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復活の混沌


朝の柔らかな日差しが降り注ぎ、小鳥たちがさえずる穏やかな森。

その静寂を破るように、田中太郎は意識を取り戻した。


「…ん?…ここが我の転生先か……?(ん?なんか、体がおかしいぞ…?)」


彼は地面に仰向けのまま横たわっていた。微かに湿った土の感触が背中に伝わる。ぼんやりとした意識のまま、起き上がろうと手をつく。


その瞬間――太郎は、異変に気づいた。


彼は、地面についた自分の手を見た。

だが、見慣れた手の形はしてなかった。


「……ん?…え…?」


理解が追いつかない。体に走る不可解な違和感。それは現実感を欠き、まるで夢の中にいるかのような感覚だった。


太郎は必死に思考を巡らせる。しかし、視界の端に映るものが邪魔をする。


赤黒く蠢く触手。

それらが何度も、チラチラと視界を横切るたび、彼の集中は途切れた。


「……(俺の体はどうなっているんだ…?)」


手を見た時点で、ある程度の察しがついた太郎だが、水面で顔を映さないと納得ができなかった。


恐る恐る思い足を動かし、近くに流れる川へと歩み寄る。


森の緑が水面に映り込む透き通った川。その水鏡に、自らの姿を映してみる。


――そこにいたのは、異形の怪物だった。


「…これが今の…我…だと…?(目、めっちゃ増えてね!?きっもっ!?)」


彼の姿は、もはや人とは呼べぬものだった。


甲冑のようにも見える禍々しい外殻は、赤黒の金属光沢を帯び、ところどころから赤黒い血管が浮かび上がっていた。


全身を覆うその外殻は、あたかも生きているかのように脈動し、無数の赤い目が内側から脈打つ心音のように明滅している。


腕は異様に長く、指は鋭利で、まるで生きた鉤爪のよう。装飾的な要素すら感じさせる肘や肩の装甲は、儀式的かつ戦闘的な威圧感を醸していた。


体から飛び出ている触手は、よく見るとトゲのような突起物が見え、全体に滑らかな曲線が多く見られるが、それは決して柔らかさではなく、底知れぬ不気味さと異質さを際立たせる。


頭部には顔という概念が存在しない。ただ仮面のように口元まで覆う黒き面があり、中央に赤く輝くひし形の光が象徴のように浮かぶ。


その中で、二対の光点が眼のように燃え、見る者の心を射抜くような存在感を放っている。


頭部からは一本の、蛇のようにくねる触手が伸びており、背中からも同様の触手が何本も蠢いている。それらは意思を持つかのように漂い、空間すら蝕まんとする禍々しさに満ちていた。


口は――


胸や肩、足といった好きな場所に現れる。


「……」


自身の姿を見て、太郎は言葉を失った。


「え…ち、違う…」


異世界転生を夢見ていた彼だったが、まさか転生後の姿が異形の化け物だとは思いもしなかった。


静寂の中、森の奥から彼を見つめる野生動物たち。


――その沈黙を最初に破ったのは、当たり前だが太郎だった。


ようやく意識を取り戻し、ゆっくりと動き出す。


だが、その瞬間。

動物たちは一斉に逃げ出した。


太郎が動くたび、触手がゆらゆらと揺れる。


その様子は、まるで闇より這い出でし怪物のごとく恐ろしかった。


無数の触手が地面を這い、赤黒の肉体には不気味な眼が無数に瞬いている化け物だった。


太郎は思った――本来ならば、異世界転生とはこうではないはずだ、と。


「……(おかしい。俺のイメージしてた異世界転生は、こういうのじゃなかった……)」


混乱する太郎。


彼が夢見ていたのは、金髪碧眼の王子様、あるいは金髪碧眼の美少女の悪役令嬢として転生する、華やかな異世界ライフだった。


剣と魔法のファンタジー世界で、最強の力を手にし、絶世の美女に囲まれる――そういうものではなかったのか?


それなのに、目の前にあるのは無数の蠢く触手。


赤黒いの皮膚の隙間から覗く、鈍く光る異形の眼球たち。


「(ど、ど、どうしてこうなった…っ!?)…いや…」


絶望に打ちひしがれるかと思いきや、太郎はじっと腕を組み、思索に耽った。


異形の怪物が黙り込んだことで、森の空気はより一層張り詰める。


その気配を察知し、遠巻きに彼を覗き見る野生の動物たちがいた。


彼らは、太郎の異様な姿を見て本能的な恐怖を覚えつつも、同時に目を奪われてもいた。


それほどまでに、彼の存在はこの世界にとって異質だった。


「…待てよ…?あの時創造主は――」


太郎はふと、転生前に創造主から聞かされた言葉を思い出す。


――貴方の魂を解析し、私が創りし体を与えます


「っ!!」


彼の無数の眼が、ギラリと光を放った。


「そ、そうか…こ、この姿こそ…我の˝本当の魂˝ということかっ……!!」


その瞬間、太郎の全身に電流が走るような感覚が広がった。


気のせいか、ビリビリと音が聞こえたような気がするが、興奮している太郎は気付いていなかった。


そして、気づけば彼の無数の眼が、一斉にニヤリと歪んでいた。


それを目の当たりにした動物たちは、瞬時に硬直し、白目を剥きながら次々と地面に崩れ落ちていく。


まるで理性を奪われたかのように、何匹もの獣が泡を吹いて倒れていった。


彼の放つ異質なオーラは、この世界の生物にとって到底耐えがたいものであったのだ。


「……ついに我の『混沌の真なる力』が覚醒したか……!ククク…クハッ…フハハハ!アーッハハッ!」


太郎は歓喜の声を上げながら、触手を激しく振り乱した。


それらが風を切り裂き、周囲の木々が悲鳴を上げるようにしなる。


影が歪み、蠢き、漆黒の瘴気が広がっていく。


「…我は仮初(人間)の姿を捨て、闇の化身となったのだっ!!」


彼の叫びが、森全体に響き渡る。



―――



しばしの間、太郎は歓喜の笑い声を上げ続けた。


触手を振り乱し、無数の眼を狂気じみた興奮に輝かせる。


禍々しいその姿は、まるで新たな世界の支配者が誕生した瞬間のようだった。


異形の怪物としての圧倒的な存在感を周囲に示しながら、彼は己の新たな力に酔いしれた。


「フゥ…さて…」


しかし、興奮の波が落ち着くと同時に、彼の思考は冷静さを取り戻し始める。まずは現状の確認だ。


己の容姿に関しては、もう十分すぎるほど確かめた。


数え切れぬほどの眼球、闇色に蠢く無数の触手――紛れもなく、彼は常識から逸脱した存在となっている。


次に確認すべきは、特殊能力だ。異形の化け物と化した以上、彼の目指すべき道は決まっている。


悪役としての世界の征服。


「……愚かなる塵芥どもよ、我が力の一端を垣間見るがいい」


彼は野生動物に向かって高らかに宣言した。


そのためには、創造主から授かった最強のスキルを解放する必要がある。


「手始めに…この地を分断してやろう…」


意識を集中させる。内なる力が脈打ち、体中の触手がざわめいた。


「大地よ、混沌の力によって、我が前にひれ伏せ!」


そして――


ゴゴゴゴゴッ!


轟音が大気を震わせる。


それは地の底から響くような、圧倒的な重低音だった。

森全体に轟音が響き渡り、鳥たちは一斉に羽ばたき、木々の枝を揺らして飛び去る。


地に生きる獣たちは、得体の知れぬ力の気配を察知し、パニックのように森の奥へと逃げ出していく。


「ククク……この力があれば、我は無敵……!」


太郎は満足げに笑みを浮かべた。


だが、次の瞬間、ふと違和感に気づく。


音は確かに響き渡っている。


まるで地面が裂け、大地が隆起するかのような壮絶な轟音。


だが、しかし――


地面は、微動だにしていなかった。


いや、ほんのわずかに震えているようにも感じるが、それは大地を揺るがすような衝撃とはほど遠いごく僅かな振動でしかなく、地震大国に住んでいた田中太郎には、気のせいかと思えるほどの揺れであった。


「……ん?」


太郎はゆっくりと手を伸ばし、大地を撫でる。

手が草に触れると青臭い匂いが鼻がないはずだが、彼の鼻孔を擽る。


「あれ…?」


驚くほどに、何の変哲もない地面だ。裂け目もなければ、隆起もない。完全に、無傷。


だが、轟音だけは未だに響き続けている。


確かに音はする。だが、それだけだ。


「おかしいな…仕方ない…次だ」


太郎はゆっくりと首を傾げると、次なる試みとして天空からの雷撃を仕掛けることにした。


「さぁ、絶望の雷よ……天を裂き、大地を穿ち、森を無へと還せッ!」


触手を翻し、無数の眼を輝かせながら、彼は高らかに叫んだ。


大気がビリビリと震える感覚がある。期待に胸を膨らませながら、意識を集中させた。


――ゴロゴロゴロ……!


どこか遠くで雷鳴が響く。空気が揺れ、木々がかすかにざわめいた。


「良い雷鳴だ…さぁ、行くぞ」


太郎は高笑いしながら天を仰いだ。


しかし――


空には、一点の曇りもない快晴の青空が広がっていた。


「…………え?」


確かに雷鳴は轟いている。大気が震えるような音も鳴り響いている。


だが、どこにも雷の気配はない。


不思議そうに視線を彷徨わせる太郎の頭上では、相変わらず燦々と太陽が輝いている。


「……(ま、ま、まだ慌てる時間じゃない…)」


彼はゆっくりと触手を揺らし、落ち着きを取り戻そうとする。


――そうだ、スキルの詳細を確認すればいい。


太郎は焦燥を覚えながらも、冷静を装ってスキルの詳細を確かめることにした。


意識を集中すると、頭の中にスキルの名称が浮かび上がる。


《スキル:サウンドクリエイト》


説明

――頭で想像した音を自在に発生させる。


……それだけ。


実にシンプルな説明だった。


シンプルなスキルほど強い、というのは物語のお約束である。が、今の状況でそれを信じるには、あまりにも絶望的すぎた。


「(いやいや、ちょっと待て……)」


異形の怪物となった太郎には発汗という生理現象は存在しない。


しかし、もし人間のままだったなら、今頃全身から滝のような汗をかいていたことだろう。


無数の眼をキョロキョロと動かしながら、彼は念のため別の実験を試みることにした。


このスキルには、何か隠された力があるはずだ。


頭の中で、燃え盛る炎の音をイメージする。


「業火に抱かれ、塵すら残さず消え去るがいい……!」


手を振り下ろす。


――ブオッ……パチパチ……!


突如として、乾いた木々を焼き尽くすかのような爆ぜる炎の音が森に響き渡る。

火の粉が舞い、炎がうねりを上げて広がる――そんな錯覚を覚えるほどの音。


しかし。


太郎の眼前に広がる景色は、先ほどと一切変わらない。


生い茂る草木は無傷のまま、瑞々しい緑を湛え、風に揺れている。

焦げた匂いすら感じられない。


太郎はゆっくり腰を下ろし体育座りすると、震える手を草木へとかざした。


「……」


熱気は――ない。

暖かさすら――ない。

そして当然、炎も――存在しない。


音だけが、空虚に響いていた。


「(……ま、ま、ま、まだだ、まだ判断を下すには…は、早い。)」


自らにそう言い聞かせるように呟き、太郎はさらなる可能性を模索する。


攻撃の威力を試すのなら、実際に野生動物へ向けて放ってみるべきだ。


彼は思い出す。


海外ドラマで耳にした、骨が砕ける音。頭が潰れる音。鋭利な刃物が肉を断ち切る音。


それらを――目の前にいた野生動物へ向けて発生させた。


「塵芥ども!混沌の異能…受けよ」


――ピキピキッ……バキッパーンッ……グシュ…ズバッ……!


おぞましい破壊音が木々の間に反響する。


小動物たちは音に驚き、パニックを起こし、一目散に森の奥へと逃げ去っていった。


……ただ、それだけだった。


どれほど残虐で恐ろしい音を響かせようとも、野生動物の身体には――傷ひとつついていない。


血も流れない。

肉片も飛び散らない。


何のダメージも、与えられなかった。


ただ、耳にした者を怯えさせることができるだけ。


しかも、大音量でも小音量でも振動は同じで大したことがなかった。


それが、太郎に与えられた《力》の真の姿だった。


「…(詰ん――いや…待て…)フッ…クク…そうだった…これは、我が力の片鱗を解放したに過ぎん。」


攻撃力0の力に絶望しそうになる太郎――だが、彼はまだ諦めていなかった。


スキルが使えないなら、˝己˝の肉体を使えば良い。


異形の怪物へと転生したのなら、その素の力は並の人間を遥かに凌駕しているはずだ。


2メートルを超えたの巨体に、禍々しい触手、弱いわけがない。


考えてみればこれはチャンスなのだ。


怪力を持つ異形の邪神として、世界を震撼させる存在になれるかもしれない。


「ククク……そうとも。音を操るだけが力ではない。我が異形の肉体こそ、真なる武器!そして真の力!」


太郎は自らを鼓舞するように呟き、目の前にそびえ立つ一本の木を見据えた。


しっかりと根を張り、青々とした葉を茂らせるその木は、まるで試練の門のように感じられる。


「フフ……まずは、これを粉砕し、無に還してやろう……!」


彼は触手を軽く動かし、感触を確かめる。


しなやかで、しっかりとした弾力がある。


太郎の触手は、まるで巨大なトゲつき鞭のようだ。


「(いける……!)」


太郎は大きく深呼吸し、己の内に漲る力を高めるイメージをする。

全身の触手がわずかに震え、無数の眼がギラリと光る。


「はあぁぁぁ……!」


気を練るように呼吸を整え、狙いを定める。


そして――


「――喰らえッ!天地の理を狂わす終焉の衝撃っ!ラグナロク・カオスウルトラ・ブレイクウゥっ!!」


全力を込めた一撃が放たれた。


太郎の触手が鋭く振るわれ、空を切り裂くようにしなりながら木へと叩きつけられる。


――バシィィィィン!!!


強烈な打撃音が森に響き渡る。


鳥たちが驚き、一斉に飛び立っていった。


だが――


トゲによって傷は多少ついたが、木はびくともしなかった。


むしろ、叩きつけた触手のほうがビリビリと痺れ、ジワリと痛みが広がる。


「……ん?…あ、あれ?」


次の瞬間、ズキィィィン!!と触手に激痛が走った。


「ぐあぁぁぁぁッ!?」


太郎は転げ回った。


異形の存在となっても、痛みはしっかりと感じるらしい。

のたうち回りながら、彼は改めて現実を思い知らされた。


「くっ…まだ我は、冥府の囁きに囚われているのか?……(ま、待ってくれ…俺…弱くない…?)」


異形の怪物となったはずなのに、スキルは音を出すだけ。

身体能力すら、並みの木に打ち負けるレベル。


まるで、ただの化け物のコスプレをした高身長の一般人だ。


地面に伏しながら、太郎は静かに絶望した。


太郎は、ゆっくりとその場に膝をついた。


そして――


「クッ……運命の歯車が完全に狂ったか……!(やべぇ!!詰んだっ…!?)」


本当の絶望が、彼を襲った。


田中太郎の未来がどう、転ぶかそれは本人すら分からない。






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