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邪神教と騎士団②

重々しく、赤黒の教会の大扉が音を立てて開かれる。


それはまるで、聖域にして穢れた異界への門が、来訪者を招き入れる儀式のようだった。


扉の奥に現れたのは、白銀の光を纏う10人の騎士。


その胸に刻まれた紋章は、空を翔ける太陽――正義と清浄を掲げる《晴天の騎士団》の象徴。


彼らの姿は、闇を払う剣としてこの地に差し込まれた光のようであり、同時に、嵐の予兆としての静けさも纏っていた。


祭壇の前に立つ一人の男が、ゆっくりと微笑んだ。


深紅と漆黒を纏うローブの裾が、静かに揺れる。


その男の名は――セラフィス。


「ようこそ、私の名前はセラフィス。邪神クトゥル様を信仰する深淵の神域の教祖をしています。」


彼の声は柔らかく、穏やかでさえあった。


「その紋章――晴天の騎士団とお見受けします。別の神を信仰する貴方たちがどうして、こちらへ…?」


だがその柔和な物腰の奥に、何か冷たいものが宿っていることに、騎士たちは本能で気付いた。


その問いは、敵意でもなく、拒絶でもなく――あまりにも自然で、あまりにも奇妙だった。


レオンが、一度目を伏せて息を整えようとする。


その瞬間、背後から小さく息を呑む気配が響いた。


振り返ると、仲間たちは皆、前方の一点を凝視していた。


視線の先――静寂のなかに、かすかな足音が響き始める。


コツ、コツ、と均整の取れた三つの足音。


それは高すぎもせず、低すぎもせず、だが確かな存在感を持っていた。


そして現れる、三人の女たちの影。


アリシア。ミレイユ。フレイヤ。


その名を知らずとも、男たちは思わず言葉を失う。


美しくも凛々しい気配をその身に纏っていた。


「う…美しい…」


騎士団の誰かが呟いた。


彼女たちがただそこにいるだけで、空気は変わった。


白く輝く髪と、赤黒いローブのコントラストが目を奪うエルフのアリシア。


その姿は、聖と邪のはざまに生きる一振りの銀刃のように凛とし、ただ立っているだけで空気を震わせる。


隣に立つ、赤黒い鎧を纏った長身の女性――フレイヤ。


鎧の隙間から覗くしなやかにして鍛え抜かれた筋肉は、女性であることを忘れさせるほどの威容を放つ。


その堂々たる立ち姿には、まさに戦女神の如き風格があった。


そして最後に姿を見せたのは、ミレイユ。


赤黒く扇情的なドレスが身体に絡みつき、歩くたびに布の隙間から覗く柔らかな曲線が艶やかに揺れる。


しかしその瞳に宿る光は、ただの艶美ではない。


そこには、支配する者の誇りと、踏みつける者への無言の圧があった。


三人が並び立った瞬間、聖堂の空気は明らかに変質した。


晴天の騎士団の面々は、無意識のうちに息を呑んでいた。


誰もが、まばたきすら忘れ、その場に立ち尽くす。


唾を飲み込む音が、やけに大きく耳に残る。


理性では抗えない――そんな感覚が、彼らの内奥を満たしていく。


それは戦場で感じる殺気とも、神殿で受ける敬虔さとも異なる、もっと深く、もっと原初的な感情。


緊張とも畏れとも名づけがたいその熱が、鎧の下、皮膚の奥からじわりと立ち上がってくる。


美しさという言葉では収まりきらぬ存在が、そこにあった。


彼女たちに、邪神教に入信しないかと誘われれば、迷ってしまいそうだった。


だが――そのとき、沈黙を裂くように、鋼が石を打つ硬質な音が鳴り響いた。


鋭く乾いた音は、堂内の空気を一瞬で張り詰めさせる。


レオンの槍が、威圧の意志と共に硬い石床を打ち据えたのだ。


それは、まるで天から雷が落ちたかのような衝撃だった。


「っ!?」


その雷鳴のような響きが教会中にこだまし、目を奪われていた騎士たちは一斉に我へと返る。


誰ともなく、頬を強く叩く音が小さく響き、浅い呼吸を整える音が次々と続いた。


一歩、また一歩と、視線を逸らし、己の魂を戦場へと引き戻すように、騎士たちはそれぞれの剣の柄を握り締めた。


それは、己を律するための儀式のようだった。


胸に刻まれた「晴天の騎士団」の名に恥じぬ誇りが、かろうじて男たちの理性を支えていた。


その誇りこそが、異質の美と妖しさに満ちた空間で、彼らの存在を揺るぎなきものにしていた。


もはや、9人の足取りには迷いはなかった。


その瞳に、先ほどまでの動揺の影は一片もない。


そこにあるのは、ただ信念と使命の光――神の名のもとに歩む者のまなざしだった。


「貴殿が、セラフィスか。私は晴天の騎士団―副団長のレオンであるっ!」


場を整えたレオンは、一歩前に進み出ると、手にした槍をまるで杖のように床へと突き立てた。


石の床に深く根を張るように、それは揺るがぬ意志の象徴となっていた。


彼の口から放たれる言葉には、ただの名乗りを超えた威厳と重みがあった。


それは神の加護を受けた騎士としての自負、そして、この地に正しき光を取り戻さんとする者の、静かな宣戦布告であった。


教会の中は、ひときわ深い沈黙に包まれていた。


蝋燭の灯が揺れ、その炎がレオンたちの白銀の鎧を、赤黒く不吉な光で染め上げていた。


「我らはただ一つ。正義を正しき形に戻すためにここへ来た。貴殿らの信仰――いや、狂信は、˝本来の神への冒涜˝だっ!」


レオンの言葉は、刃のように鋭く、容赦なく空間を切り裂いた。


その声音には怒りではなく、冷えきった確信が込められている。


一片の感情すら乗せずに紡がれたその断罪は、理をもって裁きを下す者の冷酷さそのものであった。


対するセラフィスは、わずかに微笑を残したまま、首を横に振る。


その仕草は、どこまでも柔和で穏やかだが、内に宿す諦観がそこに滲んでいた。


「少し話し合いをしませ――ふぅ…無理のようですね…」


その声は静かで、まるで初めから結果が見えていたかのように乾いていた。


セラフィスの目に、対話の余地などすでにないことは明らかだった。


騎士たちは、返答もなくその場に立ち尽くす。


ただ、鋭く冷たい視線を、まるで槍のようにセラフィスたちへと突き刺す。


彼らの手が、無意識のうちに剣の柄を固く握る音が微かに響いた。


それはもはや、心の準備ではなく、戦の始まりを予感した者たちの無言の合図だった。


対峙する三人の女――アリシア、ミレイユ、フレイヤもまた、沈黙の中で各々の役割を見据えていた。


アリシアは緩やかに身構え、視線を僅かに流し、周囲の気配に神経を尖らせる。


フレイヤは力強く腰を落とし、わずかな隙も見せぬように己の存在を石壁のように構えた。


ミレイユの瞳は妖しく輝き、唇の端にうっすらと笑みを浮かべながらも、何時でも魔法を発動できるように、魔力の流れを掌に集めていた。


全てが静寂の中に均衡する――まるで、嵐の直前の静けさだ。


「……やれやれ、神への冒涜という名は便利なものですね。思考を停止し、剣を振るうことに、これほどの自信を与えてくれるとは…」


セラフィスは、肩をすくめながら小さく吐息をついた。


皮肉とともに吐かれたその言葉が、場の空気に僅かな波紋を与えた、その瞬間――


空気が変わった。


教会内を包んでいた静寂が、重々しく軋み始める。


「っ、セラフィス!僕の後ろにっ!」


アリシアの叫びは、鋭く教会の空気を裂いた。


その声と同時、彼女は流れるような動きで一歩前に出る。


その一瞬の隙を突くように、晴天の騎士団の一人が鋼を抜いた。


白銀の光が閃き、神聖なる怒りを込めた一閃が、空を切って振り下ろされる。


「問答無用!貴様ら全て――神に仇なす異端!」


剣は、雷のように鋭く速かった。


その一太刀に込められた信仰と使命は、迷いなき断罪の意志となって突き刺さる。


だが――それより速く、地を踏み鳴らした音があった。


「遅いなっ」


唸りと共に現れたのは、血のように赤黒い鎧に包まれた女――フレイヤ。


彼女が抜いた大剣は、まるで巨岩を叩きつけるかのような重さと鋭さを帯びていた。


交差する剣戟は雷鳴のごとき衝撃音を放ち、空気を震わせ、教会内の燭火を乱した。


衝突の瞬間、振るわれた騎士の剣は無惨にも弾かれ、その身体が宙を舞う。


「ぐぁっ!?」


鈍い悲鳴とともに騎士は吹き飛び、石床に転がった甲冑が激しく鳴る。

白銀の輝きが血のような光に染まり、教会に戦の幕開けを告げる轟音が残響する。


「ミレイユ、アリシアっ。俺のサポートしっかりしろよ!」


フレイヤが咆哮にも似た声を上げ、肩越しに二人を振り返る。


身の丈ほどもある大剣を軽々と扱い、鋼を振るうたび、空気が唸りをあげる。


陽の光を失った教会の中、その褐色の肌が汗に濡れて鈍く光った。


「ふん。誰に物を言ってるのかしらっ。アタクシの魔法があれば、貴女が傷物になるなんてありえないわ!」


自信たっぷりに返すミレイユの瞳は、すでに戦場の只中を捉えていた。


その姿は、まるで舞台の女王のような存在感を放っている。


「僕が活躍するから…」


アリシアは小さく呟きながらも、手にした杖をしっかりと握りしめる。

白銀の髪が揺れ、戦意のこもった瞳が前方を見据える。


「っ…面倒だ…先に女どもを始末しろっ!」


レオンの命令が鋭く空気を裂いた。


即座に反応した騎士たちが剣を構え、ミレイユたちへと向かって突進する。


甲冑の足音が石床を震わせ、教会の静謐を力任せに蹂躙するように、殺意が走った。


「うふ。アタクシに触れていいのは、セラフィスだけよっ。囁きに惑い、刃を逸らせ――『ウィスパー・ゲイル』」


ミレイユが高らかに詠唱し、彼女の指先から淡い蒼の光が放たれる。


瞬く間に複雑な魔法陣が空中に展開され、風の精霊が囁くような音とともに、霧のような風が教会内を満たしていく。


その風は、騎士たちの視界を微妙に歪め、感覚を狂わせる。


踏み出した一歩が僅かにズレ、剣の軌道が予期せぬ方向へ逸れていく。


「銀嶺を裂け、雷の舞脚――『ライオット・ヴォルト』」


続けてアリシアの詠唱が紡がれる。


彼女の周囲に浮かぶ魔法陣がまばゆい光を放ち、次の瞬間――杖の先から青白い雷撃が幾筋もほとばしった。


教会の空間が一瞬、昼間のように照らされ、閃光が騎士たちの甲冑を焦がす。


アリシアたち――かつて〈ゴールドランク〉の称号を持ち、数多の戦場を駆け抜けた冒険者たちが、一斉に力を解き放つ。


教会の空間は、一瞬にして魔力の奔流に満たされ、その場の空気すら震えるかのようだった。


その連携は、華麗にして獰猛。


風、雷、そして鋼が一体となり、晴天の騎士団が誇る整然とした布陣をたやすく切り崩していく。


視界に閃光が走り、耳をつんざくような魔法の炸裂音が響き渡る。


戦場に身を置く者たちすら、思わず息を呑むほどの苛烈な連携――それは、単なる魔力のぶつかり合いではない。


研ぎ澄まされた技と、信頼に裏打ちされた動きが、まるで舞踏のように錯綜する。


騎士たちは、目の前の現実に驚愕する。


かつて、神の加護を受け、正義の名の下に称えられた者たちが――

なぜ今、異端の象徴とされる教会に身を寄せているのか。


なぜ、その魔法が、かつて以上に研ぎ澄まされているのか。


その問いは脳裏をよぎるが、言葉として発せられることはなかった。


応える暇も与えられぬまま、斬撃と魔法の応酬が、容赦なく襲いかかる。


火花が散る。

剣が軋む。

光が迸る。


やがて、荘厳だった教会は、神聖の象徴であることを忘れ去られ、激しい衝突の中心――戦場と化していった。


その最中、セラフィスはただ一人、祭壇の前に立ち続けていた。


胸元に手を当て、静かに、まるで祈るように目を伏せる。


戦乱に包まれたその姿は、あまりにも静謐で、あまりにも不動だった。


「信じるべき神が、果たして一つであると、誰が決めました…?」


静かに紡がれたその囁きは、混沌のただ中では誰の耳にも届かない。

それでも、言葉は確かに存在した。




―――




「まさか……これほどとは……っ!」


赤黒い瓦礫の中、地面に膝をついたレオンが、喉の奥から血の混じった吐息を漏らす。


白銀の鎧は幾筋もの亀裂を刻まれ、そこから溢れた鮮血が、かつて神に仕える者の誇りを静かに濡らしていた。


戦いの余波が過ぎ去った後の教会の広場は、まるで地獄の残滓のように荒れ果てていた。


大地は焼け焦げ、崩れた石畳には深く裂け目が走り、その隙間から立ちのぼる熱気が、赤黒い礼拝堂の威容を幻のように揺らめかせている。


立っているのは、もうレオン一人だった。


誇り高き晴天の騎士団は、すでに全滅していた。


鋼の誓いを胸に抱いた彼らの屍が、崩れ落ちた礼拝堂の周囲に沈黙のまま横たわっていた。


セラフィスは、微塵の傷もないローブの裾を指先で軽く払うと、長く息を吐いた。


その吐息はまるで慈悲か、あるいは諦念か――


「……これが信仰の力の差、ということですね…。もう少し冷静であれば、君たちとも対話の余地があったのですが…」


静かに、そして確実に告げられたその言葉に、アリシアがすっと杖を前に構える。


戦場に再び緊張が走る。


「終わりだね」


その声音は淡々としていたが、決して情を交えぬ冷ややかさがあった。


一方、フレイヤは肩に担いだ大剣を軽く揺らしながら、一歩前に踏み出す。


金属が軋む音とともに、鋭い眼光がレオンを貫いた。


「お前本当に男か…?俺の足元にも及ばねぇな!」


その挑発のような一言は、もはや勝敗の決した今となっては、容赦なき断罪にも似ていた。


ミレイユもまた、指を鳴らしながら揶揄するように言葉を放つ。


彼女の周囲にはまだ魔力の残滓が漂い、補助魔法の光が揺らぎ、空気そのものが細かく震えていた。


「オーッホホホッ!元冒険者のアタクシたちの足元にも及びませんわっ!」


その声音には余裕と冷静さが滲み、彼女の内に残された戦闘力の高さを否応なく感じさせた。



―――



「さてっと…どうする…?セラフィス…?」


「っ…セ、セラフィス殿…私は…降伏する」


フレイヤは、大剣をレオンに向けたままセラフィスに目配せする。


レオンは辺りの血に塗れた部下たちを目にし、背筋が凍る。


血に濡れた石畳の上で、レオンは両膝をつき、重く垂れた頭を揺らしながら、か細く呟いた。


その声には、かつての誇りも威厳もなかった。先ほどまで剣を掲げていた騎士とはまるで別人のようだった。


「˝私˝は降伏を受け入れるつもりですが…後ろにいる方々はどうやら…無理なようですね」


セラフィスは柔らかな声でそう告げると、目を細めながらレオンの背後に視線を向けた。


その微笑みは、まるで誰かの失敗を赦す教師のように穏やかで――それでいて、決して救いをもたらさぬ冷淡な神のようでもあった。


異変に気づいたレオンは、震える手で振り返る。


そこにいたのは――


狂信者たちだった。


クトゥルを信仰する者たちが、いつの間にか教会の奥から現れ、静かに、だが確実にレオンを囲んでいた。


その手に握られていたのは短剣、鎌、そして鋭く削られた農具。


武器とは呼べぬそれらが、信仰の象徴であるかのように、彼らの指に食い込むほど強く握られていた。


その目には理性の色はなかった。


ただ、神への忠誠と、神を否定した者への怒りだけが燃えていた。


「我らの神を否定し、刃を向けた者どもだ……!」


「赦されると思うなッ!!」


声が重なり、響く。


その憤怒の叫びに、レオンの顔が青ざめる。


「やめろ……降伏を――」


哀願の声が漏れた瞬間――


銀の閃光が教会の薄闇を裂き、刃が振り下ろされた。


悲鳴が響く。


鋼が肉を裂く音。命乞いの声。足掻き、叫び、そして沈黙。


教会の中を満たしていた緊張は、今や血と狂気の熱に呑まれ、静かに染め上げられていく。


その光景を、セラフィスは一歩下がった位置から静かに見下ろしていた。

眉ひとつ動かさず、やがてそっと瞳を閉じる。


アリシアたちは、一切動かなかった。


彼女たちの任は明確だ――セラフィスの護衛。


彼が剣を振るわぬ限り、彼女たちもまた、戦わぬ。


どれだけ目の前で血が流れようと、それがセラフィスの意思であるなら、従うだけ。


それが、かつて冒険者だった彼女たちの今の在り方だった。


やがて、空気が静まり返る。


ただ血の匂いだけが残り、教会の奥、黒き祭壇が無言でそのすべてを見下ろしていた。


こうして――レオンたち晴天の騎士団は、リナウテキメノスからその姿を消した。


生存者の消息は不明。

彼らが故郷に戻ることは、二度となかった。




―――




血の痕が洗い流された赤黒い石の床に、淡い香の煙がゆらゆらと立ち昇っていた。


その香は、ただの焚香ではない。忘我と静寂を誘う、特別に調合された祈りの香。


礼拝堂の天井近くまで漂うその香気の中、信者たちは整然と並び、無言のまま祈りを捧げていた。


教会の奥、祭壇の裏手――。


外界の喧噪を拒絶するような静謐の中、セラフィスは微かに揺れる香煙を背に、瞳を閉じて立っていた。


足音が、ひとつ。


しっとりとした絨毯を踏みしめて現れた影が、彼の傍らでぴたりと止まる。


「セラフィス様、信者の増加が加速しています。晴天の騎士団が敗れたという噂が広まり……『神を否定する者を打ち倒した真なる導き手』として、各地から信仰の流入が…」


柔らかくも芯のある声が、静けさを破らぬように響いた。


言葉を口にしたのは、元ギルドの受付嬢――今や秘書としてセラフィスの傍を支えるアルラだった。


セラフィスはゆるやかに目を開ける。


その瞳は、まるで嵐の底に潜む深海のように静かで、計り知れない深さを湛えていた。


そして――彼の口元に、穏やかな笑みが浮かぶ。


「予想通りですね」


まるで、すべてが計画の一部であるかのように。


「ふふ……噂というのは、実に便利なものです。何も語らずとも、私たちの信仰は勝手に神格を帯びていきます…クトゥル様もさぞお喜びになることでしょう…」


柔らかな声が、香煙の揺れる静寂の礼拝堂に溶けるように響いた。


セラフィスは細めた目をステンドグラスに向けたまま、まるでその奥にいる神へ語りかけるように微笑んでいた。

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