表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お子ちゃま勇者に「美味しくないから追放!」された薬師、田舎でバフ飯屋を開く  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/13

第10話 大泣き。謝罪。それでも、戻らない

 夜更けの来客は、だいたい碌でもない。


 それでも戸を開けたのは、足音が――子どもの足音だったからだ。


 軽い。速い。けれど乱れている。怖さで速くなる歩き方。追い立てられる歩き方。村の夜に似合わない、王都の匂い。


 ハナが弓を握ったまま、戸の横に立つ。ミレイはメモ帳を閉じ、静かに息を吸った。俺は手を洗い、布巾を絞り、火を落としていた鍋に再び火を入れる。


「……来るぞ」


 戸が叩かれる。控えめじゃない。必死の音だ。


「開けて! お願い! ……ユー! ユー、いる!?」


 声が震えてる。高くて、泣きそうで、でも叫ぶ。


 その声だけで分かった。


 リリィだ。


 ――今さら、って言葉が喉まで上がって、引っ込んだ。今さらでも、子どもが死にかけてるなら、まずやることは一つだ。


 俺は戸を開けた。


 冷たい夜気が流れ込んで、その向こうに四つの小さな影が立っていた。


 白い外套は泥だらけ。金髪のツインテはほどけ、顔は涙と埃でぐちゃぐちゃ。背後でコウタが肩を支えられている。腕に包帯。顔色が悪い。ミナトは唇を噛み、スズは目を赤く腫らしている。


 そして――少し離れた場所に、黒い影がもう一つ。


 監視の外套。王国の匂い。


 俺の背中が一瞬だけ冷える。


 接触制限。


 ここで俺が不用意に動けば、子どもたちを政治に巻き込む。誘拐疑いだの反逆だの、面倒な札が子どもの首に掛かる。


 だから、線を引く。


 線を引いたまま、助ける。


「……中に入れ。まず水。次に塩。あと、靴の泥を落としてから」


「い、いまそれ言う!?」


 リリィが泣き声で叫んだ。叫んでから、喉が詰まって咳き込む。


 コウタが掠れた声で言う。


「……ユー……」


 その一言だけで、胸の奥が痛んだ。痛んだけど、顔には出さない。出したら、こっちが崩れる。


「座れ。コウタ、腕見せろ。スズ、顔色悪い。ミナト、喉乾いてるな。リリィ――息が浅い。まず水じゃない、今は深呼吸」


 言いながら、俺は二つの器を出した。ひとつは薄い塩水。ひとつは温かい薬草茶――深緑の茶だ。集中を整える。まず“落ち着く”を作らないと、何も始まらない。


 ハナが無言で椅子を並べ、ミレイが戸口に立って外の影を見た。


「……監視の方。ギルド案件です。店内への立ち入りは、ギルド規定に従ってください」


 丁寧語が、氷みたいに硬い。


 影は何も言わず、少し距離を取った。……すぐに踏み込めないように、ミレイが“場”を作っている。ありがたい。


 俺はコウタの包帯をほどき、傷の色を見た。毒は抜けきっていない。神殿の処置は“最低限”。応急はしたが、回復の設計が足りない。


「動かすな。腕を心臓より高く。……痛いか」


「……痛い。でも……」


「でも、じゃない。痛いなら痛いと言え」


 コウタが目を伏せた。子どもは、痛いと言うのが怖い。弱いと認めるのが怖い。


 俺は赤紐ではない、普通の解毒薬を少量出し、温度を調整して飲ませた。胆味(たんみ)を削る香りを添え、喉に引っかからない粘度にする。子どもの喉は狭い。吐き気がある時は特に。


「……にが……」


 コウタが顔を歪める。


「苦いのは情報だ。……でも、不快は削れる。舌に残したまま飲むな。息を吐いて、飲み込め」


 コウタは震えながらも、言われた通りに飲んだ。喉が動く。次に、肩の力が少し落ちた。


 スズに月白粥(げっぱくがゆ)を出す。温度はぬるめ。胃が空っぽで震えている。食べさせるより先に、胃を“安心させる”。


 ミナトには塩水と深緑茶を交互に。脳が過熱している。過熱してる時ほど、冷静のふりをする。


 そして、リリィ。


 リリィはずっと俺を見ていた。泣くのを堪えながら、怒ってるみたいな顔で。九歳の顔だ。


「……きたの」


 声がか細い。


「……ユーに、会いに……きたの」


「会いに来たのか。助けを求めに来たのか。どっちだ」


「……わかんない……!」


 リリィが叫んだ。叫んだ瞬間、涙が溢れた。(せき)が切れる。


「だって……だって……! コウタが……! スズが……! みんな……! あたし、こわくて……! なのに、あたし……!」


 言葉が崩れて、嗚咽(おえつ)になる。


 俺は、鍋を見た。湯気が立つ。香りが立つ。――この匂いは、今泣いてる子どもたちを落ち着かせるためにある。


 俺は器を四つ並べた。


「食え。謝る前に食え。腹が減ってると、言葉が歪む」


「……そんな……!」


「まず水。次に塩。最後に糖。……それから話せ」


 リリィは泣きながら、器を掴んだ。月白粥を一口。次の瞬間、目を丸くする。


「……おいしい……」


 その“おいしい”が、今は刃みたいに刺さるんだろう。リリィは顔を歪めて、さらに泣いた。


「なんで……なんで、こんなに……!」


「胃が落ち着く味だからだ。……お前ら、胃を酷使しすぎた」


 ミナトが震える声で言う。


「……僕たち、事故を起こした。罠を見落として、コウタが刺されて……撤退が遅れて……」


 スズが小さく、消えそうな声で続けた。


「……言えなかった……。やめようって、言えなかった……」


 コウタは俯いたまま、ぽつりと呟いた。


「……俺、かっこつけた。……ユーに叱られるの、嫌で……」


 リリィは両手で器を抱え、涙を落としながら言った。


「……あたし、ほんとは、こわかった。だから……イヤ!って……。苦いのも、こわいのも……ぜんぶ、ユーのせいにした……」


 子どもたちの言葉が、店の中に落ちていく。湯気の中で、重くなる。


 そこで、ミナトが荷物の中から一冊の帳面を取り出した。


 角が擦れて、紙が少し波打っている。――記録帳。


 俺の手が、無意識に止まった。


「これ……僕が、神殿で……開いた」


 ミナトの声が震える。


「……ユーが、僕らの体温とか、睡眠とか、食事とか……全部、書いてた。危険区域の回避理由も……撤退の基準も……」


 ページがめくられる。そこには数字と短い言葉が並んでいる。


 『リリィ:苦味に反応強。香りを先に吸わせる。空腹時は拒否が強くなる。怖いを言えない』


 『コウタ:空腹で突っ込む癖。面子で止まれなくなる。褒める時は具体的に』


 『ミナト:眠いと罠見落とし。合理の顔で怖さを隠す。確認を口に出させる』


 『スズ:我慢して倒れる。水を飲ませる。言い出せない時は選択肢を渡す』


 ……一行だけ、余白に小さく書かれている。


 『今日は四人とも笑った。良かった』


 その行を見つけた瞬間、スズが声を上げて泣いた。


「……うそ……。うそじゃない……。ユー、ほんとに……」


 コウタの肩が震える。ミナトが唇を噛んで、目から涙を落とす。リリィは器を落としそうになりながら、俺を見上げた。


「……あたし……守られてたのに……嫌って……っ」


 全員が、泣いた。


 大泣きだ。子どもらしい、息が苦しくなる泣き方。


 俺は、その泣きを止めなかった。止めたら、また“怖い”を押し込める。押し込めたまま進むと、次は死ぬ。


「泣け」


 俺は短く言った。


「泣いていい。子どもはそういうもんだ。……でも、次は“帰れる”を選べ」


 リリィが鼻をすすりながら、必死に言った。


「ごめんなさい……! ユー、かえってきてよ……! ねえ……!」


 きた。


 この瞬間が、この話の芯だ。


 俺は一度、息を吸った。心臓が、変に早い。ここで曖昧にしたら、この子たちは“また他人に判断を預ける”。


 預けたまま育つと、いずれ折れる。


 俺は、線を引く。


「戻らない」


 店の湯気が、少しだけ静かになった。


「なんで……!」


 リリィの声がひっくり返る。コウタもミナトもスズも、同じ顔をする。理解したくない顔。


 俺は言った。三段で。制度、成長、自尊。


「一つ。制度だ。俺は保護者枠を外された。接触制限対象だ。無断で合流すると、お前らが政治に巻き込まれる。誘拐だの反逆だの、面倒な札が首に掛かる」


 ミレイが静かに頷いた。証人になる目だ。


「二つ。成長だ。俺が戻れば、お前らはまた俺に判断を預ける。預けたら楽だ。……でも楽は、強さじゃない。自分で決めて、自分で帰れるようになれ」


 コウタが涙を拭いながら、声を絞る。


「……でも、俺ら、まだ……」


「だから今、ここで学べ。腹の作り方、補給の仕方、撤退の基準。……俺は教える。だが“保護者”には戻らない」


 最後。


「三つ。自尊だ」


 俺は自分の指先を見せた。薬草の染みが残っている手。


「俺は、俺の人生を取り戻す。責任で縛られて生きるのは、もう終わりにする。ここで店をやる。必要な人に届ける。――それが、俺が選んだ居場所だ」


 沈黙が落ちた。


 リリィの口が、何度も開いては閉じる。言葉にならない。悔しい。悲しい。理解したい。理解したくない。全部が混ざった顔だ。


 ミナトが、か細く言った。


「……じゃあ僕たち、どうすれば……」


「帰れるようになれ」


 俺は同じ言葉を繰り返した。


「行けるじゃない。帰れる。……そのために必要な飯と薬は、ここにある。お前らが望むなら、教える。だが――俺の人生は、俺が守る」


 スズが泣きながら頷いた。


「……うん……。うん……。わたし……言う……。言う勇気、もつ……」


 コウタが拳を握る。


「……俺、撤退、ちゃんと決める。……今度は、遅れない」


 ミナトが目を赤くして、言った。


「……合理じゃなくて……怖いを、言う……」


 リリィは、最後まで泣いていた。泣いて、泣いて、それでも口を開いた。


「……ユー。……ごめん。……ありがとう……」


 その言葉は、たぶん、今できる一番の成長だ。


 その瞬間、戸口の外で、監視の影が小さく動いた。ミレイが一歩前に出て、冷たく言う。


「記録はギルドと神殿に提出します。偽薬膳事故の件、宮廷薬師バルム・レグナードの関与が疑われます。――これ以上の妨害は、王都の問題になりますよ」


 影は何も言わず、消えた。


―――


 夜明け前。


 子どもたちは店の座敷で眠った。腹が満ちると、ようやく眠れる。眠れると、少しだけ回復する。俺は火を落とし、記録帳に今日のことを書いた。


 『四人とも泣いた。泣いて、食べた。少し前に進んだ』


―――


 朝、店の前に新しい客が来た。


 見知らぬ冒険者だ。傷だらけの腕をさすりながら、看板を見上げて言った。


「……ここが、くすり香(くすりこう)か。昨日の事故、助かったって聞いた。……勝負前に寄る店、だって」


 俺は湯気の立つ鍋を見て、息を吐いた。


「座れ。まず水」


 客が苦笑する。


「噂通り、うるさいな」


「うるさいのは命綱だ」


 店の奥で、リリィたちが目を覚ました。泣き腫らした目で、それでも自分の足で立つ顔をしていた。


 ミズナ村の朝は、少しだけ明るい。


 ――ただし。


 バルムが序章で終わるとは、俺は思っていない。


 常識を盾にするやつは、ひとつ潰しても別の顔で戻ってくる。


 だから、次も――帰れる線を守りながら、うるさく戦う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ