すべては仕組まれていた──感情という名の罠
玄関の外から、重い軍靴の足音が地鳴りのように近づく。
ソファの上でユイが固まり、俺の裾をぎゅっと握った。
「行かないで、お兄ちゃん……お願い……」
その細い声が胸の奥に沈み込む。返事はできなかった。
覚悟の輪郭が、静かに俺の中で形を成し始めていた――
その瞬間、リビング奥の書斎の扉が、きぃ……と軋んで開いた。
そこに立っていたのは、詩織だった。
漆黒のジャケットを羽織り、耳には小型通信デバイス。胸元には国連軍のエンブレムが光っている。
「……レン。これから起こること、全部は話せない」
冷静な声の奥に隠れた緊張が透けて見えた。
言葉を失い、俺は詩織の目を見つめる。
その直後――
インターホンが鋭く鳴り響き、容赦なく現実を突きつける。
「国連軍です。開けてください」
扉越しの低く訓練された声に、ユイの体が小さく震えた。
玄関へ向かおうとした俺を、詩織が一歩前に出て遮る。
「私が対応する。あなたはユイを――守って」
「……どういうことだ?」
「説明は後で。今は信じてほしい」
その真剣な瞳に、言葉を飲み込むしかなかった。
やがて扉が開き、迷彩服姿の兵士たちが数人入ってきた。
最前列の男は詩織を見ると即座に敬礼した。
「コード:レイヴン・サイン確認。煌光 詩織中尉、現地統括として承認」
「はい。事前報告通り、E-Driveに関する異常反応を確認。対象は恋ヶ崎レン。彼の感情構造と《魔装機エルグラヴィス》が異常に共鳴した痕跡がある」
俺の名前が軍の口から自然に出た。
ユイが息を呑み、俺は悟る。
この事態は、すでに彼らの計画の一部だったのだと。
「なぜ俺なんだ……?」
詩織はゆっくり振り返り、答えた。
「あなたの感情構造が特殊だから。E-Driveは操縦者のあらゆる感情をエネルギーに変換する。しかし《愛》という感情は特別な変換率を持ち、エルグラヴィスはそれを最大限に活かす設計だった。あなたの“守りたい”という想いが規格外のエネルギーを生み出し、無人の魔装機を起動させた。それが今回の事件の発端だ」
言葉が静かに部屋に響く。
遠く、戦車のエンジン音が途切れることなく鳴り続けている。
この世界は、感情を兵器に変える時代になってしまった。
ならば俺の“想い”も否応なく、戦場に投げ込まれていくのだろう。
詩織の横顔を見つめながら、俺はゆっくり息を吐いた。
「……おまえは、一体何者なんだ?」
彼女は答えず、一歩前に出て軍人としての背中を見せる。
その背中が、どこか切なく映った。
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