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春と秋~大神来国の少女  作者: 霧島まるは
みっつ目の自分編
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みっつ目の自分 4

 宣言通り、藤次は翌日には山を下りて行った。


 千秋と先生の関係は、これまで通り何も変わることはない。


 多くの移動を必要としない生活は、冬の日々を穏やかに過ぎ去らせていく。


 渡り鳥を狩る方法を教えてもらったり、稽古をつけてもらったりしながら、彼女は幸せな時間をすごしていたのだ。


 そんなある日、先生が言った。


「そろそろ、町に売り物に行こうかな」


 千秋は、先生のその言葉をぱくんと飲み込んで考え始めた。


 おそらく、先生はどちらでもいいのだ。


 彼女が、ついてこようがこまいが。


 欲しいものはある。


 山水の冷たさは容赦なく、千秋の手は多くのあかぎれでひどい有様だった。


 元々、綺麗な手ではなかったが、とても人には見せられない。


 人と言っても、ここにいるのは先生くらいなのだが。


 あかぎれの膏薬──それは、薬の中では割と安めのはずである。


「何を考えてるか、言ってごらん?」


 その質問は、『何』だった。


 前に聞かれた、千秋は一体『何』なのか。


 どちらも、彼女の頭の中にあるものを、見たがっているもののように思える。


 思わず、千秋は先生を見ていた。


 賢さを求めているものとは、違う問いを投げる彼の目に、どんな色が浮かんでいるか見たかったのだ。


 しかし、それは愚行だった。


 細く細く、感情を見せない先生の糸目を読みとれるほど、千秋は修行出来ていなかったのである。


「渡り鳥を何羽捕まえれば……あかぎれの膏薬が買えるのかな、と」


 千秋は、先生には嘘はつかない。


 思っている通りのことを、そのまま口から溢れさせた。 


 先生は──声を出して笑う。


 どうして笑ったのかは分からないが、千秋の答えはどうやら先生のツボにはまったようだ。


「じゃあ、明日は朝一番で鳥を狩りに行くことにしよう」


 結果的に、一緒に町に行くことになったのだった。



 ※



 二人は、前と同じように別々に町へと入った。


 千秋は山の物売りに、先生は灰色の頭巾をかぶってというところまで、まったく同じだった。


 門番は、背中に渡り鳥の籠を背負った千秋が差し出す許可証を、じっと見た。


 前の門番は、一旦許可証を受け取って眺めたというのに、この男は千秋に持たせたままだ。


 何か、怪訝なことでもあるのだろうか。


 この許可証は、偽物である。


 だが、どうも門番が許可証の文字を、目で追っているようには見えなかったのだ。


「入って良し……あー、商店通りから西にふたつ辻を入ったところにある薬屋は良心的だから、余裕があるようなら寄るといい」


 彼は、とても同情深い声音でそう言って、千秋を通してくれた。


 許可証を疑っていたわけではなく、彼女のひどい手を哀れんでくれたのだ。


 だが、それでいい人だと思い込むようなことはしない。


 何しろ、相手は軍人なのだ。


 もしも千秋が、許可証を持っていなければ、この男はいくら同情しようと彼女を町に入れずに追い返すだろう。


 あるいは、先生と千秋の正体を知れば、目の色を変えて追い回して捕まえようとするだろう。


 ぺこりと会釈をして、千秋は町の中に入って行った。


 この町は、入るといきなり分かれ道になって、それぞれの大通りにつながっている。


 中央の道が、商店通り。


 食べ物屋関係は、西側にあるので商店通りよりひとつ西の道に入るように先生に言われていた。


 よいしょと籠を背負い直し、千秋は歩き始めた。


 朝の商店の裏通りは、活気に満ち溢れている。


 飲食店などの店主が、食材の仕入れのために、あちこちで行商人を捕まえて交渉している。


 野菜のほとんどは町の中の畑で作られたもののようで、毎日のやりとりのひとつとして和やかに会話が交わされていた。


 しかし、千秋の背負っている物を見るなり、仕入れの男たちの目つきがギラっと変わった。


「お、鴨か。けど、豚と鶏は仕入れてあるからな」


「無理して使う食材じゃないな」


 いきなり、数人の男が千秋を取り囲み、ダメ出しが始まった。


 余り大きくない彼女の頭の上で、男たちが言葉を投げ合う。


「10……いや、9せいなら買ってもいいが、それ以上となるとなあ」


 一人の男の挙げた価格は、非常に安いものだった。


 おいしい鴨の肉を捕まえて、饅頭三個分とはどういう料簡なのか。


 それほど、この町では鴨は人気がないのだろうか。


「そうだなあ……9星くらいなら妥当かね」


 頷く男たちを見上げて、千秋は首を傾けた。


 1羽いくらで売るか、ちゃんと先生に聞いておけばよかったが、いまさら慌ててもしょうがない。


 少なくとも、焦って売るような金額ではないことだけは分かる。


「そうですか、では他を当たってみます」


 千秋は、軽く会釈を残して、更に商店裏通りの奥へと進もうとした。


「おっとっと、分かった分かった。10星払うから、背中の鴨を売ってくれ」


 そんな彼女の目の前に、男は回りこんで来た。


 足を止めた千秋は、ようやく分かった。


 彼らは、この鴨を──買い叩こうとしているのだ、と。


 この通りに入って、一番最初のお客が彼らだった。


 外から売りに来る物を、狙いやすい位置。


 千秋が見慣れない小娘だったので、きっと舐められたのだろう。


 文字通り、千秋を『鴨』にしようとしたのだ。


「結構です」


 前の男をよけようとしたのに、同じほうに一歩足を踏み出され、また前がふさがれた。


「分かったよ。じゃあ、十二星でどうだ。悪くない話だろう?」


 投げ飛ばせれば、どんなに楽だったろうか。


 しかし、まだ千秋は先生と合流もしていないし、いきなり騒ぎを起こすわけにもいかない。


 ふと。


 彼女の脳裏に、ある人の名前が浮かんだ。


「花枝さんって、ご存知ですか?」


 広い内町である。


 しかし、同時に言えば、ほとんど人の入れ替わりの少ない町でもあるため、目立つ商売をしていれば、いろんな人に名前を覚えられる。


 藤次が、あの時褒め称えた花枝の容貌が本当ならば、この町の男が彼女のことを知らないはずはないのではないか──そう思ったのだ。


「花枝って……花枝姐さんのことか?」


 ざわっと、男たちの反応が変わった。


 どうやら、相当有名人のようだ。


「この鴨、その花枝さんに頼まれたものなので……他の方には売れないんです、すみません」


 千秋は、嘘八百をつらつらとあげつらった。


 真実を多くの人で共有することには、何の意味もない。


 自分が信じている人にだけ、本当のことは意味のあることなのだ。


「ああ、『春屋はるや』に納めるものか。それは悪いことをしたな」


 男たちは、慌てて道を空けてくれた。


 千秋が、次の一歩を踏み出した時。


「そのあしらい方は、想像してなかったよ……面白いこというね」


 すっと。


 既に頭巾を取った先生が、真横に並んで来たのだった。




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