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「七夜語り」  作者: 御厨つかさ


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3/3

一夜  嵐玉 三



 ええ、ほんとうに。

 ぼくは、もう命がないとおもいました。

 だってねえ、もうぼく、うごくこともできませんでした。

 虚ろな眼が正面からぼくをみてるんです。

 ああ、本当にあれほどおそろしい目は。



 少し、息を継ぐ間をくださいな。



 ああ、そしてねえ。

 闇が、再び訪れたのですよ。容赦無く―――――一白光に暴き出された世界から、真の闇へと転換して。ぼくはまるであたまから闇に覆われたみたいに一筋の光すらない中に取り残されたんです。

 相手の気配すらわからない。

 見えないのにぼく、目をみひらいてましたよ。せめてなにか聞き取れないかとおもって、せめてなにかみえないものかとおもって。

 見えませんでしたね。

 聞こえませんでしたよ。

風の音だけが聞こえてました。荒々しく風が窓硝子を打ち付けている音が聞こえてました。

 でもね、歩く音すら聞こえなかった。無理もないくらい絨毯が靴底に厚かったのですけど。

 暗闇に落ちた目の前に、あのかおがある。

 ぼくは。

 うごけなかった。

 あのかおは、まだ正面にあるんでしょうか?

 それとも背中に、―――――。

雷鳴が轟いたのは、そう考えた瞬時でした。

 息をつかまれたかとおもいました。

 息ができなかった。

稲光を見て雷鳴をきいた。

 ぼく、つぎの瞬間気絶していました。

 なにもかもですから見えなくなって、―――聞こえなくなったんです。

 ああ、これが自由かしらとおもったのを憶えています。

 何もかもが溶けたように消えてしまった。閉じた目に、何だかいろんなものが映った気がしましたけど。

 そして翌朝、――――。

 ええそうです、翌朝ですよ。

 

 









 ぼくは朝日で目が醒めました。

 最初に目にしたのは、割れた硝子の破片だった。妙なことを人間憶えているものですよね。廊下の寄木細工―――ええ、見事に磨かれた年代物の―――に、割れた硝子の破片がいくつも光を、朝日を反射して輝いてました。

 嵐が、風が強く吹いて散らかしたのでしょうね。きれいに飛散っていた。ぼく、眺めていました。しばらくは身体を動かすことも出来ずに、横たわっていたんです。あら、驚きました?

 ええ、あのときのぼくは、動くことすらままならなかったのですよ。

 だから眺めてました。

 美しい硝子の破片、太陽の光。

 良く晴れ渡った空、嵐が吹き払ったあとの美しさ。

見ずにはいられませんでしたね。そして、不思議だったんです。どうして、生きているのかが。

 とても不思議でしたね。

 犯人はどうしたのかしらとおもいました。

どこへ消えたのかしら、とね。いつのまにかぼくは、あのかおの持ち主を犯人だと考えていたのですけれど、それは当然の反応ではあったでしょうねえ。ふたつも死体があって、その場に居合わせた人物ですもの。尤も、本当にそうは限らないことくらい、一応わかってはいたはずですけどねえ。ともかくぼくは、そう、夜が明ける前にどうして殺されていなかったものかと、それがとても不思議でしたのです。

 ねえ、不思議でしょう?

 あのかおの持ち主が犯人でしたら、妙な処に来合わせたぼくを生かしておくなんて殆ど在り得ないことですもの。

 ねえ、本当に。

白々と射してる光がね、きれいだったなあ。全然関係ないけど、きれいでしたよ。あれほどきれいな夜明けは、ある意味初めてでしたかしら。

それまで、あんまり夜明けとか、そんなきれいなものを意識してみている余裕がありませんでしたねえ。それから、意識してみるようになったのですけど。こうしてみると、あれもまた何かの転機というものになっているのかしら。夜明けとか、自然とかがこんなにも美しいものだっていうことを、ぼく、当時は忘れていたような気がいたしますよ。いえ、正確にいいますとね、正直にいってしまえば、本当に見ていなかったのでしょうねえ。それまでは。

ぼくはゆっくりと身を起こしました。倒れ込んだのですし、何処か打ち付けてやしないかしら、とおもっていたのを憶えています。手で頭にさわったりして、痛い処も腫れてる箇所もないのを確認したりして、まだ座り込んでましたね。

動こうにも力が抜けてて、何だか如何にも、如何にかして随分危ない処を生き延びたんだ、―――――という不思議な感慨から抜け切れませんでした。

おそろしいかおに行き会ったことを抜かせば、そう大したことをしたわけでもありませんのにね。それでも、命を拾ったのだ、――――あやうい処を生き延びたのだという気持がなくなりませんでしたよ。

そして文字通り、漸く生き延びた脱力感にひたって、白々と溢れる光に埋まった廊下を眺めていた。

ああそうか、とおもいました。

横になったそれは、―――死体でした。

いくらなんでも、一晩立ち続けということはなかったのですねえ。

横になって、ぼくの方に頭を向けてるので表情とかわからない死体を眺めてからぼくはあらためて左手の方をみました。ええそう、ぼく、頭を左手に、つまり居間の方に、足を廊下と入り口の方に向けて倒れてたのですね。そうして起き上がってでも最初に見たのは、破れた窓と、窓から射し込む光―――いくつも廊下に並ぶ丈高い格子窓からのひかり。

入り口の死体を最初に見たのは、やはり居間を向くのを敬遠してたのでしょうね。ええ、勿論居間にあった死体のことではありません。最初にかおをみたのが、そこでしたから、目をあけてすぐにもそちらのほうを向くのを避けていたのですねえ。こわいものにあうのがいやだったんですよ。

けれど、目を向けたぼくは、別の意味で驚くことになりました。

かおはいなかった。

けど、――――死体が、白い血の抜けたその死体、先に立っていると思った死体が、まだそこに立つように、立っているようにしてあったことにおどろいたんですよ。一晩経ってまだ死体が立っているのかと。

違いました。ぼくは思い違いに気がつきました。明るく照らした日が、光が細工を暴いていました。

紐がさがっていた。

夜に誤魔化されて前の晩はぼくにはみえなかったのですねえ。

死体は、立っているように見えましたけど、それは天井から吊るされていたのでした。丁度、足が台のように踏み締めていましたソファに囲まれた低いテーブルにつくようにしてです。

床から立つように見えていたのは、ソファの背に足許が遮られていたのと、無論ぼくがよくみていなかったせいでした。首と頭を、―――そう、輪のようにして頭の上をね、髪と同じ色の紐で縛って、かおが項垂れないようにささえていましたよ。ああそう、日のなかで見たこともいいませんとね。闇の中で、真っ白だとおもったといいましたでしょう?ええ、日のなかで見てもまた、白い姿でしたよ。紐は白でした。髪も白かったのですよ。多分それが、一層真っ白な風に感じさせたのですね。

ぼくは吊り下げられた死体を見つめて、それから息を吐いて壁に背を凭れさせました。急に疲れた気がした。犯人が意図したものを見せられてしまった感じでした。さぞ得意なのでしょうね、とおもいました。廊下に斃れてる方はともかく、居間に吊るされた方には随分犯人の意図が、みえましたからねえ。思い通りにできて、うれしかったのではないかしら。項垂れないようにみせる工夫なんて、随分ねえ。

ぼくは、交番の方に来てもらわないと、と考えてました。とにかくこうして、死体がありましてはね。昨夜のことは、ぼくの見た幻かなにかっていう決着は付けられませんから。困りましたよ、当時は。

それでぼくは交番へ行こうと屋敷を出たのです。それが、すべてを解決させる答えを導いてくれるとは知らずにね。

いつもおもうのですよ。

状況が動かないとおもうときがあるでしょう?なやんでしまって身動きがとれないように感じられることとか。こまりはてて行く先を見失うことってありません?

ないかしら。

すくなくともぼくはね、このとき以来考えることになりましたよ。どうにも答えが見えないような、くるしいときにね。その場にいたら、みえないことが、ほんのすこし視点を変えましたらみえることもあるのだ、ということをね。

その場に留まっていたらみえないことも、動いて別の角度からみれば、あるいは、ほんの少し動いてみたというだけのことで、解決することもあるのだということをね。みえるのですね。あるいは、単に場所を移動したというだけのことでも、事態を動かす力があるのかもしれない。ねえ、それ以来、考えるようになりましたよ。留まって考え込んでいては何もみつからないのだということをね。ええ、ほんとうに。

だって、ぼくは屋敷を出た途端に、解答を得たんです。解答といいますかしら。ぼく、実は何故なんて本当に考えていたわけではなかったのですからねえ。それでも、無意識の内に考えていなかったとは申せません。

でなくて、あしもとに見たものを、それを見た瞬間に、謎の解答が、――――すべての解答がひらめくようなことはなかったでしょうからね。

屋敷に残して来たお二人分の死体、そしてあの、―――かおの謎。

ぼくは実際にはきちんと考えていなくても、無意識に考えてしまっていたのでしょうね。

みてしまいましたよ。

 あしもとにころがっていたのは、死体でした。

 三つ目です。

二つと違って、全身がきちんと揃ったとは云い難い死体でした。ぼくが足を踏み出した玄関先に、首のちぎれた死体がひとつ。

 首は、丁度大きな力に薙ぎ取られたようにして、水平にちぎれて死体の横にころがっていました。ほんの半歩も離れていなかった。

 そして、ぼくはすべての解答を得たんです。

 交番へぼくはいきました。明るい太陽のもとでは、随分容易なことでしたよ。立派な門を潜って、あかるい街を歩いてぼくは交番から二人、あと応援もお願いして来てもらったんです。驚いてましたねえ、お二人とも。それから、あと警察署の方とか、県警の方とかもいらっしゃいましたね。ええ、なんだか一気にひとが多くなりまして、ぼくはそれで、お手伝いをしました。お話をして、それからお迎えが来て、あ、そうそう、半日病院にも入れさせられましたねえ。一晩泊まるようにいわれましたけど、抜け出してしまいました。ぼく、病院ってきらいなんです。

 ああ、事件ですか?もうあまりお話することは残っていませんよ。つまらないお話です。ほら、夜の闇でみたら、とってもこわいおばけでしたのに、昼のあかるい陽射しの中でみましたら、全然こわくなかったってことはございません?ね?

 そういうものですよ。

 ね、本当に。

ですから、このあとのことはいわば蛇足というものですよ。語るに足りるものではありませんけど。それでも?

 ああ、それでもお聞きになりたいのですか。

 では、もう全然がっかりした、なんていわないでくださいましね?

 本当に、お約束していただけます?

 何だかがっかりするような解決なのですから。

 ほんとうに、おやくそくしていただけます?



 はい、―――では、お話いたしますけれども。

 わたしが渋ったことはおぼえていてくださいましね?



 それでは、お話しますけど、そう明るい陽射しの下でみますと、すべてが何ですか、悪戯じみて、どうにも出来損ないの絵画のようでしたよ。

 廊下に斃れている遺体の周りは、赤黒いねえ、血の飛散ったさまでしょう?それから廊下に硝子が飛散っていて。散乱した硝子に、日が反射してそれは綺麗でしたね。

 さらに、白い髪をした遺体が、白い紐で支えられて天井から吊られてテーブルに立ってるなんて。明るい日に、眺めますとね、どうにも戯画化した、なんだか本物じゃないみたいな、悪いいたずらめいた感じがいたしましたよ。

 それに、どこか滑稽なのですね。

 ああ、もちろん玄関先の遺体もありました。あれもねえ、首がとれていたりするでしょう。するとね、人間って、首があるとないとでは、随分別物に見えるのですよねえ。おそろしいには違いないはずですのに、それだけのことで現実味を失ってしまうんですよ、遺体であることには違いありませんのにね。もしかしたら、現実味を感じるのがあんまりにもおそろしいからかもしれませんけど。まるで、転がっている玩具のように見えましたよ。

 すべてが、どこかしら、現実味の無いねえ。けれど、どうしても違いますねえ。残念なことに、本物でした。嘘のようにみえるのですけどね。ああしたときは、本物の方が嘘くさいもの何ですねえ。

 ぼくは担当になった警部さんとかにお話をして、前の晩に迷い込みました経緯とかですねえ。いろいろとお話いたしました。

 そう、それで、あとは家に帰りました。

 ああ、ぼくが解決したのでしょうって?そんなことを憶えていてくれたのですか?うれしいですね。ですけど、実際解決したといいましても、帰る前に、すこしお話をしただけです。ええ、多分あの晩に何がありましたかということを推測で。

 それだけですよ。

 え、犯人は誰でしたのですって?

それは簡単ですよ。ああそう、ぼくがそういったときに、あの警部さんもおんなじような顔をされましたっけねえ。でも、見ればわかることですよ。犯人は、あの、最後に転がっていた遺体の方でした。

どうしてわかるのか、ですって?

簡単ですよ。

ぼくはそれから家に帰りました。休暇を取っている処に、連絡がありましたよ。そう手間なことでもなかったのですね。結構早かったことをおぼえています。

何の連絡ですって?ええ、ぼくの推測が当っていたという連絡でしたよ。ほら、ぼくが懐に仕舞った拳銃をおぼえています?あれ、もちろんぼくはお渡ししたのですけれどね。そこにあった指紋と、首のなかった遺体の指紋が一致したという御連絡でした。銃を撃ったのはあのかおの持ち主でしたのですねえ。

あと、吊られていた遺体からも、同じ指紋が出たというお話でした。死因は窒息でした。細工した紐の下に、柔らかい衣服の上から首を絞めていたのですけど、指紋が一部残っていたそうですよ。本当にねえ、隠すつもりはなかったのかもしれませんね。

どうして吊るしていたのですって?

さあ、どうしてかしら。それはもうわかりませんけどねえ。何はともあれ、これで犯人はわかりましたのでね。事件は解決です。

え、かお?

ああ、――――かおでございますねえ。あれもね、考えてみれば、明るい陽射しのもとでしたら、特に不思議なことはないのだとわかりました。

鏡は、ものを映しますでしょう?

あら、ええ、違いますよ。鏡があったわけではありません。けど、立派なお屋敷だといったでしょう?廊下には絵画が掛かっていたと。画の表面は、保護するために硝子で覆われていたのですよ。それが、一瞬の白い光に照らされて、鏡の役割をしたのですね。

窓から覗いた犯人のかおが、鏡になった画に一瞬映って、まるでそこにいるように見えた、――――画があることを知らなかったぼくにすれば、暗闇のなかでならそう見間違ってもおかしいものではありませんよ。あわてたぼくは、動いて向きを変えるでしょう。そしたら、次には向き合うようになっていたっておかしくありませんよ。硝子に反射した顔に向き合う形になるわけですよ。

ほら、つまらない結末でしょう?

ぼくに行き会って屋敷を出た犯人が、外から廊下を覗いていれば、それが雷光に照らされて絵画を覆う硝子に反射する。本当にねえ、ぼくが倒れていた位置に、大きな画がかかっているのを見たときには。

まあそんなものでございますよ。

ああそう、きっとそうでしたのでしょうね。

他に考えようはありませんもの。

犯人の首はどうして落ちていたのですって?

こわいことを聞きますこと。

 ええ、確かにそれは気になることですね。でもそれは吹き荒れた嵐のしわざでしたよ。吹いた風がね、硝子を割りましたでしょう?あの破片が、吹き千切ったのですねえ。硝子は、随分と離れた処から見付かったそうですよ。風が酷かったですからね。

 そんなこともあるのですねえ、それはとても不思議なお話ですけど。でもそれもそうとわかってみましたらそれだけのことで、不思議というわけでもありませんでした。

 唯、そう不思議といいましたら。

 ひとつだけ。

ぼくがみたかおですけれど。

 角度からして、窓から普通に覗いていたのでは、―――たぶん、むりなのですねえ。

そう、たとえば浮いていましたら。風にほら、浮上がってね。そうしたら、かおがあの位置に画に映ってみえても、不思議はないのですよ。

 丁度首がとばされたときにぼくが映ったかおをみたとしたら、―――――

 嵐玉のお話をしましたでしょうか。嵐の玉という名の妖ですけれどね。ぼくが聞いた話では、嵐の夜にね、飛び回るのだそうです。昔は刑場で首が晒されましたでしょう。その首が、嵐の晩に飛び廻るというのですねえ。罪人の首を風がさらって、宙に踊らせるというのです。罪人の首を宙にねえ。嵐が攫うというのです。そうして嵐の晩に、罪人の首が踊り狂うというのですよ。それを、嵐玉というのだそうです。

 ですからね。ぼくはその、嵐玉をみたのでしょうねえ。くるりと嵐に首が舞って、宙にかえって、嵐玉が踊り狂うさまを。嵐玉が出たと、そうとしかおもえないことがありましたというのは、そのことでございますよ。

 嵐の晩にくるりと首が宙に舞っていたのでしょうねえ。

 狂気と放心を同時にあのかおが持つようにみえたのも無理はありません。

 ぼくはきっと、その首が嵐に攫われる処を、千切られたそのかおをみたのでしょうからねえ。

 はい、それだけのお話でございますよ。

あらあら、いつのまにか、随分と夜も更けてしまいましたこと。今宵は、これまでにいたしましょう。

おやすみなさいましね。








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