表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お子ちゃま勇者に「美味しくないから追放!」された薬師、田舎でバフ飯屋を開く  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/13

第11話 断罪の香り、責任の重さ

 「勝った」と言うには、空気が苦すぎた。


 朝のくすり香(くすりこう)は忙しい。鍋の湯気はいつも通り立つし、客の腹はいつも通り鳴る。だけど、店の外――村の道の先で、目に見えない綱引きが始まっているのが分かる。


 ギルドが動く。神殿が動く。王都が動く。


 そして、動くほどに「責任」という重い言葉が、誰かの肩に乗る。


 ミレイは夜明け前に出ていった。メモ帳と、領収書と、俺の記録の写しを抱えて。


「戻るまで店、守ってください。――潰させません、絶対」


 丁寧語の奥に、疲れた目があった。仕事ができる人間は、仕事で削れる。


 ハナは店の裏口で弓を磨きながら言った。


「受付さん、無茶しないといいけど」


「無茶はするだろ」


「……だよね」


 言い合って、どっちも笑えなかった。


 問題は、村の空気だ。


 偽薬膳(やくぜん)で倒れた冒険者たちが助かった。それは事実だ。でも事実は、噂に負ける時がある。


「薬膳は危ないらしい」


「屋台で腹を壊したって」


「くすり香は大丈夫なの?」


 そんな声が、ひそひそと店の外を流れる。


 俺はそれを聞いて、怒りより先に、胃が冷えるのを感じた。胃が冷えると、判断が鈍る。鈍ると事故る。だから、俺はまず火を入れる。腹を動かす匂いで、空気を上書きする。


―――


 昼前、くすり香の前に、例の“薬師組合の使い”がまた現れた。


 指輪の多い男。にこやかな笑み。目は笑っていない。


「おやおや。昨夜は随分と騒がしかったようで」


 俺は鍋の蓋を閉め、静かに言った。


「名乗れ」


「私はただの使いです。――民が危険な薬膳に惑わされぬよう、忠告を」


「忠告は要らない。証拠は揃ってる」


 男の笑みが一瞬だけ薄くなる。


「証拠? 紙切れで何ができる。民は“事故”を覚えます。――あなたのせいで、苦い薬を飲む誇りが失われる」


 誇り、ね。


 誇りって言葉は、人を守ることもある。でもこいつは、誇りを棍棒にして殴ってくる。


 ハナが一歩前に出た。目が鋭い。


「うちの村の腹、殴るな」


「村の腹?」


 男が眉を上げる。理解できない顔だ。理解できない相手は、現場を舐める。


 俺は言った。


「腹は真実だ。倒れたやつらが何を食ったか、どこで食ったか、誰が材料を流したか。全部、線になる」


「線になったところで、誰が責任を取る? ……責任は重いですよ、薬師」


 その言葉が、嫌に本質を突いた。


 責任。


 責任は重い。だから俺は、子どもたちの責任を背負いすぎて、人生を削った。だから今は、線を引くと決めた。


 ――でも、責任から逃げるわけじゃない。


 俺は男を見返した。


「取るべき責任は取る。取らせるべき責任は取らせる」


「ほう」


「屋台で倒れた冒険者が死んでいたら、責任は“薬膳”に貼り付いた。そう仕込んだのは誰だ」


 男の目が、ほんの少しだけ動いた。


「……さあ」


「その“さあ”が、紙に残る」


 ミレイがいない今、俺ができるのは“場”を守ることだ。怒鳴らない。暴れない。記録を続ける。客の腹を守る。店の匂いを切らさない。


 男は、にこりとしたまま去っていった。


 その背中を見送りながら、リリィたちの姿がふと浮かぶ。


 あの子たちは、今――村の外れの小屋で寝ている。ミレイの判断で「表立って動かない」ようにしているからだ。王都の監視の目がある。下手に目立てば、子どもたちが“政治の札”になる。


 俺は、夜にこっそり小屋へ行った。


 戸を開けると、四人が揃って起きていた。寝たふりが下手だ。


「……ユー」


 リリィが小さく呼んだ。目がまだ腫れている。


「水、飲んだか」


「……飲んだ」


「塩は」


「……なめた」


「よし」


 それだけで、リリィの肩が少しだけ落ちた。安心する場所の確認。子どもには必要だ。


 ミナトが地図を広げた。昨日とは違う、落ち着いた手つきで。


「僕ら、王都に戻る。……戻って、ギルドと神殿に証言する」


 コウタが頷く。


「屋台の味、覚えてる。甘かった。……でも、変だった。腹の奥が嫌だった」


 スズが小さな声で言う。


「……わたし、言う。怖いって。……怖いって言っていいって、分かったから」


 リリィは唇を噛み、俺を見上げた。


「……ユー。あたし、もう“美味しくない”って言わない」


 言葉が、胸に刺さった。


 俺は即座に返さない。返せない。言葉の重さを、子どもが初めて背負った瞬間だから。


 俺は代わりに言った。


「言わなくていい。――言うなら、こう言え。“どうしたら飲める?”って」


 リリィが目を見開く。


「……どうしたら……」


「苦味は情報だ。お前は情報を強く感じる体質だ。なら、飲み方を設計する。匂い。温度。順番。……それを自分で言葉にできるようになれ」


 リリィの目から、また涙が落ちた。でも昨日の泣き方じゃない。悔しくて、でも前に進む涙だ。


「……うん……!」


―――


 その夜遅く、ミレイが戻ってきた。


 顔色は悪い。けれど目は、いつもより鋭かった。


「動きました。王都で聴取が始まりました。倒れた冒険者の証言、屋台の痕跡、買い占めの相場、領収書。全部、繋がりました」


 俺は鍋の火を弱めた。


「バルムは?」


 ミレイは、息を吐いて言った。


「公的に、立場を追われます。――宮廷薬師の席から外される。責任は重くのしかかる。偽薬膳による傷害、流通妨害、営業妨害。王国としても見逃せない」


 その言葉に、店の空気が少しだけ軽くなった。


 ざまぁ、というより。


 “最低限の正しさ”が、やっと届いた感じだ。


 でもミレイは、続けた。


「ただし、彼は簡単には終わりません。言い訳をします。誰かに押し付けます。……責任は、周囲にも飛び火します」


「飛び火?」


「あなたの店も、です。目立ちましたから。“異端”扱いで殴り返してくる」


 俺は頷いた。


「なら、殴り返す武器は一つだ。――結果だ」


 ミレイが苦く笑った。


「あなた、本当に派手じゃないのに折れませんね」


「腹が減るからな。減るなら作る。作るなら守る」


 ミレイはメモ帳を閉じ、短く言った。


「明日、正式に“ギルド拠点”として認定を出します。……そして、王都にも通します。『くすり香』の料理と調剤技術を、ギルド標準の補給として試験導入」


 俺の胸が、少しだけ重くなった。


 広まる。


 広まれば、また面倒が増える。


 でも同時に、救える腹が増える。


 俺は息を吐いて、言った。


「……うちの上客に“美味しくない”って言わせないなら、やる価値はある」


 ミレイが、初めてはっきり笑った。


「ええ。希望と成長の話にしましょう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ