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春と秋~大神来国の少女  作者: 霧島まるは
馬丁見習い編

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愛すべき血肉 4

 馬から放り出された空中で、千秋はいくつかのものを見ていた。


 馬体に巻き込まれないように瞬時に位置関係を把握して手綱から手を離し、ついで、牡丹も同じように転倒しているのを確認する。


 地面に張られた綱は、一本ではなく複数あったのだ。


 一本くらい、軽く飛び越えると予測されていたのだろう。これほど近い距離に複数張られていたら、着地直後に引っかかってしまうのは間違いない。千秋も、どうやら二本目にやられたようだ。


 これから固い地面に叩きつけられることが分かっている彼女は、受身の態勢を取る。そして、すぐに立ち上がらなければならなかった。


 あっという間に、後方の騎馬は追いついてくるだろう。


 木陰にも、何人か潜んでいるに違いないのだ。


 ここまで整理して、千秋は大きく地面に両手を振り出した。


 この細い腕が折れないことをただ祈り、頭をぐっと腕の内側に隠しこむ。


 ズダダダダダダ!


 物凄い勢いで、千秋は前転と側転を強要される。


 その速度がようやくおさまった直後、千秋は痛みも置き去りに頭を振って飛び起きた。


 腕も足も折れていない!


 その確認さえ出来れば、痛がるのは後だ。


 馬は、綱に引っかかった影響で、もっと手前の位置に倒れているのが見える。


 牡丹も、さすがは騎馬族だ。落馬したくらいでは、問題なく飛び起きていた。


「『柳』!」


 牡丹は、即座に馬を呼んだ。


 彼女の相棒として、新たに連れてこられた若馬は、辛そうに前脚で地面をかくようにした後、何とか立ち上がった。


 多少よたよたはしているものの、脚は大丈夫そうだ。綱をよけて、牡丹の方へと歩いてくる。


「『楠』!」


 千秋がその名を呼ぶと、ブルルと辛そうにそれはいなないた。


 立ち上がらない。


 そうしている内に、道の両側から男が一人ずつ飛び出してくる。


 一人は千秋に、もう一人は牡丹に襲いかかった。


 目的が牡丹だというのならば、千秋に関わる必要はない。そこで、ああそうかと納得する。


 どうして、牡丹が地味な着物を着てきたのか。


 どうして、千秋を連れてきたのか。


 もしも、襲われるようなことがあったとき、どっちが牡丹であるか、少しでも分からないようにしたかったのだ、と。


 どこまで牡丹の情報が出回っているか、千秋が知るはずもない。体格は随分違うのだから、詳しいものであればすぐに分かるだろう。


 しかし、その情報が全員にきちんと回っているとは限らないのだ。


 女が二人いるなら、両方とも抑えればいい。


 現場は、そんな単純な思考なのかもしれない。


 馬から落ちてしまえば、彼女がこれまで生きてきた世界に戻るだけ──千秋は、別の意味で単純な思考に戻った。


 掴もうと伸ばしてくる男の手をかわし、そのみぞおちに固い肘を叩き込む。確実に落とすために、そのまま顎下から掌の底で跳ね上げた。


「近づくな!」


 短剣を抜き、牡丹が威嚇して足止めしている間に、千秋はもう一人の男の後方へ回り、膝裏に蹴りを入れる。倒れかけ、頭が下がったところで、丁度いい高さになった首筋に強烈な肘を叩き込んだ。


 だが。


 千秋がほぼ対等に戦えたのは、そこまでだった。


 後方の騎馬は、綱のある道からではなく、内回りに林を突っ切って来たのだ。


 そんな方法があったかと、千秋は敵に学ばせてもらうこととなる。


 同時に、牡丹の元へと『柳』が到達する。彼女は躊躇なく、馬に飛び乗った。


『楠』は、まだ起き上がれないでいる。もはや、あの馬で逃げるのはあきらめなければならないようだ。


 ある意味、牡丹が騎乗してくれて助かった。


 戦う能力は低くとも、操馬技術はすさまじい。馬にさえ乗っていれば、おいそれと彼女が敵の良いようにされるはずがなかった。


 千秋がまず最初にやるべきは──十騎ほどの敵の数を、少しでも減らすこと。


 連中は、牡丹と千秋のどちらが目標であるか、判別しきっていない。そのわずかな間を、彼女がぼうっと過ごすはずなどなかった。


 街道の脇の林へ飛び込むと、そこには多くの手ごろな石が転がっている。


 馬の世話をし始めて以降、馬に石を投げつける羽目になるとは思ってもみなかったが、ためらうこともなかった。


 それどころか、馬の臆病な性格を知ったからこそ、これが一番安全で確実な馬の驚かせ方だと確信したほどだ。


「うわっ!」


 三頭の馬が、それにより主人を背から振り落として、てんでに走り去る。


 相手が騎馬族でないと分かっているからこそ、出来る芸当だ。でなければ、いつかの辛夷こぶしの時のように徒労に終わったことだろう。


「行くわよ、『柳』」


 千秋の初動を確認した牡丹は、そのまま馬を駆け出させた。


 町に戻る方へ、ためらいなく新しい相棒を疾走させ始めたのだ。


「追え!」


 六騎の馬が、彼女を追った。


 千秋の側に残ったのは、三人の落馬した男と、一騎だけとなった。


 六:四で、牡丹の方が本物だと思われたらしい。もしも、全員騎乗していたならば、もう少し割合は違っていたかもしれないが。


 自分と牡丹のどっちが、皇帝の嫁に相応しい見てくれかを考えれば、四人残ったことが奇跡だろうから。


 無防備に突っ込んできた一人目は、簡単に千秋は落とした。


 しかし、それを見た残りの男たちは非常に強い警戒を見せ、地上の二人が抜刀する。


 騎馬の男が、ゆっくりと遠巻きに千秋の後方へと回っていく。


 男三人に連携されると、非常に厄介だ。


 彼女は迷わず──騎馬目掛けて突進した。


 たった一騎残ったこの馬を、いただくのが一番てっとり早いと判断したのである。


 鐙にかかった男の左足の上に、千秋は大きく側転する形で左手をついた。


「ううっ!」


 左足に千秋の全体重がかかり、男は一瞬馬上に完全に縫いとめられる。そのまま足から身を上へと跳ね上げる。


 身長の足りない分を、腕の力による跳躍で補い、千秋は男の横っつらに蹴りを叩き込んだのだ。


 その衝撃のまま、馬の向こう側へと蹴り落とす。もはや、彼女の手は男の足から離れていて、馬上に男をとどめる重しはない。


 千秋はうつぶせに馬の背の上に着地するや、すぐさま身体を回し、鞍の上を乗っ取った。


「ハイッ!」


 どんな馬であろうとも、手綱をとられ馬上から普通に操られるだけで、言うことを聞かざるを得ない。


 ましてや、騎馬族にみっちり操馬を叩き込まれている千秋は、既に普通の域は超えていた。


 馬を失った連中を置き去りに、千秋は町の方向へと走った。


 まともに戦うばかりが能ではない。


 きっちり逃げること──千秋には、それが骨の髄までしっかりと叩き込まれていた。



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