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春と秋~大神来国の少女  作者: 霧島まるは
罪と饅頭編
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罪と饅頭の重さ 6

「かわいそうに……」


 別れ際、おばさんは千秋を抱きしめながら、同情深げにそう呟いた。


 目に涙をいっぱいためて、本当にかわいそうなものを見る目をするのだ。


 何だかんだで、外は夕日になっていた。


 おばさんは、千秋たちに家に泊まるように勧めたが、先生の確認を取るまでもなく断った。


 彼女の夫が軍人であるというのならば、とても泊めてもらうことなどできない。


 いろいろ騒ぎを起こしたので、さっさとこの町から去るに限る。


「かわいそうじゃ、ないですよ」


 千秋は、おばさんに笑ってみせた。


 嘘の笑みは、浮かばない。


 心の底からの笑みを浮かべて、おばさんに見せたのだ。


 千秋は、ひとりではなく先生と一緒にいる。


 そして、他の人たちのことを、ひとりひとり見られる目を育ててもいる。


 おばさんの目から見れば、千秋は無邪気でいられない辛い人生を送っているように見えるだろう。


 けれど、それは今や不幸なことではなかった。


 だから、彼女はおばさんの言葉を否定して、笑顔を浮かべることが出来るようになったのだ。


「お元気で」


 次にこの町に来られるようになるのは、いつになるか分からない。


 もう、永遠に来ることはないかもしれない。


 これからは、記憶の中に『いい人』として、千秋の中におさまるだろう。


 そんな人に別れを告げ、先生と歩き出す。


「夕食に饅頭でも買って行こうか」


 さすがに、今日はもう狩りをする時間もない。


 先生が、門の方に向かって歩きながら、先にある店を指す。


「あんこの饅頭がいいです」


 肉餡の饅頭もあるが、肉は先生のおかげで足りている。


 外では食べられない甘い物を、千秋は欲しいと思ったのだ。


「うんうん、何でもたくさん食べていいよ」


 ぽんぽんと頭に手を置かれる。


 何気ないその言葉と態度に、彼女はすこーし引っかかった。


 すぅっと視線を下げ、自分の着物の胸を見る。


「やっぱり、もうちょっとお肉つけた方がいいですよね」


 この洗濯板を、今日はご披露してしまったのだ。


 思い出すだに、肌がぴりぴりするほど恥ずかしい。


「肉をつけたからって……往来で見せていいわけじゃないよ」


 先生が、少しばかり心配げな目で、こちらを見た。


「見せたくて見せたわけじゃないです!」


 千秋が顔を真っ赤にして反論すると、先生は愉快そうにくすくすと笑う。


 そんな馬鹿馬鹿しい話をしながら、熱々の饅頭を買う。


 先生は、あんこと肉の饅頭を別々に袋に入れてもらっていた。


 そんなに山ほどの数ではないのだから、ひとつでもよさそうなものを。


 不思議に思いながらも、千秋は袋をひとつ受け取った。


 それを抱えたまま、先に千秋は門を出た。


 行きと同じように、バラバラに出ることにしたのだ。


 門番に曖昧な会釈ひとつして、千秋は歩いていく。


 少し遅れて、先生は門を出てくるだろう。


 なのに。


「ちょっと待て」


 後ろで、問題発生の声がした。


 先生は、門番二人に止められてしまったようだ。


 千秋は。


 振り返らなかった。


 そして、同時に分かったのだ。


 饅頭の袋は、『もしも』の証。


 もしも、二人がばらばらになることがあっても、どちらも困らないようにするためのもの。


 先生が、千秋のために用意してくれた、愛情のこもった保険だ。


 だが、一人になる心配など、千秋はしていなかった。


 自分ならまだしも。


 先生に、『もしも』が起きる可能性など、余程の事以外はあり得ないのだから。


「うわっ!」


「ぐおっ!」


 男二人の悲鳴があがる。


 勿論、それは先生のものじゃない。


 駆けてくる音は、静かだ。


 足音がないわけではないが、無駄に土を蹴る音がない。


「はあ、参った参った」


 明るい声に、千秋は前を向いたまま、自分の唇が緩むのを感じていた。


 さすがは先生だ、と。


 千秋の信頼の、頂点にいる男である。


「少し走りますか?」


「そうだね、そうしようか」


 そして──二人で饅頭の袋を抱えて走った。



 ※



「あ、こっちがあんこだったね」


 逃げた後。


 先生は、自分の袋の饅頭を確認して、千秋と袋を交換した。


 糸目先生も、うっかりすることなんかあるんだ。


 そう思いかけて、彼女は首を傾げた。


 いや、そんな抜かりはなさそうだ、と。


 もし、この袋の中身の間違いがわざとだったとするならば、皮肉が混じっている気がした。


 もしあのまま、先生が捕まっていたら、千秋は一人で自分の袋の饅頭を食べただろう。


 あんこではない饅頭を。


 その時、彼女はきっと自分の観察力のなさを知るのと同時に、あんこ饅頭と共にいなくなった先生を深く恋しがるだろう。


 いや、勿論、あんこ饅頭がなくても恋しいのだが。


 そんな未来のことまで想定された、先生が布石した優しい皮肉。


 今日。


 千秋はそれに。


 初めて気づいた気がした。





『罪と饅頭編 終』







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