらいびくともしない。

 疲れたので諦める。


「まぁ向こうで寝かせれば良いじゃろ。食事は全員で取るものじゃろう?」

「……なんか、家族みたいですね」


 家族団欒みたいでむず痒い。最も、実家にいた時も家族全員が揃ったことなかったけどな。

 親父仕事で帰ってこない日多かったし。浮気だと後々判明するけど。


「かかっ、そうじゃの。それも悪くない。では行こうかの」

「そうですね」

「うむ。ああ、それと」


 フィルさんは立ちながら眠ると言う器用な芸当を披露しているアニマを一瞥した後、ちょいちょいと手招きして俺を呼ぶ。

 何だろう、アニマに聞かれちゃまずいことか? とりあえずフィルさんがいる入口の前へ移動する。


「なんです?」

「もう少ししゃがめ。主は無駄にデカイのじゃ」


 小声で喋ってみると、普通の音量で話してくる。あれ、別に内緒話でもないのか。

 しゃがめと言われても何をするのか言ってくれないと戸惑う。

 しかししゃがめしゃがめとジェスチャーが激しくなってきたので腰を折って目線を合わせる。


「で、なん―――⁉」

「んむっ……ふむ」


 ぐい、と胸ぐらを掴まれ、唇に柔らかいものが押し付けられる。

 その感触も一瞬、ぱっと幼い顔が離れ、なにやら思案顔のフィルさんが視界に映る。

 キスされたのはわかる。でも歯が当たって唇が切れた。地味に痛い。


「……何をしてるんですか、いつつ……」

「主はアニマを好いておるのか?」


 大胆且つ、強引な行動に出たフィルさんを軽く睨みつつ、顎を押さえて小さく呻く。

 しかし当人は全く気にした素振りは見せず、腰に手を当てて堂々としていた。

 答えづらいことを聞いてくる。好きか嫌いかと言われれば好きだ。

 嫌う要素がないし、何よりアニマは慕ってくれている。それが異性としての好きなのかは別の問題だが。

 それよりも、どうしてこんな事を聞いてくる? 理由がわからない。 


「えっと、その……」

「儂では物足りぬか?」


 そっと首に回される細い腕。見た目は子供なのだが、想像以上に力が強い。人間ではないので当然っちゃ当然だろうけど。

 物足りない。何が物足りないと言うのか。食事どころか寝床まで用意してくれている。フィルさんにこれ以上何を求めろと言うのだ。


「もしかしてそっちの方向ですか? 冗談ですよね?」

「儂はつまらぬ冗談は好かぬ。儂は主が欲しい。主が望むのであればなんでも応えようぞ」


 首に回された腕の力がほんの少し強まる。中腰だからこの態勢はきつい。

 離そうにも俺の力ではどうにもならないような気がする。


「そうじゃの……これをなんと言った……そうじゃ」


 抱きつかれた状態なので表情までは見えない。耳元でうんうん唸る声が聞こえる。

 それに混ざってアニマの寝息が聞こえる。今この状態を見られたらまた怒られるような気がするので、願わくばまだ寝てて欲しい。


「一目惚れ、と言うものじゃ」


 不覚にもその言葉にどきっ、と胸が高鳴った。だが反応してはいけない。

 相手は幼女だ。見た目は完全な子供だ。年齢を聞いたら多分違うと思うけど見た目は紛う事なき幼女。

 その現実を受け入れてはならない。


「もし主が本気でなければ、の話じゃがな。儂とて人のものを奪うような無粋な真似はしたくない。儂がした話は覚えておるな?」

「えっと、なんでしたっけ?」


 あえてすっとぼけてみる。すると首筋にちくりと軽い痛みが走った。

 まるで歯を立てたような、軽い痛み。

 その痛みが消えるとほぼ同時に、首に回されていた腕がするりと解かれた。


「……儂はいつでも構わぬからな?」


 そっと体を離す、その去り際に耳元でぼそりと囁かれた言葉。

 何を―――と言いかけた時にはもう、フィルさんの姿はなかった。

 小さな足音が徐々に遠ざかっていく音が耳を叩く。


「ん……あれ、ヒトマ様? どうかされたんですか?」

「あ、いや、なんでもない」


 そこで漸く目が覚めてきたのか、先程よりもはっきりとした声音でアニマが尋ねてくる。

 俺はなんでもない、と生返事しか返せなかった。


 美食家グルメことフィルリンク。彼女は夢があると言っていた。それについては嘘はないとわかる。

 だが、今の言動は何か打算が働いているようにしか見えなかった。

 今思えばなぜ俺が風呂やトイレが必要と知っていた(・・・・・)

 ヒューマノイド(じぶんたち)それ(・・)は必要ないものだと分かり切っているはずなのに。

 こちらから言ったわけでもないのに、彼女はごく自然に必要だろうと言い切った。


 そして極めつけに一目惚れ?

 何を企んでいる?

 どうにもきな臭い(・・・・)

 多少―――いやかなり心が揺らいだが冷静さを取り戻した今はそれが不気味としか思えない。

 彼女は―――一体何を求めているのだろうか?


           ◇


「ふむ……このスープは確か……ミソスープじゃ!」

「味噌汁じゃダメなんですかこれ」

「これはヤサイイタメと言うもの……むっ、これは……?」

「白菜の漬物です」


 食卓に並んだ料理を口に運んでは面白い反応をしてくる。まぁ、とっくに料理と言うものがなくなっている人たちからすれば珍しいか。

 アニマは行儀よく食べている。見ていて幸せになりそうなくらい美味しそうに食べているが。

 しかしまぁフィルさんの食材の保管数には驚いた。見たこともないでっかい冷蔵庫の中にはぎっちり食材が詰め込まれていた。

 形や色は少しばかり違うが、試食してみれば知っている食材と大差ない味だったので簡単なものを作って晩飯、と今に至る。

 汚染された大地で良くもまぁこれほどの食物が育てられたもんだ。フィルさんに聞いてみたところ、


「儂と同じくらい偏屈な奴が作っておる。奴が作ったものに間違いはない」


 とのこと。自分でも変人って理解している辺り、それはそれでどうなんだと思う。それよりもこの二人、まぁ食うこと食うこと。

 ヒューマノイドって確か食事必要ないんだよな? と疑問に思うくらいにあっという間に皿の上のものを平らげる。

 そんなこと考えてる内に俺の分が消えていた。なん……だと……?


「ぐふぅ……まっこと美味である。満足じゃ」

「ごちそうさまでした」

「あ、うん。俺味噌汁と米しか食べてないけど……まぁいいや。残った米でおにぎりでも作って食うか……」

「オニギリとな?」

「まだあるのですか?」


 俺の呟きに目を光らせる獣が二匹。ちょっと待てまだ食うのか。俺の腹を満たしてはくれないのかよ……。


「どんだけ食うんですか。ったく……」


 炊飯器っぽい機械から米を全部よそって皿の上に盛る。この機械だけ他の機材に比べるとやけに古めかしい。

 と言うより調理に関連するものの殆どが年季が入っている。この時代の文明がどれほどかは知らないが、相当使い込んでいるものだとはひと目でわかる。

 本当に料理好きなんだなぁ、と感心しつつ、真水で手を濡らし、余計な水分を振ってちょっと粗めの塩を手にまぶして米を手頃な大きさに掴み取る。

 あとは全体に塩を付けるように握り込み、三角に形を整えていく。この時米の温度に気をつけよう。あまり熱いと火傷するからね!

 てな感じでせっせかせっせかおにぎりを量産していくと、フィルさんとアニマが食入いるように俺の手元を凝視していた。


「そんなじろじろ見られても……。誰だってこれくらいできますよ?」

「うむ。そのオニギリとやらは儂にもできそうだ」

「私も作れそうです」


 ふむ。やる気になっているのであれば実践あるのみか。と思ってやらせたみたのが運の尽き。


「ふんっ!」


 気合と共に握られる米。おいなんで鉄板みたいに硬くなってんのこれ。

 フィルさんの握ったおにぎりは穀物から鋼鉄に進化した。食えねぇよこんなもん。


「えいっ」


 前者同様気合を込めて握られる米。完成品がそこにあるのになんで真っ平らになんの。しかもこれも硬い。

 アニマの握ったおにぎりは穀物から鋼鉄に以下略。アイエエエエエ⁉ ナンデ⁉ オニギリナンデ⁉


「力そんなにいりませんよ。こんくらいです」


 と言って実践する。手のひらでころころ転がし、握り、形を調える。それを二人はほああ……と感嘆の声を上げる。


「やはりお主は天才じゃ! 指先一つでかような芸術を生み出すとは!」


 おにぎりでなれる天才ってやだなぁ……。穀物から鋼鉄生み出す方がよっぽど凄いぞ。等価交換なんて比じゃねぇぞあれ。

 幼女の錬金術師か。却下。


「すごいですヒトマ様! 尊敬します!」


 おにぎり一つで尊敬とかちょろすぎるぞアニマ……。ちょろ甘すぎて涙が出るぞ。

 そんな二人の絶賛を受け、おにぎりを量産していく。

 アニマは力加減がわからないようで相変わらず鋼鉄を生み出していたが、フィルさんは2、3回やってコツを覚えたらしく、形は歪だがまぁそれっぽいものが出来上がっていた。

 塩が多すぎて噎せた。分量おかしいって。だが料理が好きというだけあって飲み込みは凄まじく早い。

 塩の分量を教えると、また2、3回で完璧な三角のおにぎりを作り上げた。


 ほんのりと塩のアクセントが舌を刺激し、米自体の甘味が引き立っている。普通に美味い。

 この調子だと野菜炒めやチャーハンなんてあっという間にマスターするだろう。その飲み込みの速さにはびっくりする。


「うう……難しいです……」

「もう米なくなったから次練習すればいいさ。誰にだって得意不得意はある」


 そう言って落ち込むアニマの頭を撫でてやる。勿論洗った手でな。


「む。儂も褒めんか! オニギリとやらをマスターしたのじゃぞ!」

「ああ、はいはい。しかし覚えるの早いですね。これじゃ俺が教える必要なんてすぐなくなりそうだ」

「そんなことはない!」

 

 と、突然フィルさんが身を乗り出して大声を上げる。

 びっくりして固まっていると、フィルさんがあ、と我に返って慌て始めた。


「その、リョウリとは日々精進するものだ。味と言うものはどこまでも奥が深い。たとえお主よりもリョウリが出来るようになったとしても、食べてもらう者がいなければ意味がないであろう」

「ああ、そうですね。じゃあいつかフィルさんが俺に料理を作ってくれる日が来るのか……」

「うむ。毎朝お主のためにミソシルを作ってやろう」


 おいそれプロポーズじゃないのか。食事を取れる場所がここしかないから必然的にそうなるけども。

 言った本人はかっかっか、と笑い飛ばしてるし、突っ込むべきか迷うところだ。これは善意と受け取っておこう。

 しかしこのおにぎりから生まれた鋼鉄はどうしよう。確か豆腐で鉄ゲタを作ったとか聞いた覚えが……オニギリブレードか。焼いたらヤキオニギリブレードになるのかな。

 食えなさそうだし使えなさそうだし処分しよう。さようなら錬金術の産物。


「……やっぱり、リョウリが出来るほうが……」

「ん? どうしたアニマ」


 真っ平らの鋼鉄をダストインした後、アニマがぶつぶつと何事かを呟いていた。

 背後に揺らめく黒い影は見なかったことにしておこう。触れると死の危険性がありそうで怖い。


「ヒトマ様……やはり、リョウリが出来る女の子の方がよろしいですか?」

「え? ああ、まぁ……家庭的な女の子の方が好みかな……」


 家事分担出来るし、仕事終わりに暖かいご飯があるってだけでだいぶ気の持ち用が違ってくる。

 独り身の俺は冷凍食品をチンするだけの侘しい食事さ……。あ、いかん涙が出てきた。

 遠い目をしてひっそりと涙を流す俺を他所に、アニマはまた俯いてぶつぶつと呟いていた。

 さっきからみしみしと何かが軋む音がする。それがアニマの握った拳からと気付いて思わずひぃ、と悲鳴が漏れる。


「たとえリョウリができなくとも! 私はヒトマ様の下僕です! お好きな時に! お好きなように! 存分に使ってくださいませ!」

「ごがあああ……アニマ、折れる折れる……! 曲がっちゃいけない方向に背中が曲がってるから……‼」


 涙目のアニマが抱きついてきた。お腹辺りに幸せな感触が感じるが、いかんせん包容力が強い。

 強いってもんじゃない折れる折れるマジで折れるってこれ⁉

 即座にぶっ飛びそうな意識をなんとか保ちつつ、離してくれと切実に、本気で懇願するがアニマは胸板にぐりぐり顔を押し付けて子供みたいにいやいやと首を振る。


「嫌です! 絶対に離しません! ヒトマ様の下僕は私だけなのです!」

「おがああああああああああ! 折れる折れる折れる折れる‼ フィルさん助けて! 殺される‼」


 食べたもの以外のものも出ちゃう! 死んじゃう死んじゃう死んじゃうよぉ! ふざけてる場合じゃないってこれ死ぬ!

 切羽詰まってフィルさんにヘルプを求める。

 すると、フィルさんがアニマを一瞥し、ほんの一瞬だけ目を眇めた。

 その瞬間、ぞわりと背筋に悪寒が走った。


「……邪魔じゃのぉ」


 あの目が何を意味するか知っている。あれは排除する者の目だ。思い通りにするための敵意だ。

 俺は知っている。あれは手段を選ばず、他者を陥れる者が浮かべる特有のもの。

 なぜフィルさんが? 俺たちを家族だと言ってくれたはずじゃなかったのか?

 拘束の痛みも頭から吹っ飛んでいく。あの眼差しが。過去の記憶が身体を蝕んでいく。

 

「アニマよ。その主がお主のせいで死にそうじゃぞ。離してやれ」

「へ? ああ⁉ ヒトマ様、大丈夫ですか⁉」

「お、おう……さっき食ったもの以外のものまで出そうだが……なんとか」


 アニマに気を一瞬取られ、視線を戻した時にはいつもの人懐っこい笑みを浮かべたフィルさんが立っていた。

 気のせい……と流すには十分な、ほんの僅かな時間。フィルさんの夢の話に嘘はなかった。

 本当にその夢を叶えるためにひたむきだと感じた。そんな人がまさか……と思考を切り替える。

 不思議と体の痛みはどこかに行っていた。


「助かりました」

「気にするな。カゾクとやらは助け合うのじゃろう?」

「ええ、そうですね。なんか照れますけど」


 フィルさんにお礼を言うと、かかっ、と快活に笑って無邪気な笑顔を見せてくれる。

 きっと気のせいだ、と顔を逸らした瞬間、


「そう、助け合うものじゃ。その中に―――邪魔者はいらぬ」

「えっ?」


 ぽそりと耳に入った呟きに、耳を疑った。

 ぱっと顔を向けると、どうした? と言いたげに首を傾げてこちらを見つめてきた。

 今のは一体なんだ。邪魔者? 確かにそう言っていたぞ。

 追求しようにも、フィルさんは訝しげにこちらを見て首を捻るだけ。

 そんな俺を見て不思議に思ったのか、アニマがくい、と服の裾を掴んだ。


「さ、腹も膨れたし休むとしようかの」


 自分の部屋に戻っていくフィルさんの背をじっと追う。

 ヨミは悪い人ではないと言った。変人であるとも言った。

 俺はフィルさんがどんな人物であるか詳しく知らない。

 だからこそ見える。この人は裏があると。

 それが何か掴めるまで下手に動けない。……明日、アニマと一緒にヨミに聞きに行くとしよう。

 考えるのはそれからでも遅くない。


「ヒトマ様?」

「あ、いや何でもない。俺たちも部屋に戻ろう」


 アニマと共に、部屋へと戻る。

 それからまた、アニマが俺の話を聞きたいとせがんできたので時間を忘れて話していた。

 また話の途中でアニマが寝てしまったので、俺も明かりを消してアニマの隣に体を滑り込ませた。

 アニマの温もりと甘い匂いは本当に安心する。そのおかげで、俺は深い眠りについたのだった。


           ◇


「んお……」


 不意に目が覚めた。地下にいるので今何時なのか外の様子からは窺い知ることが出来ない。

 朝だろうが昼だろうがここは真っ暗なのだ。一応建物自体に外向けの照明が付いているが、今は消灯しているようだ。

 

「まだこんな時間か……っと」


 備え付けの時計に目をやり、ふと違和感に気付く。

 隣で寝ているはずのアニマの姿がない。

 トイレか? と思ったがトイレに行く必要がないはず。

 ではどこだ、と探すために明かりを付ける。少しばかり目が眩んだが、徐々に目が慣れていき、部屋の様子がはっきりと見えるようになってくる。


「あれ、アニマ?」


 呼んでみるが、返事はない。しん……と静まり返った部屋が、なぜか不気味に思えた。

 浴室を見てみるも、アニマの姿はない。部屋中をくまなく探すも、どこにもいない。

 言いようのない不安が沸き上がってくる。どこに行った? アニマは俺から離れる時は必ずと言っていいほど一言入れて離れる。

 それもなしにふらりといなくなったことはない。そこまで長い時間いたわけじゃないが、アニマは片時も俺の傍から離れたことはない。


「フィルさん? 起きてます?」


 一応教えてもらったフィルさんの部屋をノックする。しかしいくら待っても返事は返って来ない。

 アニマがフィルさんの部屋にいて、二人とも寝ている可能性も考えた。だが、俺の直感がそうではないと警鐘を鳴らしっぱなしだった。

 意を決し、扉を開ける。中はもぬけの殻だった。くまなく探しまわるも、アニマどころかフィルさんの姿もない。


「……何が起こってる?」


 広いフロアー内、厨房、食材保管室も念入りに探す。それでも二人の姿が見えない。

 胸の動悸が激しくなるのが分かる。鼓動の音がうるさいほどに高鳴っている。

 どこだ? どこに行った? 何が起こっている?

 明確な答えも当てもないまま、俺はチャルさんの店を飛び出していた。

 地上へと続く階段を登り切り、いざ駆け出そうとした瞬間、平淡とした、その中で意外そうな声がした。


「……ヒトマじゃないか。そんなに慌てて一体どうした?」

「ヨミ‼」


 それはヨミだった。暗闇の中でもはっきりと見えるヨミを見つけ、俺はすかさず飛びついた。

 アニマがいなくなったと伝えようにも、息が上がって荒い呼吸しか出てきてくれない。

 日頃の運動不足を呪いつつ、ヨミの肩をしっかり掴んで離さない。

 

「まずは落ち着き給え。何があったんだ?」


 ヨミは俺の様子からただ事ではないと察知してくれたのか、俺の手をそっと下ろしてガラス玉のようなエメラルドグリーンの瞳で俺の目をしっかりと覗き込んだ。

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