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お子ちゃま勇者に「美味しくないから追放!」された薬師、田舎でバフ飯屋を開く  作者:


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第12話 帰れるを選ぶ――そして“美味しくない”を終わらせる

 王都へ向かう馬車は、相変わらずうるさい。


 車輪の音、馬のいななき、人の声。村の朝の静けさとは別世界だ。


 でも今回は、うるささが嫌じゃなかった。


 ――子どもたちが、帰るからだ。


 リリィたちはミズナ村を発つ前に、店の前に並んだ。四人とも、まだ小さい。なのに、背筋が前より少しだけ伸びている。


 コウタが最初に言った。


「……ユー。俺、撤退の基準、覚えた。『行ける』じゃなくて『帰れる』」


 ミナトが続ける。


「怖いって言う。合理の顔で誤魔化さない。……確認を口に出す」


 スズが小さく頷いた。


「……言う。やめようって。水、飲もうって……」


 最後にリリィ。


 彼女は息を吸って、俺を見上げた。泣き腫らした目じゃない。泣いた分だけ、前に出た目だ。


「……ユー。あたし、もう“美味しくないから”って、切り捨てない」


 俺は、すぐに頷かなかった。頷いたら、終わってしまう気がしたからだ。ここは“始まり”にしたい。


「切り捨てるな。――言葉にしろ。何が苦い、どこが嫌、どうなら飲める。自分の体の情報を、自分で扱え」


 リリィはきゅっと拳を握り、頷いた。


「……うん!」


 ハナが腕を組んで、子どもたちに言った。


「村の飯、忘れるなよ。戻っても偉そうにすんな。腹が減るのが普通だからな」


「偉そうにしない!」


 コウタが即答して、みんなが少しだけ笑った。


 笑いながらも、リリィは俺に小さな声で言った。


「……ユー。……ありがとう」


「礼はいらない。生きて帰れ」


「……うん。帰る」


 馬車が動き出す。四人は窓から手を振った。振り方が、前より少しだけ落ち着いている。


 自分の足で立つための、別れの手振りだ。


 ――戻らない。


 それでも、繋がっている。


 数日後、王都で“公的な動き”が表に出た。


 ギルドから正式な通達が来る。神殿からも、珍しく早い返答が来る。そこには、短い言葉が並んでいた。


『宮廷薬師バルム・レグナード、職務停止

 流通妨害と偽薬膳事故への関与、調査の上で責任追及

 ギルド補給拠点として「くすり香」を暫定認定

 偽薬膳の注意喚起、工程管理の指導』


 紙の上では淡々としている。


 でも淡々としているからこそ、重い。


 バルムは立場を追われた。責任は公的にのしかかった。彼の周囲の商人や手先も、引っ張り出される。王都はざわつく。ざわつくのは、正しさの音じゃなく、利権が揺れる音だ。


 その揺れは、確実にこちらにも届いた。


 店の前に、見知らぬ冒険者が増えた。王都からの視察も来た。神殿の若い神官まで来て、厨房を覗いて目を丸くした。


「こ、こんなに……手を洗うんですね……」


「腹壊したら終わる」


「……終わりますね……」


 納得して帰っていく。現場は、案外素直だ。


 ギルドは「くすり香(くすりこう)」式の補給を“標準”にしようと動き始めた。レシピだけ盗んでも再現できないように、工程の要点と“注意点”をセットで渡す。数値を並べすぎず、でも曖昧にしない。


 火入れ。保管。手洗い。


 うるさい三点セットだ。


 そして、王都から一通の手紙が届いた。


 字が乱れている。最初の行で分かる。


 リリィだ。


『ユーへ

 ごめんなさい。ありがとう。

 あたし、神殿でね、やっと言われた。あたしは胆味(たんみ)を毒みたいに感じる体質だって。

 だから、ユーの薬が世界一苦かったんだって。

 ……ほんとは、世界一苦いの、こわかったんだって。

 でも、いまは言える。こわいって。

 それでね、あたしたち、ギルドで“補給係”の勉強することになった。

 水、塩、糖。撤退。記録。

 うるさいって言われたけど、あたし言った。

 「うるさいのは命綱だ」って。

 もう、まわりに美味しくないって言わせない。

 飲めないなら、どうしたら飲めるか考える。

 食べられないなら、どうしたら食べられるか考える。

 あたし、勇者だもん。

 守るために、考える。

 ユーは戻らなくていい。

 でも、あたし、帰れるようになる。

 また手紙書く。

 リリィ』


 手紙を読み終えて、俺はしばらく動けなかった。


 胸の奥が、熱いのに痛い。


 俺は鍋の前に立ち、火を入れた。湯気が立つ。香りが立つ。腹が鳴る匂いだ。


 ハナが横から覗き込む。


「……泣く?」


「泣かない。忙しい」


「そういうとこ、素直じゃない」


「腹が減る。客が来る」


「はいはい」


 店の戸が開く。新しい客が入ってくる。


「ここが、くすり香?」


「噂通り、うるさい店主がいるって?」


 俺は布巾で手を拭き、淡々と言った。


「座れ。まず水」


 客が笑う。


「出た。うるさい」


「うるさいのは命綱だ」


 その言葉が、今日は少しだけ軽かった。


 ――希望と成長の物語は、こういうところに残る。


 誰かが泣いて、謝って、でも戻らない線を引いて。


 その線の向こうで、子どもたちが自分の足で立ち始める。


 そして世界が少しずつ変わっていく。


 苦い薬を“我慢の証”にする世界じゃなくて。


 効くものを、飲める形にする世界へ。


 「美味しくないから」じゃなく、「どうしたら美味しくできるか」を選べる世界へ。


 鍋の湯気が、朝の光に溶けた。


 ミズナ村の朝は、今日も明るい。

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