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春と秋 3

 西七理の町。


 千秋が聞き込みをしたところ、その町の名前は、非常に分かりやすい意味を持っていた。


 町に数字が入るのは、この国の中央が直轄する大きなところだけだというのだ。


 都から数えて、西に七つ目の大きな町。


 それが、西七理。


 他に、北三理や南西二理など、聞けば都から大体どの程度なのか分かるようになっている。


 冬の間いたところから、西七理の町までは、北東に向かっていけば着けるという。


 千秋は、最低限の荷物を籠に入れて背負うと、そこへ向かって歩き始めた。


 初めての一人旅だ。


 これから毎夜、屋根のないところで暮らす生活が始まる。


 春はまだ早すぎて、外村で雇ってもらうのも難しいだろう。


 もう少し出発を延ばせば、外村で食いつなぎながら、確実に町まで行くことは出来たかもしれない。


 しかし、千秋はあんな騒ぎを起こして町から飛び出したため、小屋に長居して、戻ってきた藤次と鉢合わせるのは得策とは思えない。


 そのため、出来うる限り慎重に進んでいくしかなかった。


 日が沈む前に、ねぐらになる場所を探し、早めに食料の確保と火を起こすこと。


 騎馬の通る街道は、軍がうろついていることも多く、極力目立たないようにして進むこと。


 これまで、先生が教えてくれたことを、ひとつひとつおさらいするように一人でこなしていく。


 けれど、うまくいかないこともある。


 突然の冷たい雨に打たれ震える羽目になり、具合が悪くて数日動けなくなることもあった。


 小屋から持ってきた緊急用の干し肉を、何とか噛み締めて病を乗り越え、再び歩き出す。


 考えることは、いろいろあった。


 大抵は、先生のことだ。


 一人で生きていけることは、これまでのことで分かった。


 命をつなぐという意味の、生きるだけならば。


 けれど、こうして離れていると、先生の糸目が懐かしくてしょうがない。


 彼の心の全ては、決して見えないけれど、側にいてくれるだけで、千秋はいまよりももっと強くなれる気がする。


 それらをひっくるめると──会いたい、という言葉になるのだ。


 こんな身体でよければ、どこを触られてもいいから、彼女は先生に会いたかった。


 そんな時。


 彼との思い出をたどりながら歩いていた千秋の耳に、馬のいななきが後方から届いた。


 はっと、道の端へと寄って様子を伺う。


 軍人かと思いきや、裕福な家の息子たちのようだ。


 荒っぽく馬を操りながら、若者が三騎で近づいてくる。


 街道脇の林の木陰へと寄ってやり過ごそうとしたが、残念ながらもくろみ通りにはいかなかった。


「女一人か」


 馬は、すぐ側でいななきながら止まる。


 相当遠い距離からよけていたというのに、向こうには気づかれていたようだ。


 曖昧な会釈で、千秋は彼らをかわそうとした。


「おっと」


 若者の一人が、ひらりと馬から降りるや、千秋の前をふさぐ。


「そう、つれなくすんなよ」


 反対側へ行こうとすると、そこをもう一人にふさがれた。


「おい、寄り道するのか?」


 一人だけは馬上に残ったまま、顔を顰めて二人を見ている。


「まあまあ……すぐ終わるからよ」


「お前は、やんねぇの?」


「馬鹿馬鹿しい。先に行くぞ」


 三人の微妙にずれた会話の隙間を、千秋は見逃さなかった。


 こんな人たちと、ちんたら付き合うつもりはないし、彼らが望んでいる通りの事態など真っ平御免だったのだ。


 千秋は、一瞬で一番近い男の顎を叩き上げ、返す拳でもう一人のこめかみを穿った。


 どさどさっと、二つの肉の塊が地面に倒れ伏すのは見送らず、千秋はもう一人の馬上の人間へ身構えようとした。


「へぇ……お前、女なのにすげぇな」


 しかし、男は仲間がやられたというのに、怒っている様子はなく、驚きの目をこちらに向けていた。


 年は、千秋より少し上だろうか。


 手入れのされた黒髪を全部後ろへ流し、ひとつにくくれるほどに長い。


 目と眉が近く、眉が短めで釣り気味のせいで、少々人相は悪く見えた。


 着物は、当初の印象の通り、汚れもない質のいいものだが、派手な色使いは男が着るには少し鮮やか過ぎないだろうか。


 その艶やかな裾をからげて、裾のすぼまった袴をはいている。


 そんな馬上の男を前に、千秋は一瞬も警戒を解かなかった。


 たとえ、この男が自分を襲ってこなかったとしても、彼の仲間を二人倒してしまったのだ。


 内町の人間らしい彼に、下手に軍に通報されると厄介である。


「どっかの間者……にしては、若すぎるし色気もねぇ」


 男が勝手に言葉を垂れ流している間、千秋は馬のことを考えていた。


 前に先生がしたように、この男を馬から落とし、自分だけ馬で逃げられないか──しかし、それには問題があった。


 千秋は、一人で馬に乗ったことがない。


 先生と乗った時は、先生が全部操ってくれた。


 しかし、この場を打開するには。


 彼女は、さっと意識を地面に落とすと、石を拾い上げ、男の馬に向かって投げつけた。


 前に、先生のやった事を真似たのだ。


「うおっ、とと!!!」


 驚いた馬は、大きくいななくと前足を高く跳ね上げ、ほとんど直立に近くなった。


 これで、落馬する。


 千秋は、そう確信した。


 なのに。


「どう、どうどう……ったく、俺を馬から落とそうってか? 百年早いぜ」


 男は、再び馬を地面に戻すや、手綱を操ってあっさりと静めてしまったのだった。



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