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春と秋~大神来国の少女  作者: 霧島まるは
みっつ目の自分編
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みっつ目の自分 6

 結局、鴨は1羽40星で花枝に買い上げられた。


 1羽につき饅頭約13個分だ。


 そう考えると、意外と適正価格のように思える。


 おそらく、彼女の中では葛藤があったに違いない。


 千秋からは高く買いたくないが、先生の手前、とんでもなく安い価格はつけられない。


『先生に払ってもいい額』という言い方をしたので、尚のことだろう。


 おそらく、適正価格にちょっとだけ色がついた。


 そんなところではないだろうか。


 しかし、そんなことでへこたれるような女性ではないようだ。


 花枝は、千秋にしぶしぶ金を払い終わると、再び先生に絡まったのだ。


「春さぁん、今日はうちに泊まってかない? 勿論、お金なんていらないし、この鴨を夕食に振舞うわ」


 千秋は、ある意味彼女を尊敬のまなざしで見つめた。


 あれだけ流しまくられてもなお、花枝はしぶとい。


 いや、しぶとくなければ、先生に惚れ続けることは出来ないだろう。


 もっと早い段階で、心が折れてしまうに違いないからだ。


 千秋もまた、彼女のことをとやかく言うことなど出来ない。


 何故ならば、自分も大差ないのだ。


 もし彼女が、花枝のように先生に絡み付いて誘ったとしても、やっぱり流されて終わるだろう。


 花枝と自分の、一体何が違うというのか。


「どうする? 泊まっていくかい?」


 ほら。


 先生は、千秋の方を向いて、花枝の言葉を投げて寄こす。


 彼女が、先生のためだけに差し出した大事な言葉など、その程度のものとしか扱わないのだ。


 どれほど花枝が、不満そうな唇になろうとも、そんな言葉は先生にとって何の価値もない。


 価値のある言葉。


 千秋は、それを自分の中に蓄積していかなければ、到底先生に追いつくことなど出来ないのだ。


 男の宿と聞いた。


 千秋の想像が外れていなければ、おそらくそういう店だ。


 そんなところに、彼女も泊まれるのだろうか。


 泊まれたとしても、居心地がいいはずがなかった。


 一緒に帰る、千秋が先に一人で帰る、二人で泊まる──単純に、可能性は三つ。


 千秋が先に一人で帰るのは、無意味に思えた。


 何故、先生をここに置いていかなければならないのか。


 彼が一人で泊まりたいと望むのであれば、こんな回りくどい質問をしないだろう。


 一緒に帰るか、一緒に泊まるか。


 前者は、いつも通りだ。


 後者は、何が起きるか分からない。


「私も泊めてもらえますか?」


 だから。


 千秋は、後者を取った。


 いつも通りなら、いつでも出来る。


 平凡な生活より、何が起きるか分からない方が、きっと彼女にとって学ぶことも多いのではないだろうか。


「いいわよ、納屋の端っこくらい貸してあげるわ」


 いらっとした表情を隠すことなく、花枝は言葉のつぶてを投げた。


 確かに、彼女の立場からしたら、千秋は喉につまった魚の小骨より鬱陶しい存在だろう。


「では、よろしくお願いします」


 先生と花枝を交互に見ながら──お辞儀をした。



 ※



「薬屋へ、ちょっと行ってきます」


 店の中で、先生をもてなそうと腕を引っ張る花枝、という図に向かって、千秋は声をかけた。


 彼女のとても美しく白い指を見て、自分に何が必要か思い出したのだ。


 怪訝そうに柳眉を顰める花枝の横で、先生は「行っておいで」と手を振る。


『商店通りより、ふたつ西の辻』


 門番が教えてくれた薬師の店は、ここよりひとつ西の辻のはずだ。


 詳しい場所は分からないが、聞けば誰でも知っているだろう。


 この店の場所を忘れないように、千秋は一度建物を見上げる。


 三階建ての建物で、裏側にも小さいが『春屋』の看板が掛けられていた。


『春屋』


 先生が好きな花枝の働いている場所にその名前がついているのは、偶然なのか意図したものなのか。


 少なくとも、鴨をまとめ買い出来るほどのお金と、自分や先生を自由に店に泊められる力があるということを考えると、ここはもしかしたら、彼女の店なのかもしれない。


 もしそうであれば、この名前は──わざとなのだろう。


 春一。


 先生を愛しているのだと、町中に伝えたい。


 そんな花枝の心を考えると、藤次の入りこむ隙間はないように思える。


「そのお金は、千秋が自分で稼いだものだから、好きに使ってきていいよ」


 糸目先生は、和やかに千秋を見送ってくれる。


 花枝が払ったお金だというのに。


 そんな有様を見てしまうと。


 彼女の思いが、先生に通じる日が来るとは、とても思えなかった。


 それでもめげない彼女の姿は。


 千秋の目には、健気な可愛いものにさえ映ったのだ。


 少し、羨ましかった。







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