みっつ目の自分 0
先生は、こう言った。
「そろそろ冬になるね……どこで冬を越そうかな」
千秋は、その言葉を拾って頭の中で転がす。
日々、野宿の生活はだんだん厳しくなっている。
既に穀類の収穫時期も終わり、外村で仕事にありつくことも出来なくなったため、二人は冬の身の振り方を考えなければならなかった。
問題は、住むところだろうか。
千秋は首をひねるが、心当たりなどあろうはずもない。
そんな彼女を、糸目先生は細い瞳のまま見つめている。
その様子は、千秋の答えを待っているような気がした。
先生は、よく言うではないか。
『可能性をあげろ』と。
それが、実現可能かどうかは別として、思いつくものをあげれば、きっといいのだ。
「ええと……ひとつ、どこかの山小屋に住む。ふたつ、外村に住まいを借りる。みっつ……」
千秋は、つらつらと可能性をあげながら、先生を見る。
彼の表情は、少しも変わってはいない。
「みっつ……内町で過ごす」
野宿以外で言えば、こんなとこだろう。
先生は、頷きも相槌もない。
微笑んだまま、千秋を見つめるだけだ。
「じゃあ、いま挙げた中の、どこで冬を越したい?」
穏やかで揺ぎない声。
千秋の挙げた可能性の、どれだって簡単に手に入れてしまいそうな安定感が、声の全てから漂っている。
きっと、先生ならばどれも可能なのだろう。
本当に、どれも可能だと言うのならば。
「どこかの……山小屋で冬を越したいです」
千秋と先生が、出会った時に暮らしたような、粗末な小屋で構わない。
あの時間がもう一度戻ってくるのならば、それに触れたいと──千秋はそう思ったのだった。