表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/71

春の一 5

「初めて乗りました」


 千秋は、おっかなびっくり馬にしがみついている。


 残った一頭の馬を、春一がごく自然に拝借したのだ。


 彼女を前に乗せ、後ろから彼が支えるように手綱を持つ。


 本当に、胆力のある子だ。


 黒々とした千秋の髪が、目の前で揺れる。


 たとえどれほど、春一が目の前で他人の命を奪おうとも、彼女はそんなことなどどうでもいいことだと思っているように感じるのだ。


 それ以前に。


 何故、自分のことを聞こうとしないのか。


 どこからどう見ても、彼はカタギではない。


 少なくとも、千秋が見てきた部分だけでも、十分怪しさの塊だった。


 なのに、不自然なほどに聞いてこない。


 かと言って、春一にまったく興味がないわけではなく、むしろ逆。


 まっすぐな信頼の心は、本当に彼を心地よくさせるものの、微妙な気分も味わわせてくれる。


 どこまで、彼女は自分を信頼し続けられるだろうか、と。


 何が、彼女にとって裏切られたと思うことなのか、その最終線がよく分からない。


 命を助けてからここまで、居心地のいい関係を作り上げてしまったせいで、彼女の目に『不信』の色が浮かぶのを見るのは嫌だな、と思ったのだ。


 すっかり気に入ってしまっただけに、手放したくない気持ちが、着実に春一の中で育っていた。


 さて、どうしたものかね。


 きょろきょろと珍しそうに周囲を見回す千秋を見つめながら、彼は馬を走らせる。


「高いですね……眺めがいいです、先生」


 背中を預けるようにして、首だけで少し振り返る彼女の顔は近い。


 興奮しているのか、頬や耳が赤くなっている。


 ま。


「そうかい、よかったね」


 ま、いっか。


 千秋は楽しそうだし、幸せそうだ。


 二人をつなぐものは、俗世に転がっているものではない。


 金でも財産でも、地位でも権力でもない。


 ひろびろとした町の外で、たまたま出会って生まれた、信頼というものだけだ。


 この世界で、そんな儚いものが生まれたこと自体、奇跡のような出来事。


 いまは、それを楽しめばいいのだと、春一は思った。


 色々としょうがない国だが、楽しいことは彼の腕の中にあるのだから。


「今夜は、何を食べようか?」


「おいしい鳥を捕まえましょう!」


 こんな、たくましくも他愛ない会話さえ──春一には、幸福の塊に見えるのだった。




『春の一編 終』






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ