秋冬春 0
千秋は、水仕事を糸目先生と1日ずつ交代にした。
冬の寒い山小屋では、毎日ちゃんと食べていくのが大切なことだ。
最初の頃は、先生が狩りの中心で、千秋がそれを習いながらも家の仕事を中心に引き受けていた。
だが、狩りの仕方を少し覚えたところで、先生が一人で行ってみるようにと言ったのだ。
二人分のご飯を確保する仕事を、千秋は任されたのである。
そうして、彼女は雪の積む山へと分け入るのだ。
山には小さい池があり、そこで渡り鳥たちは休んでいる。
鳥を捕まえるのに必要なのは、暗さと静かさと速さ。
それさえあれば、草で編み石の重しをつけた程度の投網で、十分捕まえることが出来る。
おそらく、先生ならば素手でも捕まえられるだろう。
冬の、まだ日の昇らぬ朝早く──池に近づく一歩ごとに、千秋は音を隠していく。
自分の中に住まう音の虫たちを、一匹ずつ物陰に押し込んでいくのだ。
世界にある音は、自然が生み出すものだけ。
わずかな風で揺らぐ葉の音に、髪の音を隠す。
数多くの生き物の息吹の中に、自分の吐息を隠す。
千秋は、殺気など持っていない。
わざわざ、隠す必要はなかった。
それもこれも、先生の側で訓練が出来たおかげだ。
彼は、人を殺す時でさえ、そんなものを振りまくことはない。
気負う必要などなかった。
千秋が水辺に現れたことさえ、気づいていない鳥たち。
今日必要な数は、塩漬けや燻製にする分、そして日常の食事として食べる分。
10羽もいれば、十分だろう。
身体を、制御する。
草の投網を持ち、腕の肩の背中の腰の膝の足の力の流れの準備する。
東の空が白み始める寸前。
千秋が素早く投げた投網が、美しい弧を描いた。