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春と秋~大神来国の少女  作者: 霧島まるは
罪と饅頭編
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罪と饅頭の重さ 2

 あっさりと、荷は片づけられた。


 馬まで、綺麗さっぱりと。


 鳥を卸し、山菜を卸し、馬屋で馬を売りさばく手順を、千秋はちゃんと覚えていようと思ったのだ。


 だが、あまりに手際よく交渉を成立させるので、ぽかんとしている間に終わってしまった。


 特に、馬はいい値がしたらしく、先生の巾着はずっしりと膨らんでいる。


「さて、買物でもしよう」


 先生はそう言って、千秋の手を引いて商店通りへと進んで行く。


 これまでの裏通りと違い、そこは町の華やかさの象徴だった。


 明るい色の着物が飾られ、その前にはおしゃれな女の子たちが張り付いてきゃあきゃあと声をあげている。


 茶屋に座る伊達男は、若い女に色目を使っていた。


 余りに色鮮やかで明るい光景に、一瞬千秋は先生のように目を細める。


 眩しすぎて、直視できなかったのだ。


 子どもの頃に見た景色と、この年になって見た景色は、10年ほどの差こそあれ、余り変わらないもののはずなのに、ぴかぴかと輝いて見えた。


 次の瞬間には、自分のうす汚れた姿が、少しばかり恥ずかしくなる。


 着物は先生にもらった赤いものだが、ここまで着たきりだったせいで、随分とくたびれてしまっていた。


 初めて袖を通した時は上質だと感じたはずなのに、いまではすっかり古着にまで貶めたように感じたのだ。


 商店通りを歩く女の子たちを見ていたら、随分場違いなところに来てしまったのだと思い知らされる。


 千秋は、無意識に先生の影に隠れてしまった。


「……」


 人目から隠れはしたが、先生から隠れた訳ではないので、肩越しに見られてしまう。


 彼は、小さくなっている千秋の頭に軽く手を置いた後、歩き始める。


 先生がのれんをくぐったのは、古着屋の店だった。


 日常着から、古い花嫁衣装まで並んでいるような雑多な品ぞろえのそこは、二人が入るには相応しいように思える。


 いかにも、外の人間が物売りに来て、その金で何か衣装を見繕っていくという、ささやかな贅沢の場所に感じたのだ。


 勿論、内町の人間でも、慎ましやかな生活をしている者も多い。


 積み上げられた着物を、とっかえひっかえひっくり返している女性たちが、目の端に映る。


「好きなものを選んでおいで」


 そんな女性たちの中に、千秋は軽く押し出された。


 着替えの一枚もないと、洗濯にも困る有様なのだから、当然考えられる提案だったし、彼女もそうじゃないかなとは思っていたのだ。


 だが、いざ着物を選べと言われると、金額や図柄など考えることが多すぎて、とても頭が働かない。


 思えば、千秋は自分で着物を選んだ記憶がなかった。


 ずっと、姉たちのおさがりを着ていたからだ。


 それでも勇気を出して、着物を吟味している女性たちの中に踏み込む。


 おそるおそる、布地に触れて持ち上げてみる。


「ちょっと、あんた臭いよ」


 隣のおばさんが、こっちを見て顔を顰めた。


 しばらく放浪をつづけたために、千秋はすっかり野の臭いがしみついてしまっているようだ。


 秋も深まっていて、水浴びをするには寒い時期に入ってしまったため、身を清めることもままならない。


 私、臭いんだ。


 千秋は、大きなショックに見舞われていた。


 外での生活は、とにかく生きるのに一生懸命で、体臭のことなど気にしている余裕もない。


 こうもはっきりと言われると、突然自分が汚物の塊のように思えてきた。


「着物を買う金があるんなら、湯屋にいってきな。商店通りより、ひとつ辻向こうにあるからね」


 しょぼんとなった千秋に、おばさんはバツが悪そうに言葉を付け足した。


「それに、これから寒くなるんだから生地が厚いのを選ばなきゃ。こういうのとか、こういうの。何枚も買えないんだろ?」


 ぐいぐいと着物の群れの中から、めぼしいものを引っ張り出す手さばきは、大したものだ。


 どこに何があるか、既に頭に入っているかのように思える。


 この店の、かなりの常連なのだろう。


「ほら、この山吹の色のなんか、値段の割に上物だよ。若い子が着ても、おかしくないだろ?」


 オバさんの迫力におされ、千秋はコクコクと頷きながら受け取るので精いっぱいだ。


 内町の人たちの多くは、明るい性質をしている。


 日々の生活が、それぞれの階級で安定していて、外敵に襲われる心配が低いせいだろう。


「あ、ありがとうございます」


 勧められた山吹色の着物を抱え、先生に相談に戻る前に千秋は、おばさんにお礼を言った。


 誰も知り合いのいない町で、初めて顔を覚えた人だ。


「ちゃんと湯屋にいきなよ」


 照れ笑いをしながら、おばさんは千秋の背中を痛いくらいに叩いた。


 その勢いに押されながら、糸目先生の元へと戻る。


「これ、どうですか?」


 おそるおそる、彼の前に着物を広げて見せる。


 どんな表情をしているか見たくて、千秋は着物の横からひょいと顔を出した。


「いい物だね。よし、これにしようか」


 先生は、生地と金額を確認して、満足そうに彼女から着物を受け取る。


 その顔を見て、千秋は自分がにこりとするのを感じた。


 彼も、男物の着物を一枚握っている。


 二枚の着物の支払いを済ませ、店を出ようとしたら、さっきのおばさんが飛んで来て言った。


「お兄ちゃん、ちゃんと妹さんを湯屋に連れていくんだよ!」


 わあ。


 千秋は、斜め下を向く。


 ふたつの理由が、千秋を恥ずかしさの混じる微妙な気持ちにさせたのだ。


 兄妹に見られたこと、しつこく湯屋を先生に直接勧められたこと。


 人から自分たちがどう見られるかが聞こえてくると、落ち着かない気分になる。


 前の外村では、『先生と弟子』だった。これは、千秋が彼のことを『先生』と連呼していたせいだろう。


 そして、このおばさんの目には『兄妹』だ。


 千秋には──色気がない。


 だから、色気のある関係には見られない。


 先生もまた、彼女にそんなものは期待していないだろうし、そういう目で見ていないのは、過去の出来事が全て証明してくれている。


「はいはい、湯屋ですね……聞こえてましたよ」


 軽く請け合う先生の言葉の、最後がまたいけない。


 わざわざ言われるまでもなく、とっくに話は聞こえていたと、あっさり認めているのだ。


 ということは。


 臭いというくだりも聞かれていたのだろう。


 それ以前に。


 これだけ一緒に旅をしているのだから、気づいていないはずはないのだ。


 がっかり。


 せっかく新しい着物を手に入れたというのに、千秋はすっかり肩を落としてしまったのだった。




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