モテない俺が、知らぬ間に世界の命運を握っていた
詩織は言葉を選ぶように、少し間を置いてから口を開いた。
「《エルグラヴィス》を動かせたのは、偶然なんかじゃない」
胸の奥で何かがざわめく。ずっと感じていた違和感が、今ようやく形を成した気がした。
「E-Driveの動力源は“感情粒子”。その反応には、感情が限界を越えることが必要なの。特に《エルグラヴィス》は、揺るぎない意志に反応する機体よ」
拳が自然と握られる。あの時、死を覚悟した瞬間に頭にあったのは、ただ一つ。
「でも、それだけで俺にしか動かせない理由になるのか?」
詩織の視線が熱を帯びた。
「あなたの『守りたい』は特別よ。誰かに押し付けられた使命でも、虚勢を張った正義でもない。必要とされなかった孤独の中から、自分の意思だけで生み出した感情。だからこそ純度が高い」
その言葉は、刺さった。
誰にも認められず、裏切られ、何度も傷ついた過去。
俺は「非モテ」として笑い飛ばしてきたけれど、そこには認められたいと必死に叫んでいた自分がいる。
「誰にも必要とされなかった俺が、選ばれるなんて――まるで運命の悪戯だ。」
詩織は静かに頷く。
「それは違うわ。あなたが選ばれたのは偶然じゃなく、必然よ。」
彼女は続ける。
「多くの人は、誰かのために動こうとする。でも、自分の傷と向き合いながら、心の衝動に素直に従う人は少ない。あなたの熱情が《エルグラヴィス》を目覚めさせたの」
俺は自分にそんな力があるとは思えなかった。
でも、挫折と孤独の中で、ようやく自分の気持ちに気づいた。
「ただ……その時、必死に守りたいと思ったんだ」
「それで十分。あなたの想いが、機体を動かしたの」
詩織の声は柔らかく、それでいて真実の重みがあった。
「フローレンスも同じことを言っていた」
彼女の表情が曇り、過去の苦い記憶を思わせる。
「前世でともに戦い、敗北した。護れなかった痛みを抱えて、またここにいるの」
記憶はない。
ただ胸の奥で、欠けたパズルのピースを探すような焦燥がくすぶり続けている。
過去の過ちを繰り返したくない。あの時、失ったものを二度と失いたくないという強い思いが、形にならず胸を締め付ける。
「また戦うのか」
「今度こそ、決着をつけるために」
決意の言葉には痛みが滲むが、確固たるものだった。
「ミュートスや“災いの影”も転生を繰り返し、破壊を求めている。敵もまた、ずっとこの場所にいる存在よ」
これはただの戦いではない。終わらなかった物語の続きを歩むことだ。
「逃げたくなる気持ちもわかる」
詩織はそっと言う。
「でも、あなたは違った。踏みとどまり、ここにいる。だから私は、あなたを信じたい」
彼女の目には計算も、軍人の冷徹さもなく、ただ一人の人間としてのレンが映っていた。
過去の痛みが浮かび上がる。裏切り、孤独、傷ついた自分。
でも今、心の奥に灯る光がある。
「わかった……やるよ。何も持ってなかった俺が、今ここで選ぶ。すべてを賭けて、この手で未来をつかみ取る」
詩織の微笑みは暖かく、長い時間をかけて得た覚悟の証だった。
「頼りにしている、レン」
深く息を吐く。
もう戻れない。
けれど、その重さがどこか心地よい。解放されたような、静かな安堵が胸を満たしている。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。