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ティルナモのダイヤモンド冒険者③

荒野を越えた先、風景は一変した。


切り立った岩壁が迫り出し、両側から鋭く喉元を狙うように広がるその地形は、まるで巨大な竜が大口を開けているかのようだった。


岩は黒く乾き、地はひび割れ、ところどころには奇妙に蠢いたような崩れた石の塊。


木々は一本も見当たらず、土はどこか血の気を失ったようなくすんだ色をしている。

音がない。風すらもこの谷を恐れて通わぬようだった。


「……ここがリウムの谷」


先頭に立つエドワールが足を止め、静かに周囲を見渡す。


その声には、わずかな警戒がにじんでいた。


「エドワール様っ」


カトリーヌの声が鋭く空気を切る。


彼女の指さす先──乾いた石の地面に、奇妙な痕跡が点在していた。


「足跡か……?」


エドワールが近づき、目を細めて観察する。


「そのようですね…」


応じたカトリーヌはすぐにしゃがみこみ、手袋越しに跡をなぞった。


それは確かに人の足跡に似ていた。

だが──何かが違う。


土の色に馴染まぬその凹みは、規則的に並び、確かに歩いた痕跡を残していた。


けれど、それは途中で唐突に──


「……途中で止まってる。…いえ、ここで、終わってる…?」


「いや……終わってんじゃねぇ。変わったんだよ、ここでな」


低く響く声とともに、バルトロメウスが前方を指さした。


全員の視線がその先に集中する。


そこに立っていたのは──人間の像だった。


石化した誰かの姿。


灰白色の質感は自然な岩とは異なり、わずかに人体の柔らかな線を保っていた。


顔は恐怖と苦痛に歪み、片腕は胸元を庇うように掲げられている。

逃れようとした動きのまま、時間ごと凍りついたかのように。


「……石化」


カトリーヌの声が沈み、ほんの一瞬、その表情が陰る。


彼女は静かに像へと歩み寄り、そっと手を伸ばした。

だが触れることはなく、その指先は空中で止まる。


「生きたまま……視線で石に変える。それがバジリスクの力。人の心すら固めてしまう、最悪の魔性」


ヴィオレッタは囁くように言葉を紡いだ。


その声は谷の空気と同化するように静かで、けれど確かに皆の耳に届いた。


彼女の赤い瞳が、谷の奥へとわずかに細められる。


「……静かね。静かすぎるわ」


その言葉に、全員が耳を澄ませた。


風は──止んでいた。


ただの無風ではない。空気そのものが息を潜め、動くことを忘れたような異様な沈黙。


草一本ない大地に、鳥の影もなく、虫の羽音すら響かない。


谷の広がる岩場には、それが点在していた。


まばらに散らばる、灰白の像たち。


人の形をしながらも、そこには生のぬくもりも、時の痕跡すらなかった。


ある者は、絶望に顔を引きつらせたまま駆け出す姿勢で。

ある者は、剣を振り上げた瞬間の、叫びの形で。


またある者は、誰かを庇うようにして──その命のすべてを、石の中に閉じ込められていた。


その数は十や二十ではない。


ここはまるで、忘れられた墓標のようだった。


「……こりゃ…すげぇな…こんだけの数の人間を石化できるもんなのか……」


バルトロメウスが笑みを消し、低く呟いた。その声は谷の冷気に溶け、乾いた岩肌にしみ渡るようだった。


言葉の裏には、幾多の死地をくぐり抜けてきた者だけが持つ確信と諦観が滲んでいた。


「ええ。そしてこの場所自体が、既に生還を許されない領域だということ……」


カトリーヌは静かに立ち上がった。


スカートの裾が、谷底を吹き抜けるわずかな気流にふわりと揺れる。


それは、嵐の前の予兆にも似た静寂だった。


──そのとき。


カッ……カッ……カッ……。


空気の裂け目のように、微かな音が落ちてきた。


乾いた石を靴が踏む音。それは一定のリズムで、どこからともなく響いてくる。


誰も言葉を発さなかった。


四人は一斉に身を強ばらせる。


エドワールは無言で刀の柄に手を添え、視線を岩の隙間へと鋭く向けた。


ヴィオレッタは杖をわずかに傾け、紅い瞳に魔力の揺らぎを宿す。


カトリーヌは微動だにせず、ただ周囲の気配を読み取ろうとしている。


バルトロメウスの呼吸が深くなる。重戦士としての勘が、危機の到来を告げていた。


風は──吹いていない。だが、全員の背筋を確かに冷たいものが這い上がった。


「……気配がある。斜面の上……いや、三時の方向……」


エドワールの声は低く鋭く、まるで刃のようだった。


彼は躊躇なく剣を抜く。


鞘から滑り出した長い銀白の刃は、月光銀と呼ばれる希少な金属──薄明の空気を裂くその一閃が、場の緊張を確かに刻んだ。


空気が静かに震えたその刹那、カトリーヌの視線が遠方へと吸い寄せられる。

瞳が細まり、指先がぴたりと止まる。


「──いましたね…」


その言葉と同時に、四人の視線が一斉にその影を捉えた。


谷の上、崖の縁に、異様な存在が身を潜めていた。


岩に擬態するような灰褐色の巨体。


皮膚はひび割れた岩肌と見分けがつかず、しかし確かに、そこに生の気配がある。


緑泥のように濁った眼光が、遥か下方にいる彼らを見下ろしていた。


まるで、ただの獲物を見るかのように。


──バジリスク。


忌まわしき石化の魔眼を宿す、古代より恐れられし魔獣。


その視線ひとつで命を石に変え、時間すらも封じる。


この谷に点在する無数の像──それは彫刻などではない。


死を目撃し、恐怖に凍りついたまま魂を閉ざされた人間たちだった。


「……来るわよッ!!」


ヴィオレッタの鋭い声が、谷の空気を裂く。

杖を握る手に瞬時に魔力が集まり、紅の閃光が瞬く。


──ゴォン……ッ!


音なき地鳴りが走る。


空気が唸り、岩が軋んだ。


バジリスクの巨体が、まるで山の一部が崩れ落ちるかのように姿を現した。


岩を砕き、砂を巻き上げ、猛然と崖から地上へと降り立つ。


その動きは信じられないほど滑らかで、重さを感じさせぬ俊敏さを秘めていた。


瞬間、風が逆巻き、死が音を立てて動き出す。


逃げ場など、もうなかった。


谷そのものが奴の縄張り。


ここは狩場であり、舞台であり──墓標でもある。


次に石となるのは、果たして誰か。


戦いが、始まる。



―――



巨体のバジリスクがその姿をあらわにした瞬間、

空気が、一変した。


だが──四人の冒険者たちは一歩も退かない。


誰一人として、叫ばず、慌てず、動揺せず。


それは恐怖を知らぬのではない。


幾千の死地を越えてきた者だけが身にまとう、覚悟と規律の証だった。


瞬間、エドワールが鋭く周囲を見渡し、簡潔に命を下す。


「布陣を取る。前衛、私とバルトロメウス。…ヴィオレッタ、後衛火力支援。カトリーヌは補助に徹しろ。合図で開始する…」


声は低く、静かに響いた。


だがその響きには、揺るぎなき信念と、百戦錬磨の経験が宿っていた。


バルトロメウスは重々しい戦斧を肩に担ぎ直し、ニッと口角を吊り上げる。

その笑みには、闘志が宿っていた。


「了解だ。…獣と真っ向からやり合えるなんざ、久々でワクワクしてきたぜ……!」


バルトロメウスは豪快に笑いながら、戦斧を握り直した。


その腕には、幾度もの戦を潜り抜けた戦士の誇りと、今まさに血が沸き立つような高揚が宿っていた。


足元を蹴り、前衛としての位置に滑り込む。


背後で、ヴィオレッタが冷ややかな微笑を浮かべ、ローブをなびかせる。


その動きと同時、杖が大地に突き立てられ、周囲の空気がびりびりと震えた。


「魔力圧、異常なし。天より煉獄を降らせてやるわ……お好きに暴れなさい、前衛の二人っ」


彼女の言葉に続くように、地面の魔方陣が静かに輝き始める。


魔力の奔流は彼女の全身から放たれ、空をも焦がす紅蓮の前兆を生み出していた。


一方で、カトリーヌは目を閉じ、深く息を吸い込んだ。


その細く白い指先が静かに動き、癒しと守護の魔術を紡ぎ出す。


「まずは防御から……光の衣よ、我を護りたまえ――『ルミナス・アーマー』!」


優しく、しかし確かな意志をもって放たれたその詠唱に応じ、

黄金の光がバルトロメウスとエドワールの全身を包む。


輝く衣のような聖なる光が、魔獣の力を跳ね返す盾として彼らの身体を守る。


それは、バジリスクの放つ攻撃を一定時間軽減する。極めて精妙な魔法──人間とエルフのみが扱えるとされる光属性の魔法である。


準備は、整った。


エドワールが一歩前に出る。


月光を纏った銀の刃が、静かに振り下ろされる寸前のように煌めいた。


「始めるぞ。足を止めるな、各自、三秒後に全力で展開しろっ!」


その言葉と同時に、谷間に一陣の風が吹き抜ける。

冷たく、乾いた風。血と死と、戦いの予感を運ぶ風だ。


「──行くぞッ!」


エドワールの声が空気を裂いた瞬間、彼の身体は風を纏って疾走した。


一歩ごとに足元の土が弾け飛び、その動きはまさに風刃のごとく鋭く、無駄がない。


抜き放たれた長刀が、光の軌跡を描く。


「刃よ、風となれ──蒼牙・一閃!」


刹那、風が唸った。


放たれた剣閃は空間そのものを裂き、目にも留まらぬ速度でバジリスクの側頭部を掠める。


次の瞬間、風の斬撃が炸裂し、魔獣の巨体を微かに仰け反らせた。


その隙を逃さず、雷鳴とともにもう一人が突貫する。


「雷吼よ、斬撃に宿れッ!!喰らえや、この化けモンがァ!!」


咆哮のような叫びとともにバルトロメウスが跳び上がった。


その両腕には、稲妻が絡みつくように走っていた。


雷光を纏った戦斧が唸りを上げ、地を叩き割るような力でバジリスクの鱗に命中する。


激しい火花が舞い散り、硬質な鱗が軋む音が谷に響いた。


巨大な胴が激しくのたうち、バジリスクが首を振り上げ、怒りと痛みに満ちた咆哮を上げる。


──それはただの斬撃ではない。


エドワールとバルトロメウスが使用したのは、ティルナモで独自に発展した戦闘技術──


武器に魔法を融合させて放つ――ティルナモ式魔法技能。

魔力と肉体の技を融合させた、都市の最前線で磨かれた戦法だった。


「――ヴィオレッタ、いけ!」


エドワールの号令が谷に響いた瞬間、ヴィオレッタの口元に冷ややかな笑みが浮かぶ。


その手に握られた杖が、空に向かって一閃された。


「ええ、待ってたわっ…行くわよっ!……焔よ、空を焦がしなさい――『フレイム・インフェルノ』!」


天に描かれた紅蓮の魔法陣が唸りを上げて回転する。


直後、地を割るような轟音と共に、幾本もの炎柱が天より降り注いだ。


炸裂する焔が谷を染め、岩が赤熱し、大気が波打つ。


バジリスクの巨体は爆炎に包まれた。だが──それでも奴は崩れない。


灼熱を物ともせず、怒りを孕んだ濁った双眸が、炎の奥から浮かび上がる。


「来る……ッ、石化の眼!!みんな、下がって下さいっ!」


カトリーヌの声が鋭く響く。すでに詠唱は始まっていた。


「――皆は私が守りますっ……澄み渡れ、穢れを流す聖なる波――『クリアランス・ウェイブ』!」


その祈りと共に、光の奔流がカトリーヌを中心に広がっていく。


柔らかながら力強い聖なる波が、空間に渦巻く呪いを押し流し、

バジリスクの視線が放った死の力を霧散させる。


石化の気配が弾け飛び、仲間たちは直撃を免れた。


火・水・氷・風・雷・光・闇。

このウロボロスにおいて、属性魔法は七つに分類される。

そして原則として、どんなに才能があろうとも、人が生まれ持つ資質は一属性のみ。

一人の魔法使いが使える属性は、一つだけ――それが、この世界の絶対的な理だった。


だが――カトリーヌは、その例外だった。


彼女は、誰もが羨む家柄の出ではなかった。


だが、彼女の中に流れていたのは、名誉や血筋などを遥かに凌駕する、圧倒的な˝才˝だった。


生まれながらにして魔力の奔流をその身に宿し、幼少期から、まるで自然の呼吸のように魔法を扱ってきた。


その輝きは一つの属性に収まるものではなかった。


カトリーヌは――光と水、二つの属性を操る、稀有なる存在で、ダイヤモンドクラス冒険者になった頃には、平民だった彼女は貴族にまで上り詰めた。


「ナイスだっ……!」


「カトリーヌ、助かったわ!」


「油断しないで下さい……。あの眼の殺意は、本物ですっ」


ヴィオレッタが魔力を再構築し、バルトロメウスは斧を構え直す。


エドワールの剣はすでに次の斬撃に備えていた。


四人の冒険者たちは、互いの能力と呼吸を正確に重ね、戦場を掌握し始めていた。


だが──。


バジリスクはただの猛獣ではない。


このリウムの谷に長く君臨し、幾度もの討伐隊を葬ってきた、

人を狩る術を知る狡猾なる捕食者。


大地が唸りを上げた。


バジリスクの喉奥から響く咆哮が谷を震わせ、空気までもが打ち震える。


その瞳には、もはや怒りではない。

それを超えた本能的な殺意が、剣よりも鋭く冒険者たちに突き刺さる。


そして次の瞬間──


バジリスクの双眸が淡く輝き、その視線が前方一帯へと解き放たれた。


「危ないですよっ…!石化が来ますっ!今、魔法を――」


「……いや、待て、カトリーヌ!」


「っ!?」


魔力を込めかけたその手を、エドワールの声が制止する。


彼の視線は、バジリスクの動きを見逃していなかった。


それは視線による石化ではなく、ただの誘い。

敵の狡猾な囮だった。


──直後、バジリスクの顎が裂けるように開かれる。


その口腔から放たれたのは、濁った青緑の瘴気。


腐臭混じりの毒が風に乗り、戦場全体を覆い尽くす。


「ッ、毒──!皆、後ろに!」


カトリーヌは即座に判断し、霧に包まれた視界の中、白銀の槍を天に掲げる。


声は震えていない。ただ静かに、祈るような響きで呪文を紡いだ。


「癒しの霧よ、息吹となって広がれ――『ミスト・ブレス』!」


彼女の放った光霧が、瘴気の中へと溶け込んでいく。


淡い癒しのミストが広がると同時に、毒の気配が徐々に薄れていく。


まるで霧が毒を包み込み、清めるかのように──そして、それに呼応するように、視界が徐々に晴れていった。


呼吸が戻る。

咳き込んでいたバルトロメウスが、肩で息をしながら呟く。


「……助かったぜ。マジで……今のはヤバかった」


「ナイス支援、助かったわ」


ヴィオレッタが微かに口元をほころばせ、杖の先を軽く払って霧の名残を散らすように振る。


「いえっ……もしあの時、『クリアランス・ウェイブ』を使っていたら……私たち全員、毒の瘴気に巻き込まれていました。すみません……」


カトリーヌの声には悔しさと責任感が滲んでいた。だが、すぐにエドワールの静かな声がかぶさる。


「カトリーヌ……謝る必要はない。状況に応じた判断だった。それで十分だ」


「そうよっ!今は集中しなさいっ!」


ヴィオレッタが鋭く言葉を飛ばすと、カトリーヌはハッと我に返り、小さく頷く。


「は、はいっ!」


その刹那、大地が低く唸りを上げた。


──来る!


岩盤すら揺らすような地響きと共に、バジリスクの尾が唸りを上げてうねり、バルトロメウスへと向かって猛然と振り下ろされた。


あまりにも速い。

回避は、間に合わない――!


「チッ、間に合わ──!」


「光の衣よ、我を護りたまえ――『ルミナス・アーマー』!!」


カトリーヌの詠唱が一閃のごとく響き、眩い黄金の光が瞬時にバルトロメウスを包み込んだ。


刹那、尾が直撃。


轟音と共に地が割れ、土煙が巻き上がる。だが、彼は立っていた。


聖なる光が衝撃を拡散し、その身を守っていたのだ。


「くぅっ……!やっぱり……カトリーヌの支援魔法は最高だぜぇっ!」


バルトロメウスは痛みをこらえるように顔をしかめながらも、闘志を漲らせて斧を構える。


全身を纏う雷光が炸裂し、電気の軋む音が空気を裂いた。


「吼えろ、雷神の牙――『ヴォルト・クラッシュ』!!」


咆哮と共に振り下ろされた一撃が、大地を裂きながら稲妻を伴ってバジリスクの胴へと叩き込まれる。


閃光が瞬き、獣の鱗が爆ぜ、火花と共に肉が裂ける音が響く。


だが──それでも、バジリスクは崩れ落ちない。


その巨体は、まだ揺るがぬまま立ち塞がり、瞳にはより一層の殺気を灯していた。


「まだ倒れないようね……ならば、焼き尽くしてあげるわ」


ヴィオレッタが静かに詠唱を結び、杖を天へと掲げた。


「空より下れ、灼熱の雨――『フレイム・レイン』!」


その声と同時に、空に描かれた紅の魔法陣が輝きを増し、そこから無数の炎の矢が降り注ぐ。


轟音と共に着弾した炎が地を抉り、爆風が谷を揺らした。


轟く焔の嵐。


灼熱の針がバジリスクの巨体を容赦なく貫き、焼き爛す。


巨大な蛇を思わせるその身体が幾度も焼かれ、鱗が剥がれ、肉が炙られ、獣の呻き声が谷間に響く。


それでもなお──バジリスクは崩れなかった。


「ぐうぅ……!」


瞳に燃え盛る怒りと本能的な危機感を宿しながら、バジリスクは地を蹴った。


信じられぬ跳躍。


数トンはあるその巨体が、岩場を砕き、空へと舞い上がる。


「真上だ──!」


誰よりも早く気づいたエドワールの声が、戦場に鋭く響いた。


空を舞っていたバジリスクが、死をもたらす跳躍の頂点でその巨体を翻し、四人の冒険者たちを見下ろす。


口が大きく開き、蛇のような双眸がぎらりと輝く。


そこに宿るは、明確な殺意。──石化の眼が、四人を一斉に捉えようとしていた。


「カトリーヌ…石化が来るぞっ!」


エドワールの警告に応え、カトリーヌは即座に詠唱へ入る。


「はいっ! 澄み渡れ、穢れを流す聖なる波――『クリアランス・ウェイブ』!」


その瞬間、聖なる光が彼女の槍先から放たれ、波となって空間を満たした。


清浄なる力が、バジリスクの魔眼の視線を弾き返すように空中で煌き、散った。


石化の魔眼は届かず、毒は無力化された。


バジリスクの最終手段が、封じられる。


「よっしゃっ!相手は何もできねぇぜっ!」


戦場に響くバルトロメウスの豪快な声。それに続くように、ヴィオレッタがエドワールを見て告げる。


「これで、最後です──エドワール様!」


「──ああ、斬るぞ」


風が鳴った。


エドワールの足元が爆ぜ、体が跳ねるように宙へと浮かび上がる。


背に風を纏い、魔力が刀身へと集束する。


光と風が一体となり、刃の先端に無形の鋭さが宿った。


「斬り伏せろ──雷光刃・無影!」


刹那。


音すら追いつけぬ速さで放たれた斬撃が、閃光の如くバジリスクの首元を切り裂いた。


巨大な身が、空中で痙攣しながらその勢いのまま地へと叩きつけられる。


地面に激しい震動が走り、巨体が転がる。

やがて──動かなくなった。


──静寂。


荒れ狂っていた瘴気は、まるで戦いの終焉を悟ったかのように消え去っていた。


谷を吹き抜ける微風が、崩れ落ちたバジリスクの亡骸を通り過ぎる。


その場に残るのは、勝利者たちの静かな呼吸だけだった。


「はぁ……ふぅ……。皆さん…無事ですか…?」


疲労と安堵が滲むカトリーヌの声が、どこかに漂っていた戦場の緊張をやさしく溶かしてゆく。


「あぁ、お前の魔法のサポートのおかげだ…良くやった…」


エドワールが、静かにカトリーヌへと頷いた。


その一言に、カトリーヌは頬を赤らめ、小さく「は、はいっ!」と答える。


「…青春ねぇ~」


「あぁ…お似合いだよな。あいつら」


そのやり取りを見たバルトロメウスとヴィオレッタは、肩を寄せてニヤニヤと笑みを交わしていた。


――戦いの終わりと、小さな余韻が、谷に残されていた。

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