表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春と秋~大神来国の少女  作者: 霧島まるは
みっつ目の自分編
24/71

みっつ目の自分 3

『あの子は昔から僕を好きでね』


 衝撃的だったのは、その部分だろう。


 先生にとっては、まるで挨拶みたいに気楽に吐かれた言葉。


 この時、ふと思ったのは。


 千秋が羽織っているこの赤い着物が、彼女のものではないかという想像だった。


 もしそうだというのなら、花枝と言う女性は先生と一緒に暮らしていたということになる。


 先生のことを好きな女性と、二人で暮らす。


 しかし、千秋の想像は、入口で途切れた。


 うまく想像が出来なかったというより、既視感にとらわれたせいが大きいだろう。


 自分と先生の関係が、それとよく似ているのだ。


 彼は、千秋には手を出さなかった。


 いろいろ接触はあったが、それにはまったく決定打はない。


 先生は、女なら誰でもいいという考えを持っている人ではなかった。


 それを、千秋は自分の身を持って理解している。


 ということは、彼女とのことも考えるだけ無駄だった。


 先生にその気があるのならば、千秋がどう思おうが、結果は何も変わらないのだ。


 過去は動かしようがないし、今後のこともどうしようもない。


 少なくとも分かっているのは、先生は自分にはそういう意味で興味がない──ということだけ。


 そして、もうひとつ分かっていること。


 彼女も自分も、先生のことが好きだ、ということだ。


 糸目先生の良さが分かるなんて、一体どういう人だろう。


 心に隙間風が吹き込むのを感じながらも、千秋はそんな風にはへこたれなかった。


「花枝さんって、どんな方なんですか?」


 彼女の問いに、先生は何故かぷっと吹き出す。


「花枝はなぁ!」


 彼に、笑った理由を聞き出すより先に、暴れていた藤次が大きな口を挟んできた。


「花枝は、まろやかでしっとりしてて、こう女らしくてなぁぁ!」


 拳を握りしめたかと思うと、すぐさまその手を開いて女性の曲線を描き始める。


 大げさな描き方だろうが、胸腰尻を強調する動きに、とりあえずどういう身体つきの人であるかは分かった。


「とにかく、ちんちくりんとは真逆の、色香たっぷりの美しい女だ!」


「だから、千秋だって」


 唾を飛ばしながら力説する藤次と先生は、まさに真逆だった。


 そう考えると、真逆というのも意外と悪い話ではない気がする。


 少なくとも、彼が千秋を『ちんちくりん』と呼ぶ度に、先生は冷静に訂正を入れるのだ。


 その度に、『千秋』と呼んでくれる。


 二人でいる時は、そんなことはほとんどない。


『君』と呼ばれることはあるが、面と向かって名前を呼ぶことなどなかった。


 それは、千秋も一緒だろう。


 今日の今日まで、先生の名前を知らなかったのだから。


 そして。


 どうして藤次という男が、花枝に好かれないのか、何となく分かった気がした。


 彼が褒めたのは、全て外見に関するものだったのだ。


 先生が人を褒めるとしても、おそらくそんな褒め方はしないだろうし、もし外見にこだわるのであれば、千秋など助けようとは思わなかっただろう。


「ところで……こいつは何だ?」


 藤次の顔を見ながら、彼女が失礼なことを考えているなど知りもせず、そしてようやく少し冷静になったのか、千秋の存在について問いかけてくる。


 彼女が、花枝のことを疑問に思ったように、向こうもまた千秋のことを疑問に思っているのだろう。


 さっき、名乗りはしたものの、『何か』について明確に答えることはなかったのだから。


 だが、その視線と質問が向いている先は先生であって、自分ではなかったが。


「ん? 何だっけ?」


 そんな藤次の球を、糸目先生は軽く彼女に投げて寄こす。


 先生にとって、千秋とは何か。


 彼は、自分で答えることをせず、千秋に答えさせようとしているのだ。


 どきっとした。


 それは、深い意味のある問いかけに感じたのだ。


 ここで彼女が答えた関係を、先生は素直に飲み込むのではないか──そんな気がしたのである。


 白紙を、差し出されている気がした。


 何と書いてもいいと、言われているのだ。


 一番、周囲を納得させられそうなのは、『師匠と弟子』だろう。


 実際、千秋は彼をずっと『先生』と呼んでいるのだから、それが一番自然なのだ。


 けれど、それを口にした瞬間。


 彼とは、永遠に師匠と弟子で終わってしまう気がした。


 では、『恋人』になりたいのかと言われると、正確ではない気がした。


 淡い希望とか、少女らしい夢とか、そういうものの先に先生がいる気がしなかったのだ。


 近くにいながらも遠い背中。


 千秋には、まだ彼の背中しか見えていない状態なのだ。


 そんな今、彼女に言えることと言えば。


「私は、先生の背中の……向こう側を見てみたいです」


 藤次の質問の返事としては、それは随分おかしいものだったはずだ。


 実際、彼は意味が分からないように、大きく首を傾けている。


 しかし、千秋が見ているのは藤次ではなく、答えを返すべき先生の方。


 先生は。


「ああ……そう、それは、楽しみだ」


 先生は──爆笑していた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ