「お昼寝の時間」
「お昼寝の時間」
「ほう。初対面ですね?」
橿原が、起き上がり扉の透間から顔を覗かせる子供に向けていう。多少侵入者をながめての視線が剣呑になるが、隣で寝ているこどもはひたすらに夢の中である。
黒城家に程近い、少しばかり庭を離れて歩いた処にある、小さな家を一軒橿原は購入していた。三つの年を幾らか過ぎたこどもと、こうして時折散歩序でに休みに寄る為に購入したような家である。小さいといっても付属する庭があり、垣根に囲われた中には大きな椎の樹もある。
さて、その家に侵入者である。
扉から顔を覗かせている――庭に向けた部屋に寝椅子を置いて橿原は休んでいるのだが――小さな子供に首を傾げる。
随分ときかん気のきかなさそうな子供だ。日に焼けていて健康そうでもある。わんぱく小僧といった感じの子供が、真剣に橿原を睨みすえている。
対決姿勢らしいですね、と。
軽く眸を細めながら思う橿原である。
と。
「―――…いちをかえせっ…!」
「ほう。」
おそらく勇を鼓しての第一声だろう。それに対し、淡々と思う橿原である。
――敵ですね。
睨んでいるつもりの子供に、しげしげと眺めながら顎に触れる。
「ふむ、――ああそうか、あなたが関一家の子供ですね?確か隣の敷地に住んでおられる。祖父母と母親、確か出張の多いお父上と暮らしておられる。私もずっとこの子の傍にいる訳ではありませんからね、…。関家の方に、時折蓮君が預かって頂いているのは存じ上げています。では、時折、蓮君が話してくれる関家の子供があなたですか。遊んでくれているしーくんでしたか。」
流れるようにいうと、細めた視線をおき、言葉を継ぐ。
「それで、何の御用ですか?あなたは見ればもう小学校にも行っておられる年でしょうし、この子と遊ぶには年がいっていると思うのですが。あなたにとってはこの子はまだ小さすぎて、遊びの対象にはならないのではありませんか?遊んでいてつまらなくないかとおもうのですが。」
首を傾げて問い掛ける橿原に、凝っとそのいうことをききながら、おそらく半分以下も理解出来なかったのだろう。くちびるを噛んで橿原を睨む。
「いちはっ、…。」
「ここで寝ています。」
子供からは、自分の陰になる場所を示していう。もっとも退いてやらないので怒鳴りこんできた子供には姿が見えない。
「―――…。」
姿を見ようとする子供に、名前を問う。
「あなた、名前は?人の家に乗り込んできて、いきなり名乗らずにいるのは無作法ですよ。私は橿原といいます。あなたは?」
気になるのを問いかけで中断されて、口を結んで睨みながらも一応答える。
「せき、だ!」
「そうですか。では関さん、あなた蓮君に何の用なんです?」
「――――れんくんっ、て誰だ。」
気を張りながらいう子供に、淡々と返す。
「――ああ、この子のことです。知っているのでしょう?ちゃんと名乗ったと思いますが。ちゃんと教えましたからね。」
そう、関が初めてあった黒城は、頭を思い切り振って大きくおじぎをして。
―――いちれん、です!
大きな声でがんばっていっていたのを思い出してくちごもる。それから、時々遊びにきていて、自分のことを、れんくんというのも突然思い出して口にしていた。
「――うん、…。いちを、なんで、おとななのに、いちれんくん、じゃなくて、れんくんっ、て呼ぶんだ?」
関少年の理屈としては、大人は名前を略して呼ばないものなのかもしれない。本来なら、確かに略さず一蓮くん、とか呼ぶ…ことを考えて、かなり本気で気持ち悪くなって、橿原は天を仰いだ。
――存外、的を射た質問かもしれませんねえ、…。
かの「一蓮」氏に対する己の感情を顧みて、しみじみと橿原がおもう。それを知ってかしらずか、単純に不思議におもったことを聞いている少年に。
唐突に聞かれた内容が、以前にも同じように聞かれたことを思い出して、橿原が首を傾げる。
「何だかよく聞かれますね。そんなに珍しい呼び名でしょうか?私はね、この子のお祖父さんを知ってるんですよ。」
「…れんの、じーさん。」
あまり知っていたくはないのですがねえ、…とおもいながら、橿原が淡々と答える。
「言葉づかいは悪いですが、そんなものでしょう。はい、そのじーさんですが、名前が蓮君と同じなのですよ。」
目を丸くして聞いている子供に、淡々と説明する。
「同じ名前ですとどうも呼びにくい。座りが悪いといいますかね。それで、私だけは別の呼び方をすることにしたんです。かれの御家の職業を知っていますか。」
無言で首を振るのを見て、まあいいでしょう、と頷く。
「家業がありましてね。継ぐかどうかはしりませんけど、それで蓮君と呼ぶことにしました。名前を区切りましてね?それにくんづけです。きみとは逆の略し方になったのですね。
本来なら、略さずに呼ぶのでしょうけど、…。気持ちがわるくて。その名前の方をしっていますとね」
しみじみと遠くをみていう橿原に、関少年が不思議そうにみる。
その視線は真剣だ。
それに頓着せず、橿原は淡々と続けている。
「創業が初代、かれのお父さんが二代目、ですから蓮君です。それにしても、そんなに説明を求められる呼び名ですかねえ…。」
顎に手をふれて考える橿原に、何とか理解したのか、関少年が頷く。
「わかった。」
「わかりましたか?ですから、あなたは、――いち、ですか?そう呼べばいいんですよ。私はかれのお父さんのことも知っていますのでね。あちらは黒城と私は呼んでいます。プライベート以外ではね。しかし本当にややこしい。確かに」
考えている橿原を伺うように少年が見る。
「…ああ、気になりますか?この子の寝顔が見たいんですか。――仕方ありませんね。…こちらへいらっしゃい。」
招く橿原に警戒しながら、関少年が寄っていく。
すやすやと、安心しきって眠っているこどもを、関少年が見て瞬きする。本当に安心して、橿原の右腕に擦り寄って寝ている。そういえば、と関少年が橿原を見る。傍らに来た関など眼中におかず、微笑んで眠るこどもを眺めている橿原は。
関に話している間も、右腕をこどもにあたえて、動かしていなかった。
「あんた、いちの何だよ?」
直接的に聞いてくる子供に、それをいうならきみはこの子の何なんでしょう、と返そうとして微笑んで口にしていた。
「そうですね、―――この子の両親はしっています?」
関少年が頷くのに、横になりながら続ける。
「そうですね、――私は、そう、養育係のようなものです。」
横になってしまって、既に目を閉じながらいう橿原をあわてて見る。
「君も寝ています?この子と遊ぶのは許可してもいいですが、もう少し寝かせてあげてからにしてくださいね。お昼にちゃんと寝るのは大切なんですよ、――――おやすみなさい。」
すんなり眠りに就いてしまう橿原にあわてて、それから寝ているいち――れんくんを見る。思わず目が丸くなって、じっと見てしまう。
いつも遊びにくるいちが、このあやしい男と連れ立っているのを見つけて、勇気を振り絞ってやってきたのである。こんなあやしいやつと一緒にいて、しかも知らない家に入って行くから慌てて飛び込んだのだが。
くちびるを噛んで、眠っている橿原を見る。こうも簡単に眠られてしまうと、何だか全然相手にされてないみたいで、意気込んで来たのに流されてしまってくやしい気分だ。
それは、確かに遊んでもいいとかいわれたようなのだが。
「なんで、あんたにいいっていわれなきゃいけないんだよ?」
声に出していっても、本当に寝ているらしくて届いていない。視線をかえると、そこにいちの寝顔があった。本当にすやすやと、良く眠っている。
「…―――。」
見ていると、眠くなってきた。
それに、家にきたときも、遊ぼうと思ったら寝ていて、起こそうとしたらひどく怒られたことがある。多分、いちはまだまだたくさん眠らなくてはいけないのだ。
「…――――ふあ、」
あくびがもれる。いちが寝ているのを眺めて寝椅子にひじをついて、いつのまにか関少年の頭もこくりと垂れていた。
眩しい陽射しが、庭先を照らしている。すこしばかり影になった、でも暖かい部屋に柔らかな風が吹く。
すっかり寝てしまった関少年も一緒に、いまはともあれ、お昼寝の時間である。
「お昼寝の時間」 了




