表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
消滅都市のベッケンシュタイン  作者: 平木明日香
第1章 空の果てへ
18/21

第13話 存在の皮膜




空気が跳ねた。


その“音”が届くよりも早く──クレパスは、そこにいた。


蒼の身体は、本能だけで動いた。


“そこにあったはずの何か”を避けた瞬間、背後で地面が裂ける音が轟いた。



「──っ⁉︎」


跳ぶ。

逃げる。

思考より先に脚が動いていた。


次の瞬間、視界の端が“抉れた”。


クレパスの腕──否、“刃”のように変異した構造体が、地をなぞるように振り抜かれる。


それは剣でも爪でもない。


「存在の密度そのものを削る」

──概念のナイフ。


風を裂かない。

空気を動かさない。

ただ、“空間だけが裂ける”。


蒼は反射的にグラウンドの縁へ滑り込み、転がった。


心臓が爆ぜる。

肺が空気を吸えず、喉奥に血と汗の金属臭が滲む。

世界が鈍く、遅れて揺れていた。


「なんだよ……これ……っ」


視線の先、音もなく“滑る”ようにクレパスが着地する。


足音がない。

質量すら感じない。

──なのに、確かな“圧”だけがあった。


影が追ってくる。


クレパスは歩かない。

「次の座標に出現する」ように、地面を這う影とともに染み込むように迫る。


瞬きの隙間に、世界の“裏側”から滲み出すように。


振り返るたびに、影が伸びる。


影と影が繋がり、重なり、絡まり──

気づけば蒼の足元に届いている。


(逃げろ……!)


脳が叫ぶ。


だが、脚が追いつかない。

呼吸が浅く、視界の隅に黒い“シミ”が広がっていく。


──クレパスの影が、蒼の左肩を掠めた。


「ッ……ぐっ⁉︎」


“何か”が削れた。


痛みではない。

熱でも冷たさでもない。

ただ、“皮膚という存在がなかったことにされる”感覚。


服の繊維が音もなく崩れ落ち、

その下、肌の上に纏っていた“存在の皮膜”が──剥がれた。


血は流れない。

痛みもない。

けれど、それは確かに“傷”だった。


否。

それは「傷」ではない。

──“否定”だった。


クレパスの“腕”は、蒼という存在の“形”そのものを拒絶していた。


「う……ぁあっ!」


蒼は転がるようにしてグラウンドを離脱。

校舎裏の通用路へ──見慣れたはずの景色が、すべて“異質”に思えるほど遠い。


クレパスは歩かない。


影から影へ、まるで“光の死角”に染み込むように現れる。


速度ではない。

移動でもない。


──「結果だけが、そこにある」。


(間に合わない……)


意識が叫ぶ。


脚がもつれ、肺が軋み、視界が揺らぐ。


校舎の影へ滑り込もうとした、その刹那──


 ガシュッ。


背後から、影が伸びた。


足首にそれが“触れた”。


──いや、それは「絡みついた」のではない。


まるで“重力”そのものが蒼の足に宿り、地面へと引きずり込もうとするかのような圧力。


「っぐあ……ぁぁっ……!」


逃げたい。

踏み出したい。

だが、身体が地面に“縫い付けられている”。


影はすでに、蒼の腰へと達していた。


黒い泥。

光の一切を失った、焦げついたタールのような“何か”。


それは液体ではない。


質量をもつ、“概念の残滓”。

否定された時の“残音”。


動けない。

抗えない。


──“死”がそこにある。


直感がそう告げていた。


思考が崩れ、意識が沈む。


吸い込まれる。

どこか、“この世ではない場所”へ。


(こんな……こんな終わり──認められるか……!)


叫びたい。

掴みたい。

しかしそこには“何もない”。


──その瞬間。


空気が割れた。


耳を突き破るような、

鋭く切り裂く“衝撃”。


何かが──


蒼の前に、割って入った。


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ