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絶望。  作者: 水鳥川倫理


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第8話、海が連れ去ったもの。1

美咲が行方不明になってから、二週間が経過した。


瓦礫の町の捜索は、規模が縮小され、重機による作業が中心となった。悠真の父親も、美咲も、見つからないままだった。


避難所には、静かな絶望が充満していた。生き残った人々は、新しい生活を模索し始めていた。隣町への転居、仮設住宅の建設、そして、失われた故郷の再建。


悠真の母親は、隣町の病院の看護師として、避難所と病院を行き来する多忙な日々を送っていた。悠真は、母の姿を見て、生き残った者の強さを感じていた。


ある日、美咲の父親が、悠真を呼んだ。彼は、以前の逞しい漁師の顔ではなく、痩せ細り、目には深い悲しみを湛えていた。


「悠真くん、健太くんにも伝えてくれ」


美咲の父親は、悠真に、美咲の携帯電話を手渡した。それは、泥と水に濡れ、完全に壊れていた。


「これは、美咲の家があった場所から、少し離れた瓦礫の山から見つかった。美咲は…これを、手放したようだ」


そして、美咲の父親は、さらに小さなものを悠真に渡した。それは、美咲がいつも髪を束ねていた、海の色をした青いヘアゴムだった。


「これで、もう…美咲は、帰ってこないだろう。悠真くん、美咲は、君たちを助けようと、自分からこの町に降りていったんだ。だから、君たちは、美咲の分まで、生きてくれ。美咲の『永遠』を、君たちが引き継いでくれ」


美咲の父親の言葉は、悠真の心を、さらに深く抉った。美咲は、自分たちが瓦礫の町へ行かないよう、自ら犠牲になったのだ。悠真は、美咲を追いかけられなかったことへの後悔を、永遠に背負っていくことになった。


美咲の死は、公式には「行方不明」のままだったが、悠真と健太、そして美咲の家族にとって、それは「確定」となった。


健太は、美咲のヘアゴムを見て、ただ泣き崩れた。彼の心の支えだった「美咲は生きている」という信念が、崩れ去った瞬間だった。


悠真は、その夜、美咲のスケッチブックに、再び鉛筆を走らせた。


今度は、美咲が描いた天使のスケッチの横に、青いヘアゴムをつけた、美咲の笑顔を描いた。それは、悠真の心の中に残る、美咲の最後の「永遠」だった。




美咲の死を受け入れた健太は、絶望の淵から立ち直るために、さらに野球に打ち込むようになった。彼のバッティングは、以前にも増して力強く、彼のプレーは、美咲の「永遠」を背負っているかのように見えた。


健太の父親は、町に唯一残った高台の倉庫を借り、工場の再建に向けて動き出した。汐凪町の人々にとって、健太の父親の工場は、町の再建の象徴となりつつあった。


一方、悠真は、美咲のスケッチブックに、汐凪町の失われた風景を描き続けた。


海岸沿いの通学路、汐凪中学校の校舎、健太の家の庭にあった大きな木。美咲が描けなくなった、あの日の日常を、悠真は、必死に描き続けた。それは、美咲の「永遠」を、自分の心に刻み込む作業だった。


悠真の母親は、悠真の描いた絵を見て、言った。


「悠真、あなたの絵は、美咲さんの絵とは違う。でも、美咲さんの絵よりも、もっと…心に響くものがあるわ。それは、あなたが、この町で、美咲さんと健太くんと、生きた証だからよ」


悠真は、美咲の絵と、自分の絵を並べて見た。美咲の絵は、精緻で、才能に溢れていた。悠真の絵は、拙いが、そこには、失われた日常への、深い愛と、美咲への哀悼の念が込められていた。


悠真は、美咲のスケッチブックを手に、健太に言った。


「健太、僕たちの『永遠』は、もう、三人で海に飛び込むことじゃない。僕たちが、この町で、美咲が生きた証を残していくことだ」


健太は、悠真の言葉に頷いた。


「ああ、わかってる。俺は、野球で、美咲の笑顔を、みんなに見せる。お前は、絵で、美咲のいたこの町を、みんなに見せてやれ」


二人は、美咲の喪失という共通の痛みを乗り越え、新しい友情の形を見つけた。それは、互いの夢を応援し、美咲の「永遠」を、それぞれの形で引き継いでいく、というものだった。


その日から、悠真の生活は、一変した。彼は、美術部ではないが、毎日のように絵を描き続けた。そして、健太の野球の試合には、必ず応援に行った。


健太は、悠真の絵を、自分のグローブの裏側に貼っていた。それは、美咲の「永遠」を、常に身近に感じていたいという、健太の願いだった。


悠真は、健太の野球を見ながら、思った。


(美咲、僕たちは、あなたの分まで、生きてるよ。あなたの「永遠」は、僕たちの心の中で、永遠に生き続けるよ)


美咲の「さよなら」は、悠真と健太にとって、人生の終わりではなく、新しい始まりの合図となった。


二人は、美咲の「永遠」を背負い、瓦礫の町で、未来への一歩を踏み出した。それは、失われた日常を取り戻すための、長い道のりの始まりだった。

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