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お子ちゃま勇者に「美味しくないから追放!」された薬師、田舎でバフ飯屋を開く  作者:


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第8話 宮廷薬師バルムの手が伸びる

 塩が、減らない。


 正確には――減らせない。


 いつもなら、仕込みのたびに“当たり前に”足していたものが、足せない。油も、乾物も、香辛も。ミズナ村には薬草があるのに、肝心の“外から来る基礎”が止まると、途端に料理の幅が狭くなる。


 狭くなると、客の体験が揺れる。


 揺れると、噂が揺れる。


 噂が揺れると――面倒が喜ぶ。


 朝、問屋の商人が申し訳なさそうに首を振った。


「本当に、入らんのだ。上で止まってる。塩樽が村まで来る前に“買われた”って話もある」


「買われた、ね」


 俺は息を吐いた。自然な不足じゃない。買い占めだ。誰かが意図して、村の首を絞めている。


 店に戻ると、ハナが腕を組んで待っていた。


「今日、天ぷら出せる?」


「油が足りない。揚げ物は控える」


「……そっか」


 ハナの声が少しだけ沈む。風渡り山菜の天ぷらは、畑荒らし退治以来、村の“景気の味”みたいになっていた。軽いのに力が出る。あれを食うと、明日も働ける気がする、って顔をみんながする。


 だからこそ、止めるのが怖い。


 怖いけど、止める。


「代わりを作る。油が少なくても回せるメニューに寄せる。月白粥(げっぱくがゆ)と、薬草茶は出せる。鉄根の豚汁(てっこんのとんじる)は薄めにして回す」


「薄めるって、効果も薄くなる?」


「効果は落とさない。味を変える。……苦味は情報だ。情報は削らない。不快だけ削る」


「はいはい、出た」


 ハナが鼻で笑って、でも目は真面目だった。


「ねえ、ユー。これ、誰かがわざとやってるんだよね」


「そうだろうな」


「なんで?」


「……常識が揺れると困る連中がいる。効く薬は苦いって常識で儲けてるやつら」


 言いながら、胸の奥が少し冷えた。王都。薬師組合。宮廷。神殿。利権。そういう言葉が、田舎の湯気と相性が悪い。


 でも現実は相性なんて気にしないで、土足で入ってくる。


 昼前、客が二人入ってきた。


 いや、“客”の顔じゃない。


 片方は、襟の立った服を着た男で、指輪が多い。髪は整えられ、笑っているのに目が笑っていない。もう片方は村の若い衆で、困った顔をしている。連れて来られたのだろう。


 ミレイがちょうど店にいた。受付の外套を羽織り、メモ帳を閉じたまま、男を見た。


「いらっしゃいませ。ご用件は?」


 ミレイの声は丁寧だ。丁寧すぎる時ほど、腹の底で怒っている。


 指輪の男は、にこやかに頭を下げた。


「失礼。王都の薬師組合の者です。――最近、この村で“薬膳(やくぜん)”なるものが流行っていると聞きまして」


 薬師組合。来た。


 俺は布巾で手を拭き、厨房から出た。


薬膳小料理(やくぜんこりょうり)くすり香(くすりこう)』、店主のユージンだ。飯を出してるだけだ」


「ほう。薬師が飯屋を。珍しい。……しかし、噂では“冒険者を強くする”と」


「強くする、じゃない。底上げだ。万能じゃない」


 男は柔らかい笑みのまま、目だけで俺を測った。


「底上げ、ねえ。では確認を。貴殿は、神殿の許可なく“治療行為”に相当するものを提供している?」


 言い方が汚い。治療と食事の境界を曖昧にして殴りに来ている。


 ミレイが即座に答えた。


「食事の提供です。ギルドの規定上、栄養補給は治療に該当しません。治癒魔法や投薬とは別枠です」


「しかし“効果”を謳っている」


 男が言うと、ミレイの目がわずかに細くなった。


「謳っていません。依頼者の自己申告と戦闘結果として、噂が立っているだけです。記録もあります」


 記録。


 俺の方を見ずに“記録”と言うあたり、この受付は本当に仕事ができる。


 男は肩をすくめた。


「ふむ。では別件。衛生です。薬草を扱う料理は危険。火入れ不足で毒化する可能性がある。――実際、最近“薬膳屋台”で腹を壊したという話も」


 屋台。噂はもう飛んでいる。事故の種が、匂いだけでここまで来る。


 俺は短く言った。


「うちの客が腹を壊したなら、今ここで名を言え。症状を言え。いつ食べた。何を食べた。――原因は一緒に詰める」


 男は、にこっとした。


「原因究明をする気はある、と」


「ある。腹は真実だ。嘘なら数字に出る」


 その瞬間、男の笑みが一段、薄くなった。


「数字、ね。――では拝見しましょうか。厨房を」


 来た。踏み込む気だ。ここで拒むと「やましい」と言われる。見せても「揚げ足」を取られる。どちらにしても面倒だ。


 俺は息を吸い、言った。


「いい。見せる。……ただし、まず手を洗え」


「は?」


「手を洗え。薬草と料理に触れるなら、手を洗え。衛生は土台だ」


 男が一瞬固まって、村の若い衆が咳払いした。ミレイが、微笑みながら言った。


「どうぞ。洗ってください。規定です」


「……規定?」


「この店の規定です」


 ミレイの声が、少しだけ冷たくなった。


 男は不快そうに手を洗った。水の音が妙に大きく聞こえる。俺はそれを確認してから厨房へ案内した。


 棚は整理してある。薬草は乾燥と生で分け、日付の札を付ける。火口の周りは物を置かない。布巾は煮沸。包丁は乾燥。まな板は二枚、肉用と薬草用で分ける。


 男は眉をひそめた。


「……やけに細かい」


「細かいのが当たり前だ。腹壊したら終わる」


「田舎の飯屋が、ここまで?」


「田舎だからこそだ。医者も神殿も遠い。事故は命取りになる」


 男は鼻で笑った。


「なるほど。――しかし、これが本当に守られている証拠は?」


 俺は棚の横から、分厚い帳面を出した。


 衛生記録。


 仕込み時間、火入れの目安、保管温度の“範囲”、洗浄の回数、客の反応、腹痛の有無。専門用語は使わない。使うと逆に胡散臭く見える。だから“手洗い”“火入れ”“保管”の三点に絞る。


 男はページをめくり、目を細めた。


「……毎日?」


「毎日。例外を作ると、そこから壊れる」


「ふむ。だが、これでは自己申告だ」


 ミレイが一歩前に出た。


「ギルドの出張担当として、私が確認しています。記録は提出可能。――それから、あなた方が噂している“腹を壊した薬膳屋台”と、ここは別です」


 男が肩をすくめた。


「別だと証明できる?」


 ミレイの目が、わずかに揺れた。


 ――来た。言いがかりの形が、露骨になる瞬間。


 俺は静かに言った。


「証明する。客の名簿と提供メニュー、日付、全部ある。腹痛が出たなら、いつ誰がどこで何を食ったかで絞れる。屋台なら材料の質と火入れの癖が出る。……同じ材料でも、作り方で毒になる」


 男は、ゆっくり頷いた。


「ふむ。口が達者だ。薬師というより、職人だな」


「職人でいい。俺は、必要な人に必要なものを届ける」


 男が少し顔を傾ける。


「必要な人、ね。――では、王都の“必要”はどうだ? 貴殿のような異端の技術が広まれば、民は薬を甘く考える。苦い薬を飲んで感謝するべきだ」


 出た。


 価値観が透ける一言。民は苦い薬を飲んで感謝していればいい。


 俺の奥歯が、ぎり、と鳴りそうになった。


 怒る前に水。まず水。


 俺は自分に言い聞かせるみたいに、息を吐いた。


「甘く考えない。苦いのは情報だ。……ただし不快は削れる。不快を削った方が、飲む。飲む方が、生きる」


「民に優しさなど不要だ」


 男が笑って言った。笑っているのに、冷たい。


 その瞬間、ミレイの丁寧語が崩れた。


「――あなた、何様ですか」


 空気が凍った。


 ハナが奥で目を丸くする。村の若い衆が息を呑む。男の笑みが、わずかに固まる。


 ミレイは続けた。声は低い。怒りが、はっきりしている。


「この店は村の資産です。冒険者の生存率を上げる拠点です。あなたの“お気持ち”で潰させません。――営業妨害なら、ギルド案件にします」


 男は目を細めた。


「ギルドが、薬師組合に楯突くと?」


「楯突きません。規定に則って守ります。あなた方が規定を曲げるなら、それを記録して上に上げます」


 記録、という言葉が、刃みたいに鋭い。


 男はしばらくミレイを見て、次に俺を見た。目の奥が、感情じゃなく損得で動く目だ。


「……面白い。小さな村で、随分と大きな真似を」


 そして、にこりと笑った。


「今日は引こう。――だが、覚えておけ。異端は事故を呼ぶ。事故が起きれば、民はお前を責める」


 脅しを、“忠告”の形で置いていく。汚い。


 男は村の若い衆を連れて出ていった。戸が閉まる音が、やけに軽い。


 ハナが唾を飲み込んで言った。


「……あれ、誰」


「薬師組合の使い。背後はもっと大きい。宮廷の匂いがする」


 ミレイがメモ帳を開きながら、淡々と言った。


「名前、聞きました。バルム・レグナード。宮廷薬師の一人。――噂の中心人物です」


 バルム。


 名前が付くと、敵は現実になる。現実になると、手が増える。


 俺は棚の二段目を見る。赤紐はある。緊急用はある。だが――材料は減る。流通は詰まる。噂は歪む。


「ミレイ。言いがかりの次は何が来る」


「事故です」


 即答だった。怖いくらい即答。


「偽薬膳。腹痛。痙攣。戦闘中の失敗。……“薬膳は危険”という印象付け」


 ハナが歯を食いしばる。


「そんなの……!」


「起きる。起こされる」


 俺は包丁を握り直した。指先の薬草の染みが、いつもより濃く見える。


「なら、先にやることは一つだ」


「何です?」


「事故が起きた時、救う準備をする。――そして、証明する準備をする」


 ミレイが頷いた。怒りがまだ目に残っている。


「潰させません。絶対に」


―――


 夜、店を閉めた後。


 俺は記録帳とは別に、もう一冊を開いた。仕入れの相場。村に入ってこなかった品目。問屋の言葉。見えた影の人数。――全部、数字と事実に落とす。


 数字は嘘をつきにくい。


 嘘をつくなら、嘘をついた痕跡が残る。


 最後に、棚の二段目の赤紐を手で触れた。


 少ない。数は少ない。材料も希少。


 だけど、ここぞという時に迷わない位置にある。


 ――保護者の癖だ。


 俺はその癖を、今夜は少しだけ誇りに思った。


 そして思った。


 バルムは、今日引いた。


 引いたってことは、次の手がある。


 次の手は、たぶん――「事故」。


 その事故で、泣くのは村人だ。


 泣かせない。


 泣かせないために、俺は明日も、うるさく生きる。

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