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クズの鎮魂歌  作者: 叢雲@ぬらきも
第二章 アースガルズ
10/11

心を亡くした者

「ヨミえもーん」


 あまりに退屈なので、無視されることが分かっていても言ってしまう。否ッ! 言わずにはッ! いられないッ‼

 とかなんとか一人で遊んでいると、ヨミえもん……もといヨミからのゴミでも見るかのような視線を頂戴した。

 視線とセットで殺気まで漲らせているので大人しくしゃかしゃか足を動かす。

 しかし、疲れる。ミッドガルズを出発してから、かれこれ四時間は歩きっぱなしだ。

 時折休憩を挟んだりしたが、もう既に足は鉛のように重たかった。

 

 これをかの先祖―――サムライが見たらなんと軟弱な男だと、さぞお嘆きになられただろう。

 俺はインドア派なんだよ! とひとりで突っ込みながら黙々と歩く。歩く。歩く。

 うん、どうして無言なのかと言うと。


「……」

「……」


 主な原因はヨミとフィルさんが生み出す気まずい空気だった。

 フィルさんが俺たちの仲間(?)に加わった。だが、ヨミはそれを良しとしていないようだ。

 確かにフィルさんはアニマを処分しようとしていたが、本心を曝け出し、二度と裏切らないと誓ってくれた。

 俺とアニマはそれで納得し、水に流して手を取り合ったのだが、ヨミは決してそれを許容しようとしてくれない。

 そんな内心を態度で示しているのか、新たな拠点に向けて出発してからずっとフィルさんに警戒の眼差しを向けている。


 フィルさんもそれに気付いているのか、今の今まで一言も発していない。

 ただ無言で足を動かし、周囲に警戒の目を向けるだけ。はっきり言って気まずい。

 二人が発する重圧に臆病者チキンの俺の心はもう潰れそうだった。

 アニマに助けを求めようにも、困ったような笑顔を浮かべてくるだけで何も言ってくれない。

 もうやめて! 俺の精神力ライフはもう0よ‼


「……しかし、どこも同じような光景ばっかで飽きてくるな……」


 気休めにもならないが、そうぼやかないといられない。 

 これまでひたすら歩き続けて見てきた風景は、進めど進めど代わり映えのしないものばかりだった。

 どこまでも続く、重々しい灰色の空。生き物の気配すら感じさせない荒れ果てた荒野。

 変化のない世界は肉体的にも精神的にも苦痛しか与えてくれなかった。

 これが俺たち人間が招いた欲望の果てだと理解するとぞっとしない。


 別に俺は聖職者でもなんでもないし、至って平々凡々な一般人だと信じて疑わないが、これ(・・)はダメだろと声を大にして異を唱えるものだ。

 それだけ凄惨な結末が、現在進行形で脳に記憶として焼きついていく。

 コンクリートに囲まれた生活が良かったなどと言うつもりはさらさらないが、それでもこれより何倍もマシだ。

 あそこには少なからず『命』の存在と、人の意思を感じ取れた。

 ここには何もない。あるのは静寂と―――絶対的な『無』と『終わり』。ただそれだけ。


「これを三日も耐えなきゃならんのか……考えただけで死にたくなるな」

「ダメです」

「ならんぞ」

「許可しかねる」


 ついぼそっと呟いた言葉に、過敏とも取れる反応が即座に返ってきた。

 俯いていた顔を上げると、先を歩いていたはずの三人が足を止め、ものすごい形相でこっちを睨んでいた。

 アニマとフィルさんはわかるとして、なんでヨミまで怒るのか謎だったが、有無も言わさぬ迫力にすみません……と謝って黙り込むしか出来なかった。

 つい出来心で言っただけじゃないですかぁ……なしてそげん怖い顔で睨むとよ……。


「……君にとっては暇で仕方ないだろうが、我慢してくれとしか言い様がない。―――ああ、そうだ。君に聞きたいことがあったんだ。君のあの眼は一体何なんだい?」

「そうじゃ! なんなのじゃアレは⁉ ただの人間が儂の動きを見切るなど有り得ぬぞ!」


 恐らく気を使ってくれたであろうヨミの話題に、フィルさんが全力で乗っかってきた。

 ちみっこい幼女が息巻いて下からぐいぐい迫ってくる姿は圧巻である。と言うか力強い! 引っ張らないで腰がやられる!

 フィルさんの横槍が気に食わなかったのか、ヨミは一瞬形の良い眉を寄せて何やら言いかけたが、すぐにそれを引っ込めてじっと俺の目を見つめてきた。

 アニマもやはり気になっていたのか、どこか強ばった表情でこちらを見つめていた。


「何、と言われてもな……」


 俺だってどう説明したらいいか分からない。

 多分カインに飲まされた薬のせいだろうと言いたいが、ヨミの態度を見る限りそれは違うようだ。

 気付いたら使えるようになっていた―――としか言い様がない。

 視界の右側(・・)だけを支配する、灰色の世界。この世界の中で動くものは、例えなんであろうとスローモーションでしか動かない。

 何者も通さない最硬の盾、【金剛】の特質スキルを持つアニマや、最攻の矛である【修羅】の特質スキルを持つフィルさんに比べたら、ただ見える(・・・)だけの能力なのでなんともしょぼい力なのだ。


 見えたところで俺の身体能力は下の下と言って過言ではない位ダメダメなので、避けることは出来ても相手になんのダメージも与えられない。

 しかも時間制限あり、ペナルティもあると来た。はっきり言って使えない部類に入る。

 ちょっと前の俺なら異能覚醒キタァーーー‼ と歓喜に打ち震えるところなのだが、素直に喜べない微妙な特質スキル

 これが服を透視出来るスグレモノなら俺も手放しに喜んだのだが……。


「クズシロヒトマ」

「え、あ、何でしょうか?」

「人の友人を舐め回すような厭らしい目で見つめないでくれたまえ」


 どうやら秘めた願望が視線に宿っていたらしい。

 ヨミの冷徹な視線をびしばし受け、アニマを見やるとアニマは恥ずかしそうに頬を染め、もじもじと身動ぎしていた。

 なにこれ可愛い。持って帰りたい。

 とだらしなく鼻の下を伸ばしていると、不意に黒い三角の布が視界に飛び込んだ。

 黒の三角地帯から伸びる白いむっちりとした肉感のそれはまさに芸術。

 

 まるで強要するかのような美しさに目を奪われていると、その上でひらひらと舞い踊るように揺れる赤い布があることに気が付いた。


「む、この黒はレースなのか……という事はこれは太腿「ふんす‼」延髄ッ⁉」


 赤と黒と白の世界をぼけっと眺めること一瞬、しゅっ、と風を切る音と共に、衝撃は訪れた。


「ぎゃああああああああああ! 折れた! 首が折れたあああああああああ!」

「折れたのであれば喋れるわけがなかろうが」


 ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いたのはフィルさんだ。

 あの一瞬で飛び上がって蹴ったのか。相変わらずデタラメな身体能力だなって痛い痛い痛い超痛い。

 ごろごろと派手に転げまわる俺を見て、すかさずアニマが駆け寄って介抱してくれる。ああ、やっぱりアニマは天使だ。結婚しよ。


「おーいて……なんで蹴ったんですか? 理由が分からないんですけど」

「イラっとしたからじゃ」

「なんで⁉」


 なにそれこわい。下手すれば衝動的に首の骨をぽっきり折られそうだ。

 フィルさんの発言に戦々恐々竦み上がっていると、アニマがよしよしと頭を撫でてくれた。

 あー……もうダメになっていいや……。おっぱい。黙れ。

 ふかふかの弾力に酔いしれていると、寒気を感じた。ちらりと覗き見るとフィルさんはおろか、ヨミまでも射殺さんばかりに睨みつけていた。

 死の危険を濃厚に感じたのでアニマからべりっと体を剥がす。


「で、結局君のその眼は一体何なんだい?」


 どこか呆れたような声音で、ヨミが再度質問を繰り返した。

 思えば答えてなかった気がする。なのでもう一度頭を働かせる。ふむ、どう説明すれば良いものか。


「何、と聞かれても俺にも良く分からん。気付けば使えてたからな」


 左手で左側の視界を多い、右側に意識を集中させる。

 すると瞬く間に色を失い、灰色が世界を支配する。

 『千里眼』を発動させたのだ。どういう原理か分からないが、これは俺の意思で発動させる事が出来るようだ。

 使いたい、使うと念じれば右側の世界が灰色に包まれる。

 今のところそれだけ。長い時間使うと視力が落ちる上に、精神的にも肉体的にも疲れるから使わないけど。

 俺が『千里眼』を発動させると、三人は目を見開いて驚いていた。


「……間近で見るのは初めてだが、ふむ」

「綺麗、ですね」

「ほぉ……改めて見るとやはり美しいな」


 何が? と首を傾げる。これを使った俺がどうなってるか確認していないし、する暇もなかったため首を捻るしか無い。

 何、一体どうなってるの俺の目。コードギアなんちゃらが発動しちゃってるの? 悪夢ユメが見れちゃうの?


「お主には見えぬか。そうじゃの……ピカピカ、キラキラ、キラーンじゃ!」


 俺の中でフィルさんがアホの子と言うことが決定された瞬間だった。

 なにその頭悪い感想。輝いてるしか伝わらないんだけど。俺は部長(ハゲ)じゃないんだぞ。


「一言で言えば青いね。……そうだね、瑠璃と言う宝石に似た輝きだ」

「とても綺麗な色です。あ、こうすればヒトマ様にも見えますね」


 そう言って微笑んだアニマがずい、と顔を寄せて来た。

 鼻がくっつきそうなくらいの至近距離に、とびきり美しいアニマの顔がある。

 鼻腔を突き抜ける甘い匂いに理性が飛びそうになりかけるが、真っ直ぐ見つめる紅の瞳に映る自分を見てぎょっとした。

 ヨミが言った通り、黒であったはずの右目は煌々と瑠璃色の輝きを放っていた。

 確かに綺麗だ。だが、それ以上に自身に起こった異常な変化に少しばかりの恐怖を覚えた。


―――が、それにすぐに掻き消える。

 視界の隅で蠢いた、不気味な影の存在によって。


「―――アニマ!」


 何故そうした(・・・・)か分からない。無意識に体が反応した。

 アニマの華奢な体を掻き抱き、飛ぶようにして前に転がり込む。

 直後、破裂音のようなものと同時に俺とアニマがいた場所が爆ぜた。

 あのままあそこにいたらどうなるかなど、想像するだけで体が震える。

 一体何が―――。


「何を呆けておる。奴ら(・・)じゃ」

「出来れば会いたくなかったが……やはり『外』にいる限り、それは不可能か」


 フィルさん、ヨミ、そして腕の中からするりと抜け出したアニマの睨みつける先―――それは俺の……否、人類の敵。

 人と言う概念を捨て去った魔物、機械人形マテリアルと初めて邂逅した瞬間だった。


「あれが、機械人形マテリアル?」

「そう、ヒューマノイド、延いては世界の敵だ」


 俺以外の誰もが目の色を変えてそれ(・・)から目を逸らさない。

 機械人形マテリアル。その姿はその名に相応しく―――。


「まんまロボットだな」


 機械人形マテリアルのフォルムは人のそれとなんら遜色無い。

 全身が金属で覆われ、二メートルを越す巨躯を持つ事以外は……だ。

 ロボットと言うよりも、人が強化スーツを着込んだ、と言った方が近い表現になるだろうか。

 巨体であることに変わりないが、得体の知れない金属で身を固めている姿は人の輪郭を失うことなく保持されていた。

 不意に、アニマが話してくれた事が脳裏に浮かび上がった。


 ヒューマノイドの成れの果て、それが機械人形マテリアルなのだと。


「これが……敵? な、なぁ、話せばわかってくれるんじゃ―――」


 元は同じ心を持ったヒューマノイド。であればきっと話せば分かり合える。

 そんな一縷の願いは呆気なく砕かれた。

 対峙する機械人形マテリアルの右腕―――禍々しき殺意を変貌させた鈍色の閃光によって。


「―――っ」


 鼓膜を震わせる大轟音。唸りを上げて破壊を撒き散らす狂気は止まることなく轟音を奏で続ける。

 放たれた狂気は濃厚な死の気配を孕む、冷たい銃弾は無数の雨となって降り注ぐ。

 俺は動けなかった。全身の筋肉が硬直したかのように棒立ちしながら、防ぐことはおろか、避けることさえも叶わぬ鉄の雨をぼうっと眺めていた。

 ああ、俺、ここで死ぬんだ。

 そう悟った直後―――銀と紅の颱風が吹き荒れた。


「ちっ、いくつか打ち落とし損ねたわ。アニマよ、我が主君に怪我はなかろうな?」

「ご心配には及びませんよ、フィルリンク様。ヒトマ様をお守りする事が私の存在そのものですから」


 二人が目の前に現れたことで、ハッと我に返る。

 今何をしたんだ? いつの間にかアニマが俺を庇うように立っていて、その前にフィルさんが立っている。

 訳が分からないままえ? え? と狼狽えていると、再び機械人形マテリアルの右腕から閃光が瞬いた。


「カッ!」


 修羅おにが笑った。

 子供と言って差し支えない小さな躰から蒸気のような白い靄を迸らせ。

 ずしん、と大地を揺るがすほどの踏み込みは容易く大穴を穿ち。

 純白の髪を真紅に染め上げ。

 かつて〝武神〟と謳われ、敵味方問わず、その名を耳にした者全てを竦み上がらせた猛者。


「そんな子供騙しが儂に通用すると思うてか‼ 片腹痛いわッ‼」


 咆哮と同時に小さな体がぶれ、右足がふっと掻き消える。

 

「―――⁉」


 機械人形マテリアルが上げたと思しき悲鳴をも呑み込んで、凄まじい衝撃波が大地を駆け抜けた。

 この破壊力を目の当たりにしてしまえば、銃弾など可愛いものに見えて仕方ない。

 そう簡単に砕かれるはずもない岩盤はまるで豆腐を掬うように捲れ上がり、圧倒的な暴力の前に粉々に砕け散りながら濁流の如し流れに従っていく。

 銃弾も、大地も、機械人形マテリアルも、果ては摂理すらも呑み込みかねない威力の蹴擊。

 人ならざる者の力をまざまざと見せつけた張本人―――フィルさんはもうもうと巻き上がる土煙を見据えながら、ふん、と鼻を鳴らした。


「思えば久しく体を動かしておらなんだ。……ちと、加減を間違えたかの」

「ふ、フィルさん……? もしかして、今のが全力デスカ……?」


 ひくひくと頬が痙攣している。俺と戦った時とは比べ物にならない程の威力。

 こんなもの避けれる自信なんてあるはずがない。例え『千里眼』を使ったとしても、一瞬であの世に一直線だろう。

 なんせ、フィルさんの足元から扇状に広がる形で大地が抉り取られているのだ。

 たった一発の蹴りだけで、あの一瞬でこの惨状を生み出した。

 本気で恐怖を覚えていると、フィルさんがこちらに振り向き、微かに微笑んだ。


「戯言を。まだ十分の一も本気を出しておらんわ」


 かかっ、と快活に笑うその姿を、俺は笑えなかった。

 心の底から敵じゃなくて良かったと今更ながらに思う。

 だってそうだろ? 敵である機械人形マテリアルは、この幼女の蹴り一つで跡形も無く消し飛んじまったんだぜ?

 アニマもヨミも、目の前に広がる圧倒的な暴力の爪痕を見ても眉一つ動かしていない。

 この時、俺には頼もしい仲間であったはずの三人が―――恐ろしくたまらかった。

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