混沌の雷
二人の影が整備されていない道を静かに進んでいた。
一人は、人間の姿を取った邪神――クトゥル=ノワール・ル=ファルザス。
本当の姿を見た時、恐怖に震える者もいるかもしれないが、当の本人はそんな大層なものではない。
彼の外見は、前世の自分を模してはいるものの、肌はわずかに黒みを帯び、そこに異形の力が滲むような違和感を纏っていた。
もう一人は、邪神クトゥルに忠誠を誓う信者、エリザベート。
長く、闇より暗い髪が風に靡き、血のように紅い瞳が妖しく輝いている。
その佇まいは、まるで闇の女神のようであり、神秘的な美しさがあった。
喧騒が広がる中、二人の足音が、舗装されていない地面に響いていた。
どこまでも続く道の先を見据えながら、エリザベートがふと口を開く。
「クトゥル様はテレポートで移動しないのでしょうか……?テレポートを使えば、目的地には一瞬で到着しますが…」
何気ない問いではあったが、クトゥルにとっては致命的な一言だった。
「…(お、俺がそんなことできる訳ないだろう…ただでさえ、音を出すだけ、姿を変えることしかできないんだから…)」
心の中で叫びつつも、外見はあくまで冷静を装う。
邪神としての威厳を保つため、堂々とした態度を崩さないことが肝要だ。
「ふっ……我はまだこの地に復活して日が浅い。このちっぽけな地を己が足で進むのだ……」
低く、威厳ある声でそう告げる。
すると。
「っ!?な、なるほどっ……!」
エリザベートが突然息を呑み、驚愕と感動が入り混じった表情を浮かべた。
赤い瞳が星のように輝きを増す。
「クトゥル様は、己が足でこの地を踏み潰し、征服なさるのですねっ!」
彼女の声には確かな確信があった。
「(……いや、違うっ!?)」
当然ながら、そんな意図は微塵もなかった。
だが、エリザベートの瞳はすでに盲目的な信仰と狂気に満ちていた。
この誤解を解くべきか?
否――それは悪手だ。
熱っぽい視線を向けるエリザベートの前で、それを否定することもできず、クトゥルは静かに頷いた。
「……流石だ。エリザベート。この我の考えを察することができるとは……」
その言葉に、エリザベートの顔が恍惚と輝く。
「はっ…勿体なきお言葉です……っ!」
彼女は祈るように手を組み、その場で感動に震えていた。
「(……これ、いつまで続くんだ……?)」
クトゥルは小さくため息をつきながら、なおも続く勘違いを訂正することもできず、ただ前を向いて歩き続ける。
―――
クトゥルとエリザベートは並んで歩いていた。
足音とともに遠くでは鳥の鳴き声や、野犬の鳴き声も響いている。
遠くには、うねるような丘陵地帯が広がり、青々とした山々の間から風そっと頬を撫で、どこか涼しげな香りを運んできた。
クトゥルは、そんな風景を眺めながら、ふと隣のエリザベートに問いかけた。
「この先には何がある…?」
問いを受けたエリザベートは、すぐに答える。
「シセエカーポの町です」
淡々とした口調だったが、その声にはどこか含みがあるようにも思えた。
「シセエカーポ……?」
クトゥルは小さく呟きながら、首を傾げる。
どこかで聞いたことのある名前だ。しかし、記憶の中にあるはずのその町の詳細が、どうにもぼんやりとしている。
――何だったか?
心の奥を探るように考えていると、ふいに脳裏を駆け巡る過去の記憶。
――シセエカーポの奴らを後で滅ぼすとして――』
エリザベートが確かに、そう語っていた。
「(……あ)」
クトゥルは気づいてしまった。
今、自分たちが向かっているのは、まさに彼女が「粛清すべき対象」としていた町だったのだ。
ぞわり、と背筋を冷たいものが駆け上がる。
人間形態の彼だが発汗という生理現象はない。もしも生理現象があれば、全身から滝のように汗を流していただろう。
「(やばい……これ、マジでやばいやつだ……!)」
無表情を装いながら、内心では凄まじい焦りを抱くクトゥル。
エリザベートは気づかぬまま、淡々と歩みを進めている。
「(俺の言動で、まったく無関係の町の人たちが死ぬのは…ちょっと胸が痛む…)」
ふと顔を上げると、すでに目的地は目の前にあった。
乾いた大地の向こう、10メートル先。
そこに、シセエカーポの町が広がっていた。
木造の建物が立ち並び、微かな声が聞こえてくる。
町の入口には木造の門があり、見張りらしき兵が数名、警戒するように佇んでいるのが見えた。
クトゥルは一歩、一歩進みながら思案を巡らせる。
「(さて、どうする……?)」
彼の胸の中に、微かな動揺が渦巻いていた。
クトゥルは、少し歩幅を狭めながら、どうすればシセエカーポを素通りできるか考えつつ、視線を少し後ろに向ける。
混沌のローブを翻し、クトゥルに合わせて、ゆったりとした歩調で並ぶのは、エリザベート。
「(だ、ダメだっ…緊張しすぎて良い案が思いつかないっ)」
彼女の顔には満面の笑みが浮かび、まるで心からの喜びを噛み締めているかのようだった。
そして――
「さあ、クトゥル様!この先のシシエカーポに邪神の鉄槌を下してやりましょうっ」
その言葉が、静寂を破る。
「…え(その活き活きした笑顔は何っ!?)」
クトゥルは思わず立ち止まりかけたが、辛うじて足を前に踏み出した。
それでも、表情を取り繕うことはできず、驚愕に目を見開く。
エリザベートは、まるで天啓を受けたかのような神妙な面持ちで、クトゥルを見つめている。
「(邪神の鉄槌って…それ…俺がやるの…?音出して変身するしかできないのに…?)」
鼓動が一気に跳ね上がる。
このままでは、色々な意味で何か取り返しのつかないことが起きる気がする。
クトゥルは慌てて咳払いをし、できる限り荘厳な雰囲気を作りながら、低くゆっくりと言葉を紡ぐ。
「エリザベート…奴らは所詮弱き魂たちだ…我の混沌が飲み込む価値すらない…」
威厳を込めたつもりだった。
だが、次の瞬間。
「…なるほどっ。確かに移民の田舎ものが、クトゥル様に滅される価値があるとは…思えません」
「(よしっ!!いいぞ!!)ふっ…分かっ――」
「私にお任せ下さいっ。クトゥル様を愚弄した者どもを、このまま許すなどあり得ません!死よりつらい苦しみを味合わせてやりましょう!」
「…」
エリザベートの声は恍惚とした響きを帯び、輝いていた。
彼女の赤い瞳は熱を孕み、神に殉ずる者の狂気すら感じさせる。
「(違う!?)」
クトゥルは今すぐ頭を抱えたい衝動に駆られたが、どうにか耐えた。
どうやら彼女はまたしても壮絶な勘違いをしている。
「エリザ――」
訂正しようとした、その時だった。
クトゥルの足がピタリと止まる。
乾いた大地の先、農牧が広がる町。
シセエカーポの城壁が、そこにあった。
クトゥルの背筋に嫌な汗が流れた――心の中だけで叫んだ。
「(……どうする、俺!?)」
シセエカーポ。
ここは畜産業が盛んな土地で、遠くには牛や羊の群れがのどかに草を食んでいる。村の中央には市場があり、人々が賑やかに買い物をしているのが見える。何の変哲もない、穏やかな田舎の風景だった。
クトゥルは目立たぬように歩を進めていたが、周囲の視線が次第に集まり始めるのを感じた。
家々の扉や窓から、人々がこちらを窺っている。
――興味と恐怖が入り混じった目。
それも当然だろう。
異様な雰囲気を纏う浅黒い肌の青年と、その隣に並ぶ異形じみた美しさを持つ美女。
二人が並んで歩いていれば、ただの旅人と思わないだろう。
「(おいおい、マズいぞ……)」
クトゥルは何気なく踵を返そうとした。
だが、遅かった。
町の入口に立っていた見張りの男たちが、こちらを警戒するように一歩前へと出た。
「……失礼……こちらに……何の用で来たのでしょうか……?」
二人の男が、訝しげな目でクトゥルを見つめる。
手元には手作りの槍が握られているが、まだ構えはしていない。
だが、ほんの僅かな警戒心が、空気を張り詰めたものに変えていた。
クトゥルは静かに息を吸った。
このまま何もせずに村を抜ける――それが最善だ。
だが、その刹那。
「もちろん。この町を滅ぼしに来たのよ…」
静寂を切り裂くように響いたのは、エリザベートの高らかな声。
「この方こそ、偉大なる邪神クトゥル=ノワール・ル=ファルザス様よ。 喜んで魂を捧げなさいっ!」
「……(待てええええええ!!)」
クトゥルは心の中で絶叫した。
だが、時すでに遅し。
見張りの男たちが硬直し、次の瞬間には槍を構え、警戒を露わにした。
周囲にいた町人たちも騒然となる。
『町を滅ぼす』という言葉が、火に油を注いだ。
「(クソッ、こうなったら……!)
クトゥルは即座に『邪神の姿』へと戻る決断を下した。
人間状態の体が一気に溶け球体に変わり、ネバついた音が響き、赤黒い触手が波打ち、無数の眼が村を見下ろす。
まるで奈落の底から這い出た神話の怪物のように邪神ロールを開始する。
「ククク……我こそ……混沌の邪の神――クトゥル。さぁ、我に魂を捧げよ!(ほらっ…怖いだろうっ。さぁ、逃げろっ)」
「う、うわぁぁぁっ!?」
「きゃぁぁっ!!」
邪悪に満ちた声が村に響くと、恐怖に駆られた町人たちは一斉に悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。
見張りの男たちも、恐慌状態に陥り、慌てて町の奥へと撤退していく。
――幸いにも、戦闘にはならなかった。
クトゥルは心の中で安堵のため息をついた。
だが、その隣では、エリザベートが恍惚とした表情で目を輝かせていた。
「さすがクトゥル様……! ほんの一睨みで人々を恐怖の底に沈めるとは!」
言葉を飲み込みながら、クトゥルはどうにか事態を収める方法を探し始めるのだった。
「(戦闘さえなければ、このまま邪神ロールで押し切れる……!)」
クトゥルは淡い期待を抱いていた。
町の人々は恐怖に駆られ、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っている。
このまま何事もなく立ち去ることができれば、それが一番だ。
だが――。
「そこまでだ、異形の化け物よ!」
鋭く響く声が、空気を一変させた。
クトゥルは思わず視線を向ける。
そこには、一人の男が立っていた。
鎧に施された銀色の装飾が、日の光を受けて輝く。
手に持つ大剣は、鍛え抜かれた鋼の重みを感じさせた。
筋骨隆々の体躯。
広い肩幅と逞しい腕が、数多の戦いをくぐり抜けた証を示している。
そして、何より印象的なのは、その鋭い眼光。
ただの町人とは違う。
クトゥルは咄嗟に男の手首へと目を向けた。
そこに銀色のタグが光っているのを確認し、心の中で呻いた。
「(…シルバーランクの冒険者)」
クトゥルの脳裏に、幾つかの情報が駆け巡る。
シルバーランクとは、冒険において最低限の経験と能力を持った冒険者たち。
冒険者として中堅の地位にあたる。
――つまり。
このまま恐怖で押し切るのは、不可能ということだった。
クトゥルは内心でため息をつきながら、触手を僅かに蠢かせた。
事態は、どうやら楽に済ませるわけにはいかないらしい。
―――
市場の喧騒の中、一人の男が無造作に硬貨を投げ出した。
「これを貰おう」
低く、よく通る声だった。
「あいよ。これは、オマケだ。また寄ってくれよ」
店主が素焼きの小袋を差し出すと、男はそれを受け取ると手首についた銀のタグがチャリンと音を響かせる。
男の名はガルヴァ。
シルバーランクの冒険者であり、屈強な戦士だ。
「……あぁ、考えておく」
褐色の肌に青い髪、頑丈な鎧を身にまとい、背には大剣を背負う。
その鋭い眼光は、幾多の修羅場を潜り抜けた者にしか持ち得ないものだった。
今回の依頼は、商人の護衛。
シセエカーポの町まで、安全に送り届けることで、ガルヴァは無事に承認を送り届けた。
「店主…パルテの森で行方不明者が出たのをご存じか…?」
「…? いや、俺は知らないな。なぁ、お前…知ってるか?」
店主は顎鬚を触りながら、視線を隣の奥さんに向ける。
「え…? …あぁ。そんな噂があったわね…」
道中、ガルヴァは パルテの森でブロンズランクの冒険者五人が忽然と姿を消した という話を耳にした。
まだ確かな情報ではないが、聞き捨てならない。
「はぁ…物騒な話だ…」
「ふふ、大方、熊にでも食べられたんじゃないかしら…?」
商人や町人たちは 軽く受け流すように 言った。
だが、ガルヴァの表情は変わらない。
「……ふむ…(熊…信じられんな…)」
確かに 熊は脅威 だ。
しかし、それは武装していない農民や商人であり、ある程度の武装と武道の心得のある五人の冒険者 が、そう簡単に全滅するものだろうか?
「(……あの森には、熊以上の何かがいる)」
ガルヴァの中で確信が生まれた。
「(装備をしっかり整えてパルテの森に行ってみるか…)」
彼は森へ向かう決意を固めた。
――だが、行動を起こす前に、思わぬ出来事が起こる。
「ククク……我こそ……混沌の邪の神――クトゥル。さぁ、我に魂を捧げよ!」
不吉な声が響き渡った。
シセエカーポの空気が 一瞬で張り詰める 。
空にいた鳥たちは 警戒したように一斉に飛び去る。
ガルヴァは 即座に振り向く。
その視線の先には――悪夢のような存在が、町の広場に現れていた。
赤黒い無数の触手。
無数の眼が脈動するように瞬きを繰り返す。
禍々しい気配が、まるで生き物のように空気を蝕んでいた。
それは人ならざるモノだった。
「っ!?(な、何だ…あの生き物はっ!?)」
町人たちは、絶叫しながら逃げ惑う。
彼らの恐怖が、その存在の圧倒的な異質さを物語っていた。
ガルヴァは瞬時に判断する。
―― 逃げるか?いや、違う。戦うべきだ。
彼の手が大剣の柄にかかる。
ゆっくりと抜き放ち、鈍い銀色の輝きを放つ刃を構えた。
彼の瞳には 恐怖の色はない。
ただ、戦士としての鋭い光が宿っていた。
「そこまでだ、異形の化け物よ!」
―――
――クトゥルは困惑していた。
「(…っ…ど、どうするっ…)」
視界に映るのは、強固な鎧を纏い、大剣を構えた男。
戦闘経験豊富な冒険者、それもゴールドランク。
その事実だけで、クトゥルの中で警戒音が鳴り響く。
まるで 暴走した機械のように、全身の無数の眼がギョロギョロと四方八方を見回し続ける。
その動きは、普通の人間なら正気を狂わせる仕草だが、ガルヴァは微塵も躊躇することなく詠唱を開始した。
「『ファイアボール』!」
魔法陣から熱が立ち上り、周囲の空気がじわじわと温まっていく。
彼の前でぽつんと灯った小さな炎。
それはただの火ではなく、まるで意思を持ったかのように脈動していた。
炎は瞬く間に広がり、直径30センチほどの球体となる。その形はまるで完璧な満月のように、滑らかで明るい光を放っていた。
クトゥルは 息を呑んだ 。
「(……っ!? ちょ、ちょっと待て、マジでやばい!!)」
「喰らえっ!!」
彼が大きく腕を振り抜くと、30センチほどのファイアボールがクトゥルに向かって放たれる。
炎の球体が空を裂くように飛翔する。
クトゥルの脳裏に本能的な危険信号が点滅しているが、感情を必死に隠す。
「…フン…(うおおおおおお!!避け――)」
クトゥルは、避けられなかった。
――いや、そもそも避けるという行動を取る以前の問題だった。
クトゥルに戦闘経験など皆無。
どう動けばいいのかまるで分からない。
その結果――直撃の運命を辿るはずだったが、運命の悪戯か、それともただの偶然か。
ファイアボールは、クトゥルの足元に着弾した。
――ドゴォォォォンッッ!!
爆炎が巻き上がる。
衝撃波が地面を揺らし、熱風が辺りを吹き荒れる。
地面が焼け焦げ、火の粉が宙に舞う。
クトゥルは、爆風に巻き込まれながらも、奇跡的に無傷だった。
「(あっつっ…あっぶなっ!?)」
地面がグラリと揺らぐ。
しかし、彼の身体に焦げ跡ひとつついていない。
ガルヴァは歯噛みする 。
「くっ……避けたか!」
「(いや、避けてないけど…いや、ここはロールプレイだっ)」
クトゥルは冷や汗を拭う間もなく、ハッタリを決め込むことにした。
ゆっくりと、まるで余裕を持ったかのように触手を動かし、低く笑う。
クトゥルは、威厳を持たせるように声を響かせる。
「…ククク、貴様の火の粉など我に効かん…邪神の力――オール・オブ・ラグナロクによってなっ!」」
クトゥルの無数の眼が妖しく蠢く。
「っ…オール・オブ・ラグナロク…?(い、いったいどんな…力なんだ)」
ガルヴァは、クトゥルを見て警戒を強める。
オール・オブ・ラグナロクの力がどう言ったものか分からず、内心焦りを見せていた。
表には出ないが、クトゥルも焦っていた。むしろ、彼の方が焦っている。
「(攻撃技0なのに…戦えるわけないだろ!どうすんだこれ!?)…」
チラっと、エリザベートに視線を向け後を任せようとした。しかし、彼女は瞳を輝かせてこう言った。
「クトゥル様の勇姿。しかと目に焼き付けますっ」
「(そんな、ワクワクされた顔しても…攻撃方法ないし……)」
クトゥルの使えるのは、音を出すだけのオール・オブ・ラグナロク(サウンドクリエイト)そして、変身することができるトリックスター。
どちらも、相手に致命傷を与えることができず、絶望するクトゥル。
しかし、その時ふと空を見上げると、運よく曇天が広がっていた。
「っ…(……これだ!)ククク……」
「な、何をっ…(奴から漂う異様な気配は何だっ…)」
クトゥルはハッタリを仕掛けることにした。
「愚かな人間よ。我が怒りにより、天が震えるっ!……オール・オブ・ラグナロク!!」
そう呟くと同時に、《オール・オブ・ラグナロク(サウンドクリエイト)》を発動。
最大音量で雷鳴の音を響かせた。
「っ!?」
冒険者――ガルヴァは、一瞬息を呑んだ。
晴れていた空が、曇り出し突如轟く雷鳴。
彼の額には一筋の汗が流れる。
「っ――」
「フッ……無駄な足掻きは命運を縮めるだけだ。貴様の矮小な魂を刹那でも永らえたいのなら、大人しくしていることだな……。」
ガルヴァは、一気に詰めようと動こうとした。
だが、クトゥルはタイミング良く、発現で押しとめる。
ガルヴァは上を見上げ、震えだす。
「(いける……!)」
そう確信した瞬間、雲が晴れ、燦々とした陽光が降り注いだ。
「……?そ、空が…(何だ…攻撃をやめたのか…?)」
「(やべええええええええ!!!)」
クトゥルは内心、血の気が引いた。
「(せっかくの演出が台無しだろこれ!)晴天に心を許すとは、愚かなることよ。貴様に訪れるのは、嵐の前の静寂に過ぎんっ……。(くそっ、ハッタリは続行!)」
慌てて雷鳴をもう一度響かせる。さらに音を大きくテンポを速く。
「っ…(何だ…これはっ…)」
ガルヴァの脳内が混乱し出した。
「(晴天なのに雷鳴が……?)」
「ククク…邪神の力は晴天など意味をなさん…。混沌の雷により消えるが良いっ(早くっ…早く負けを認めろっ!)」
「ま、まさか…て、天を操る力…なのか……!?そ、そんな…まるで神の所業…」
内心必死のクトゥルは、威圧的な無数の形相でガルヴァを睨みつける。
「お、俺では…か、勝てない…」
彼の顔には恐怖が滲み始めていた。
クトゥルは安堵した。
「……(よっしゃーっ!!ビビってるっ!これなら…)つまらぬ……エリザベート、片付けよ。」
クトゥルはつまらなそうに、そして呆れたように後ろに一歩下がり、エリザベートに任せる。
「我が手を下すまでもない」と言った具合を見せると、代わりに彼女が前に出る。
「お任せ下さいっ…哀れな人間よ。クトゥル様を退屈させた罪…万死に値する。裁きを受けなさい…!」
エリザベートは冷徹な瞳をガルヴァに向ける。
そして、静かに天へと手をかざした。
「……沈め、天。裂けよ、空。
黒き裁き、『イン=ゼル=ノグ・ヴォルト=ヴァース』」
黒い光の線が天空へと突き刺ささると、快晴から曇天へと空が変わり、雷鳴が轟いた。
「…死になさい…」
エリザベートが、光の線を引くように振り下ろす。その瞬間、禍々しい黒い無数の雷が落ちていく。
「ぐああああああああああああっ!」
無数の雷は、ガルヴァを貫くだけじゃなく、町に襲いかかる。
町中で、悲鳴と絶叫が木霊し、エリザベートは満面の笑みで手を組んでいた。
たった数分でシセエカーポの村は、一瞬にして消滅した。
クトゥルは、焦げた大地を見つめながら内心こう思った。
「(俺が欲しい力、エリザベートが持ってるんじゃないか…!?……)」
しかし、表向きは威厳たっぷりに頷き、称賛したのだった。
「見事である……!」」