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第1話 四つ星蓮

 ... ...広がる、宇宙のような空間。


 気がつけば、僕は巨大な扉の前に立っていた。蒼と橙の光が雲のようにうねり、幻想的に宙を舞っている。不思議で、でもどこか懐かしさを感じる世界ーー。


「ひかり......!」


 その瞬間、扉がゆっくりと開き、黄金と水色の光がシャワーのように降りそそいだ。


 光は僕を包み込み、やがて導かれるようにその中へと吸い込まれていく。


「一階、純白の記憶です」


 やわらかく響く声、女性のようなその声は、耳からではなく脳の奥へ、音楽のように直接流れ込んできた。


これは夢?それとも...


 周囲を見渡すと、僕は真円の広大な空間に立っていた。白とピンクの薔薇が壁のように咲き誇り、中央には透明な噴水が静かに揺れていた。本棚が円を描くように並び、古びた書物が隙間なく並ぶ。


 体が軽い。現実よりもずっと。ただ風や薔薇の香りは妙にリアルで、五感は夢の域を超えていた。


 何気なく手に取った一冊の書。それを開くと、目の前に現れたのは、動く写真。


 巨大戦艦がその主砲を轟かせている。その衝撃が、まるで写真の外の僕にまで響いてくるかのようだった。艦に掲げられていたのは、日の丸の旗。しかし...この世界に、そんな国は存在しない。


 次の瞬間、意識が写真の中に吸い込まれた。


 上空、雲を裂きながら落下していく僕の視界に、赤白のストライプと星が描かれえたマークの戦闘機が無数に飛来する。約三百機ーーそれらが一斉に巨大戦艦へと襲いかかる。爆炎。悲鳴。血。沈没していく戦艦とともに、乗組員たちの絶望が、僕の脳に直接刻まれていく。最後に聞こえたのは大和魂。


 ーーそして。


「はっ......」


 僕は汗だくの状態でベッドの上で目を覚ました。時刻は5時20分。夢だったのか?


 一階に降り、キッチンまで行き、冷たい水をコップに注ぐ。


 僕の名前は四つ星蓮(よつぼしれん)。小学六年生の十一歳。戸籍上の名前は中村蓮。三歳まで児童養護施設で育ち、その後養子として今の家族に迎え入れられた。


 今の家族に感謝はしている。けれどーー父と母はいつも酒に酔い、僕を叱責し、ぞんざいに扱う。ときに手を挙げ、傷つける。


 僕には見える。オーラという、感情の色。その色が家庭を覆うのは、濁ったドブのような深い灰。心がいつも重たくなる。


 朝食は、いつも食パン一枚。両親は豪華な食事を前にしている。僕はそっと椅子に腰を下ろし、さっきまで見ていた夢について考えていた。


 今日は金曜日。登校日だ。


 一人で家を出て、田んぼの広がる田舎道を歩く。誰とも話さずに歩けるこの時間が僕の癒しだった。鳥の鳴き声。透明な空気。ゆるやかな風。そして太陽。人の感情が読めてしまう僕にとって、誰もいない世界が一番優しいと最近思いはじめていた。


 学校へ着くと、教室に入り自分の席へ向かう。友達...今はいない。


 ひと月前まで、少しはいた。でもある問題事を境に僕は孤立という名の牢に閉じ込められた。


 問題が起きた時の記憶が蘇る。


 クラスの一軍が笑い、僕を指さす。ドッジボールのルールなんてもう意味を成していない。ただの暴力、集団いじめだった。


 体に何度も当たるボール。僕は地面に這いつくばる。その痛みより心の奥がじわじわと焼かれていく。


 ......助けてほしい。


 でも誰も手を差し伸べてくれなかった。友達だったはずの数人でさえ、僕から顔をそむけていた。


 その時、ふと視線を感じた。


 淡い桜色のオーラをまとった少女、新咲舞(しんざきまい)がじっと僕を見つめていた。舞は幼稚園の頃からの幼馴染でいつも僕のことを心配してくれている。彼女のオーラは、いつも優しくてあたたかい。だから、僕は舞だけは特に大切にしている。


 今、舞は僕を助けようとしてくれている。でも僕は舞からの助けは求めない。そもそも女の子だし、それに僕を助ければ次は舞がいじめられる。


 舞はその場から動けない。勇気が足りないんじゃない。舞には、優しさゆえに傷つくことへの恐れがあったのだと思う。


 次の瞬間ーー指に激痛が走った。


 骨が、折れた。鋭い音と共に、何かが僕の中で崩れた。


 蓮は心が焼けつくような怒りに満たされる。視界が赤黒く染まり、蓮のオーラはいつも虹色に循環しているが、混ざり、渦巻き、漆黒の渦となって爆発する。


 「やめなさいよ!」


 舞が叫んだ。涙をにじませながら、震える声で。


 けれど、一軍のグループは止まらない。リーダー格の江崎が舞に冷たい目を向ける。そしてあろうことか彼女の胸元に手を伸ばそうとした。


 僕は許せなかった。そして「やめろ!!!」と叫ぶ。


 僕は咄嗟に地面に落ちていた石を拾い、全力で江崎に投げつけた。


 鋭い音と共に江崎は崩れ落ち、一軍が一瞬で静まりかえった。


 舞は蓮に駆け寄り、その細い腕で蓮を強く抱きしめた。


 「蓮くん、戻ってきて!!」


 その声が、怒りに染まった僕の中に静かに沁みていった。


 舞の優しい桜色のオーラが、僕を包み込む。漆黒の渦が溶け、再び虹色へと戻っていった。


 「...舞ちゃん、ありがとう」


 僕は疲れ果てた声でそう言った。舞は涙を拭き、そっとうなずいた。


 だけど現実はそれで終わらない。


 「いじめだ!暴力だよ!犯罪だ!」一軍たちがそう叫び、先生を呼びに行き、僕は生活指導室へと連れていかれる。


 その後警察と面談を受け、僕は加害者として扱われた。担任は一軍と仲が良く、その親とも仲が良かった。そのため徹底的に僕を潰しにかかった。


 正式な処分が下り僕は中学校には進めず、卒業後は更生施設へ送られることとなった。


 この情報は全校生徒にも知れ渡った。それから僕は舞以外とは目を合わせられなくなった。


 舞は僕を気にかけてくれていた。でも舞の友人たちは舞が僕と関わるのをよしとしなかった。舞が僕に近づけないよう、遠ざけていた。


 それが僕が友達を失った理由だ。


 

 ひと月が過ぎ、卒業式の日がきた。


 笑顔で写真を撮る子。涙を流しながら先生と話す子。思い出にあふれた教室が、別れの空気に満ちていた。


 僕は最後に舞を遠くから見た後、静かに校舎を抜け出し、一人で正門を出た。


 坂道には、満開の桜が風に舞っていた。


 「蓮くん!!」


 背後から聞こえた声。ふり返らなくてもわかった。舞の声だ。


 でも僕は聞こえないふりをして、歩き続けた。


 僕のような人間が、彼女のような優しい子に関わってはいけない。そう思うと体が止まらなかった。


 ......ごめん。さよなら。


 胸の奥が締め付けられるように痛かった。だけど、それが僕にふさわしい罰なのだと、自分に言い聞かせていた。

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