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春と秋~大神来国の少女  作者: 霧島まるは
みっつ目の自分編
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みっつ目の自分 5

 千秋が、平気な顔をして嘘をついたことを聞いていた先生は、その事実をただ面白がっていた。


 先生の中で『嘘』というものは、必要に応じて使うものである。


 少なくとも、彼女にはそう見えた。


 だから、偽者の許可証も作るし、灰色の頭巾もかぶるのだ。


 そんな嘘を使う男を、千秋は信用している。


 先生は、おそらく彼女に嘘をついてない。


 そもそも、彼が千秋に嘘をついたところで何の益もないし、嘘をつかれるような深く踏み込んだ問いかけはしたこともなかった。


 嘘をつこうが真実を語ろうが、先生にとって何の益もない人間なのだ、いまの彼女は。


 先生が、嘘をついてまで益を得たいと思えるほどの人間に、自分はなれるだろうか。


 ふと、彼女はそう思ってしまった。


「しかし、『春屋』に売るっていうのは面白いね……行ってみようか」


 瓢箪から駒、とはこのことか。


 千秋の言った嘘は、先生によってあっさりと真実の物となる。


 春屋──先生にぞっこんという噂の女がいるところだ。


「何屋さんですか?」


 町で、評判の女性がいる店。さぞや、繁盛していることだろう。


 先生は、歩きながら肩越しに振り返って微笑んだ。


「宿屋だよ……男専用の、ね」



 ※



 ばたばたと激しい音が、裏口の方へと響いてくる。


「春さん!?」


 目の前を覆っていた引き戸が、物凄い勢いで開かれるや、白い脚が飛び出してくる。


 着物の裾が乱れ、そこから足が見えるのも気にせず駆けて来たのだ。


「久しぶり、花枝」


 そんな大騒ぎも気にせずに、片手を上げる先生に──その女性は裸足のまま三和土たたきに飛び降りるや、先生に抱きついた。


 なまめかしい、という表現をすればいいのだろうか。


 先生の身体に巻きつけた手足が、まるで絡め取るように動くのだ。


 見てはならないものを、明るい日の下で見させられている気がする。


 花枝と呼ばれた女性は、全身から匂い立つ色香があった。


 真っ白な餅肌を、なお白くするような化粧を施し、紅色に染められた目じりと唇がくっきりと目立つ。


 緩やかに結い上げられた黒髪は、朱と金のかんざしで飾られ、おくれ毛が大きく開けられた襟元で踊る。


 確かに、藤次が言っていたような見目麗しい姿と、肉感溢れる肢体の持ち主だ。


 千秋が、ぼんやりと彼女を観察している間に、花枝は先生に抱きついているだけでなく、どんどん接触過剰になっていく。


 彼の首にすがるように回された白い手。


 先生の頬には、既に唇の跡が三つもついている。


「花枝……」


「なあに、春さん」


 鼻と鼻がくっつくほど間近で、語り合う二人。


「花枝……鴨、買わない?」


 しかし──先生の言葉には、一寸もの色気は含まれていなかった。


 これだけの美女を前にしても、平静な男の心臓は、果たしてどういう構造をしているのか。


「買う買う、言い値で全部買っちゃう!」


 花枝もさるものひっかくもの。


 彼女の行為を右から左に流す先生ですら、愛しくてたまらないように、要求を全部丸飲みしたのだ。


 おまけで、彼の鼻のてっぺんにも接吻を落とす。


「千秋、鴨を持っておいで」


 花枝にされるがままの先生は、笑顔のまま彼女を呼んだ。


 紹介も兼ねているのか、『千秋』という名前つきだ。


 刹那。


 花枝の視線が、矢のようにこちらへすっ飛んでくるではないか。


 その目には、怪訝や警戒の色がたっぷり詰まっている。


 完全なる傍観者だった彼女は、いきなり二人の間に割って入ることとなった。


 微妙な気分のまま、千秋は素直に籠を背中から下ろして前に抱え直して近づいた。


 花枝の視線は鴨ではなく、先生に抱きついたまま、じーっと千秋の顔に向けられている。


「春さん……この子が藤次の言ってた子?」


 ねっとりとした言葉が、よろしくない感情を含んだまま、花枝の唇からこぼされる。


「お買い上げありがとうございます」


 糸目先生が彼女を受け流すのならば、千秋も受け流すまでだ。


 鴨の籠を彼女の足元に置きながら、彼の笑顔を真似てみる。


「花枝が言い値で買ってくれるそうだから、1羽いくらか好きな値段をつければいい」


 そんな彼女に、新たな課題が出された。


 鴨の価格を決めろと言われたのだ。


 千秋は、この渡り鳥の相場は知らないというのに。


 ただ、先生が質問をするのは、いつも彼女に答えを考えさせたい時だ。


 不満そうな花枝の視線を前に、千秋は考えた。


 いつもの可能性を挙げろという例で考えれば、この場合、『1.適正価格で売る 2.ふっかける 3.とんでもなくふっかける』というところか。


 問題は、可能性1の数字を彼女は知らないというところ。


 千秋に出来るのは、あてずっぽうでも出来そうな可能性3くらか。


 しかし、別に花枝は悪人ではないし、ただ先生のために必要でもない鴨を全部買いあげようという人だ。


 とんでもなくふっかける必要性を、彼女は感じなかった。


 と、すると。


 千秋の頭に、4つ目の可能性が浮かんだ。


「では……花枝さんが、先生に鴨の代金として払ってもいいと思える額をお願いします」


 金額の決定を──彼女に委ねるというやり方だった。



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