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春と秋 13

「お、春一さん。おかえりなさい」


 町の中心から、随分と奥に入ったところ。


 町人通りと農民通りの、ちょうど境の辺りにある大きな屋敷に、先生は千秋を連れてきた。


 随分と距離があったため、すっかり日が暮れてしまった。


 一家が住むというには、本当に大きすぎる敷地と建物。


 中は、ざわざわとしていて、多くの人間が息づいているのが分かる。


 おかえりなさいということは、あの商店ではなく、ここが先生の根城なのだろうか。


 千秋は、かがり火くらいしかない、薄暗い庭先で出来る限りのものをその目に映そうとした。


「ああ、ただいま……隊長はいるかい?」


「いますけど、もうこの時間は酒入ってますよ」


 入り口にいた男は、くいっと杯を傾ける仕草をして見せた。


 その目が、春一の後ろにいる千秋へと向けられる。


 何か言われるわけではなかったが、怪訝と好奇の色がありありとその目に浮かんでいた。


「戦のない時なら、いくら飲んでてもいいよ」


「違いないっすね」


 軽口をかわした後、先生は千秋を連れて屋敷へと入っていった。


 玄関には、多くの草履や革の長靴が溢れんばかりに並んでいる。


 今日は、何か宴でもやっているのだろうかと思うほどだった。


「春兄ぃ、広間に行くんすか? 隊長機嫌悪いっすよ」


 草履を脱いで上がり、勝手知ったる足取りですたすたと廊下の奥を目指す彼に、千秋よりも年下だろう少年が、やめた方がいいと手を左右に振っている。


 どうやら、よほど怖い人のようだ。


「あー、大丈夫大丈夫」


 けれど、先生は軽やかに少年を脇にどけて歩き続ける。


 そして。


 一番ざわついている襖の並ぶ部屋の前で、彼は足を止めた。


 千秋も、どきどきしながら止まる。


「ただいまー、隊長いる?」


 軽い言葉で、先生は立ったまま襖を開けた。


 ざわついていた声が、それに一瞬ぴたりと止まる。


 中にいる全員の視線は、おそらく全部こっちに向いていることだろう。


 先生の後ろにいるので、千秋からはよく見えなかったが。


「あぁ? 春一、おめぇもちょっとこっちきて、こいつらに説教してくれ」


 酒で喉が枯れたようなガラガラ声が、厳しい音と共に飛んでくる。


 先生という盾があるにも関わらず、千秋の身体さえ震わせそうな強さだ。


「まったく、騎馬族ともあろう者が、大事な馬を逃がすたぁ躾がなっとらん」


 どうやら、誰かを叱っている最中のようだ。


「女の尻をおっかけて、馬を持っていかれるなんて、間抜けにもほどがあるぜ」


「まったくだ」


 どっと、部屋の中ではやし立てる笑い声があがる。


 う。


 千秋は、物凄く嫌な予感がした。


 どこかで聞いたことのあるような話だったからだ。


 おそるおそる、彼女が先生の物陰から頭を出して中を見ると。


 大勢の男たちの夕餉が並ぶ広間。


 その、一番上座に座る大男。


 彼の前で、青い顔で正座させられている若者が二人。


 あー。


 その二人の青年の顔を、忘れるはずがなかった。


 辛夷こぶしと一緒にいた、千秋に悪さしようとして返り討ちにあった男たちだったのだ。


 慌てて首をひっこめるより先に、その片方がこっちを見た。


 目が、合ってしまった。


「あーーー!!!!」


 身を乗り出すように片膝を立て、若者が千秋を指差して大声をあげる。


「ああっ! 隊長、こいつです、この女です! この女が、俺たちの馬を!」


 もう一人も、すぐに気づいたらしく、二つの人差し指が遠くにありながら、千秋を突き刺そうとした。


 千秋からしたら、あれはどう考えても正当な行動だ。


 しかし、この場でどちらの言い分が通るかと言えば、多数決なら間違いなく味方の多いあっちだろう。


 千秋の味方といえば、先生だけ──ああ。


 そう考えた瞬間、彼女の肩の力は抜けていた。


 何だ、問題ないや、と。


 この広間の人間全員が敵になったとしても、先生さえそうでなければ、彼女はそれでいいのだ。


 指されてがなり立てられているというのに、千秋の心は穏やかになるばかりだった。


「いい加減にしろよ、お前ら」


 そんな中。


 上座に近い膳から男が立ち上がって、その二人の頭を容赦なくどついた。


 あの派手な着物の柄は。


 確認するまでもなく、辛夷こぶしだった。


「騎馬族は、実力主義だ。獲物も戦利品も、勝った人間しか手に入れられねぇ。千秋に返り討ちにされたっていうことは、お前らは油断したんだ。それを親父は怒ってんだよ」


 厳しい一発が、更にそれぞれの頭に追加される。


 あの二人がいるということは、彼がいてもおかしくはなかった。そして、その通りだったというわけだ。


「親父、あれが千秋だ」


 辛夷は、二人の頭をぐりぐりしながら、一番上座の男に向かって声をかける。


「あぁ……強い女は歓迎だぜ? 強い子を産むからな」


 親父と呼びかけられた大男は──左の額から右の頬にかけて大きな刀傷が斜めに走っている強面だった。




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