表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「七夜語り」  作者: 御厨つかさ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/3

一夜  嵐玉 二




ともかく落ちていましたから、ぼくひろうことにしました。

置いておいても物騒ですしねえ。あとで交番に届けようとおもって懐にしまいました。

そうそう、このときぼくはスーツを着てましてね。ベストは違いのを着てたんです。いまは揃いばかり着てますけれどね。当時は独身でしたし、まだいろいろ試していたんですよ。それで銃を仕舞って、ぼくは辺りを見回しました。そう随分大きな洋館の中でしたよ。ぼくは、悲鳴を聞いて、見も知らぬ屋敷に飛び込んでいたのです。

あ、随分らしくないことをって?

ええ、それはそうだと思いますけれどね。ぼくとしても、当時はいくらか無謀な処を持ち合わせていたといいますか、でなければねえ、いくら何でも、銃声だの悲鳴だのしたところに勝手もわからないのに踏み込むなんてことはしないでしょうよ。本当に、いま思えばなんでそんなところに掛り合いに自分から進んで飛び込んだのだか。考えるとおかしいというものですよ。それとも、予感というものがあったのかもしれません。

嵐の叩き付けるその晩に、その屋敷に飛び込んでも、もう動くものはぼく以外にはいないんだっていう予感がね。

ああ、また、ぼく話を飛ばしてしまいましたか。

すこし戻しましょうね。ぼくは、死体を見つけました。弁慶の立ち往生みたいに立ち尽くした死体でしたけど。そうして、屋敷のその明かりを点けてあたりを見まわすと、高い天井とぼくから見てそのとき左手に窓が並ぶ、そこは廊下だということがよくわかりました。廊下といっても、そうですね、アパートなんかの部屋でしたら、いくつも入りそうな広さがありましたけど。壁際に小さな卓なんかが置かれていて、壁には絵画が掛かっていて、天井からはシャンデリアが、煌々と光を降ろしてました。ぼくはそのとき窓の外を見て、何か予感のようなものがあったのでしょうかね、無音の空に、暗く雲が垂れ込めるその空に、一筋の稲光が落ちたのを見たのでした。

空を裂くようにといいますけど、本当に空が白く裂けたかとおもいましたよ。

轟音というより、一瞬あたりに音がなくなって、ぼくは辺りがまた真っ暗になったのをしりました。暗闇が訪れたんです。落雷で停電が起こったのでしょうか。

ぼくは突然、見知らぬ屋敷に、たったひとりで取り残されてしまいました。傍らにあるのは死体で、しかも犯人は行方が知れないときています。

ぼくは自分が生きるつもりがなくなったのかとあきれましたよ。何のつもりで無謀にもこんなことをしてるのかしら、とね。知人の家でごはんをご馳走になってきていたからいいですけれど、ぼくとしてはこんな処でお腹が空いてないだけでもありがたいかもしれないと思ってから、自分の無謀さにあきれました。

だってねえ、一応、それは武器は落ちていましたとはいえ、それだけが犯人の持っている武器とは限らないでしょう?それになにより、別に銃をつかわなくたって、いくらでもひとは殺せますものねえ。間取りもわからない屋敷に飛び込んで、しかもそこが暗闇に鎖されているなんて。

闇の中に取り残されて、ぼくはどうしようかとおもいました。本当に困りましたねえ、あのときは。

交番に知らせたいと思ったのですけれど、この屋敷の何処に電話があるのかもわかりません。第一、もし電話を探して歩いていたとして、犯人に出くわさないとも限らないのですもの。本当にねえ、物騒な話です。

闇がひたひたと包んでいました。ぼくの周囲には音もしなくて、なんにも動かなかった。何も動いていないから、一体どうしたらいいのだろうかと思ったくらいでしたよ。

さて、先にぼく間取りがわからないといいましたけど、まったくというわけではありませんでした。屋敷に飛び込む前に、薄闇に照らされる屋敷の一部を、先に観察してはいたのです。もっともその一翼だけですし、ぼくとしては何もわかっていないのと同じでしたけれどね。立派な玄関から入り、左右対称に広がる棟の右手側にはいってすぐに、悲鳴をぼくに届けさせた死体がありました。順路を逆に辿れば、出ることも出来るでしょう。いましばらく待てば、明かりも点くかもしれませんし。

だから、動かないで此処で待つか、もとの順路を辿って逃げ出すかがぼくの選ぶ事のできる道でした。少なくともそれが無難なことだけはぼくにもよくわかっていたのですがねえ。

ええ、選択肢はまだ他にあります。

第三には、そう、先へと進むこと。

どう考えてもひとりっきりのこの状況では無謀な考えなんですけどねえ、三番目は最悪の選択かとおもうんですけど。でも、当時ぼくが選んでしまったのは、三番目の選択肢でした。

 ええ、ぼくは先に進んだのですよ。明かりも無い中を、いつ犯人が出てきて襲うかもしれないというのに。やはりどう考えても、あのときのぼくはまっとうに考えてはいなかったのだとおもいます。

 でなくて、ひとを撃ち殺した犯人がいるかもしれないお屋敷を、何処がどうなっているかもわからずに奥へ入り込んでいくなんてこと、しやしないでしょう。

 もしかしたら、単にいつもの方向音痴の癖で、先へ進まずにはいられなかっただけのことかもしれません。戻るより進む方が好きなのですよねえ、性分でしょうかしら。

 壁にもともと近く立っておりましたから、ぼく、壁に手をついて、ゆっくりと歩き始めました。犯人がまだ近くに残っているだろうとそのときぼくは思っていました。ですから一層解せないのですがねえ。一体何を考えていたのやら。死の危険を賭してまで、ねえ。

 犯人がついさきほどまで其処にいたのは確実でした。

 ぼくは壁を伝ってあるいていました。

 轟、と叩き付けるような風がいきなり屋敷を打ったのはそのときのことで、ぼくは目を見開いて、―――――みていました。

 わかっていたのかもしれませんよ。

 ぼくにはわかっていたのかもしれません。格子模様の広い硝子窓が震えて、耐え切れないように一部がぱりんと割れました。途端に吹き付ける激しい風が廊下に吹き込み、ぼくは飛ばされないように壁に手をついて必死で身を屈めていました。激しく吹く風に、一瞬落ちる雷鳴に照らされる室内。

 白い雷光に浮き上がる室内の―――――

ああ、多分ぼくにはわかっていたのですよ。そんなことになるとわかっていたのです。でなくて、ぼくがそんな無謀な行動をとるわけありませんもの。ぼく、自前の自己保身本能というやつに、一目おいてるんですから。

 白い彫刻のようでした。

 浮き上がったのは。

 まったくねえ、あんな風にひとがなるものかしら。

そこにはね、まるでほら、白い彫像のようなすがたが、居間の中央に浮き上がっていたのですよ。あ、あしはついてましたけどね。浮き上がっていたというのは、雷光にそうみえたという話です。白くねえ、彫り上げたみたいにしろくみえました。

 二人目の死体からは、血の気がまったく失せていたのですよ。

 そう、居間の中央に立っているのは、―――また死体は立っていたのですけれど―――死体でしたよ。ちゃんと死んでました。死ぬふりとかじゃなくね。

 死んでいたんです。

 雷に白く見えたのですが、実際にも血がかなり抜けていました。死因は、失血死だという話でしたよ。あとで聞きましたらね。

 血が抜けてしまってましてね、ですからあんなに白かったのです。

 ぼくはね、そろりと居間に近付きました。そのときには、ぼくの背には一番目の死体、先には二番目の死体、という状況でしたのです。あんまりありがたくない状況ですよね。

 居間は一瞬光に照らされただけでしたけど、随分と広いのはよくわかりました。中央にはテーブル、いまはその二番目の死体を取り囲むようにソファが配置され、ていました。縞柄のゴブラン織りでしたね。色合いは草色を基調としました処に黄色で織目が入っているものです。

 部屋が無人でしたのは、雷光が短くて確認しきれたわけではありませんけれど、ぼくは前に進むしかないと思いました。

 どうあっても無謀なんでしょうねえ。

 いえやっぱり、ばかだったのでしょうねえ、本当に。

 居間の死体は白い服を着ていて、一層白くみえました。

稲光がいま一度部屋を照らして、そしてぼくは、其処に、――――。

 死体ではない、部屋の反対側に通じる扉に、その傍に。

 おそろしいかおを見たんです。

 黒目がみひらいて、いまにも泡を吹きそうな、おそろしいかお。

 こわいかおでしたよ。

 狂気が瞳にみえるというでしょう?あれは本当でございますね。本当に狂気が瞳に映っていて、あの黒瞳は焼き付いてもう忘れられないようなというものです。

 こわかったですとも。

ええ、ぼくだってこわいことはございますよ。何もこわくない大人というのはいないものです。そうして、当時のぼくが青二才でしたとはいえ、一応は大人の端くれでございましたからね。ええ本当にこわかったですとも。

 そのかおは、おそろしいことに追い詰められてもう自分自身というものを無くしてしまったような、そんなおそろしいかおをしていましたよ。

 何がおそろしいってねえ、恐怖にみひらいたような、それでいて何処か放心しているような。あれくらいおそろしいかおにはぼくはあのとき初めてあっていたのですよ。こわくて身が震えていました。それでいて、実際にあのかおと向き合っていたのはほんの数秒に過ぎなかったのでしょうね。

 だって、ね。稲光が消えると闇がいれかわるその瞬前。かおは、消えていたのですもの。消えてしまったのです。まるで獣が飛退くようにして、一瞬のうちに。

 動く処ではありませんでしたよ。見ているのが精一杯でした。向こうの部屋に続く扉の影に、―――そう大人の立つよりは随分と低い位置から見えていたのが、かおがこわかった理由でしょうけど―――ひとがいたのが。

 旋風が巻くようにしてかおが裏をむいて消え、ぼくは唯凝視してました。ええ、情けないですけど、他のことは出来なかったのです。

 追いかける?ええ、もう全然ですよ。そんな勇気のもちあわせはありませんでした。在庫があったとしても、あの居間の入り口にまできた段階で何もかもが消えてしまっていたのでしょう。

残ってはいませんでしたねえ。

風と雨が、激しく廊下の奥に吹き込み始めていました。風が荒々しく部屋を駆け巡り、冷たいのか暖かいのかわからない風と雨が、ぼくの背を押していました。

 居間の死体は、ナイフを刺されている。かおに釘付けになっていたぼくの脳裏に浮かんでいたのは、限られた情報だけで、周囲をほんの少し見渡していればわかるはずの情報がきれいに抜け落ちてました。本当に情けないものですよ。

 かおは消えました。

 闇に風と雨が叩き付けてくる。

風雨は嵐の激しさをましていく。硝子が震えて、泣くような音が反響して。

 ぼくはそろりと抜け出そうとしました。いま思うと、一体何処を如何するつもりでしたのか。一体何処へ抜け出すつもりだったのかも定かではありませんでしたけど。

 若造ですよねえ。室内にある死体の方を見て、これは死体なんだから、少なくともいきなり襲い掛かってきたり、銃口をぼくにむけたりはしないですよね、とおもったりしてたんですから。

 死体だからって安心していいと思ってるのかしら。

 あ、ともあれ、ぼくは仰天して目を疑いながら、右手中央に立っている死体の傍に空の金庫も何も転がってないことを目蓋の裏に思い返してました。

 物取りでないと思ったことを憶えてます。

 少なくともどうしたって普通の物取りではない。

 殺すことだけが目的だったのでしょうと、おもいました。

 こわいことですけれどね。

雷光が、また室内を照らしました。そしてぼくは。

 ぼくは、さきほどのかおが、ぼくのすぐとなりで、ええ、真横で目を見ひらいているのを見たんですよ。

 雷光が闇を切り裂くほんの一瞬。

ぼくは、脇に目をむいているかおを、―――黒目を、狂気と放心を同時にみせているその目を間近にしていたのです。

 息をのみました。

 心臓が、とまるかとおもいました、多分本当には一瞬止まっていた気が致しますね。

 きっと本当にとまっていましたよ。

 ああ、すこしやすませてくださいね。

 本当に、――――あの目は、二度と見たくないものですよ。これまで生きてきましたけれどねえ。あれは本当に二度とみたくは無いものです。

 ぼくはね、脇にあの目があるのに、動くこともできませんでしたよ。

 我を忘れるというのは別の意味でしょうけど、そのときは本当に頭が真っ白で、どうしていいものかとさえ考えるあたまがありませんでしたよ。

 目、見ひらいてみてました。

 白目のくるりと黒目を巻いたさま。すこしだらしなくあいたくち。たるんだかお。年齢は、性別もわからないでただ、ただかおだとしか。

 かおだとしかね、わかりませんでしたよ。

轟々と嵐が吹きつけるのがわかりました。雨は随分と激しく屋敷に侵入してきていました。

 黒目がそばにあるんですよ。

 稲光に浮上がったまるい白目。

 だらしなくあいたくちから、一筋よだれが落ちてましたね。妙なこと憶えているものですけど。

 忘れてもいいようなことを人間っておぼえてるもんですねえ。

 風がぬるかった。

ぼくは、声を呑み込みました。悲鳴をね、あげるところだったんです。

 暗闇がおとずれました。

稲光は瞬間で、闇がぼくのまわりを濃く取り巻きました。

 もうだめだとおもいました。

相手はこの屋敷のことをよくしっているのですよ。だのに、ぼくときたら身動ぎもできないで傍に相手が来るのを止めもできないんです。

 なんてことだか。

 本当に、なんてことだか。

闇に身動ぎも出来ないでいたぼくが、つぎになにもできないでいるときに。

 再度、白く稲妻が部屋を切り裂いたときに。

 かおは、ぼくの正面にありました。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ