13 魔女の烙印と魔法少女の誓い
私が、アイオス殿下の冥福を心の中で祈りながら必死に逃げていると、突然、背後から黒い光が放たれる気配を感じた。魔女が魔法を発動したのかと思い、とっさに身を縮めるが、何も起きる気配がない。おかしいと思って恐る恐る後ろを振り返ると、そこには、どこかで見たことのあるようなタキ〇ード仮面の姿に変身したアイオス殿下が立っていた。
ついに、念願のお助けキャラに変身してくれた殿下に、心の中で盛大な拍手を送りながら、私は魔女と愛しのタキシー〇仮面様の戦いをじっくりと観戦することにした。だがその最中、魔女が突然魔法を発動する。やはり彼女も、聖魔法……もとい、万能魔法の使い手らしく、放たれる魔法はどれもこれも、想像力をそのままぶつけてきたような、規格外の代物だった。
そして、最後に放たれたその魔法は、まさにアイオス殿下を彼女の想像力で作り出した世界に引きずり込む、最悪の魔法だった。あの中では、おそらく私がたっぷりと反魔族粒子を練り込んだスーツも通用しないだろうと思い、私は再び心の中で殿下の冥福を祈って、静かに合掌した。
そのとき、ふと気づくと、殿下の部下たちが地面を這いながら、黒い球体に向かって必死に進んでいた。「陛下を助けねば」と口々に言いながら、必死の形相で手を伸ばしている。正直、彼らが何かできるとは思えなかったが、それでもなお諦めずに足掻こうとする姿に、少しだけ胸を打たれた。そういえば、アイオス殿下も今回、初めてちゃんと約束を守って、〇キシード仮面様に変身してくれたのだった……。私は小さく溜息を吐いて、ゆっくりと周囲を見渡した。
私は小さくため息をつき、ゆっくりと周囲を見渡す。……聖女皇である私を、多くの者が見ている。その目に宿るのは、最後の希望にすがるような、力なき者の祈りにも似た視線だった。正直なところ、こんな幼気な少女に救世の眼差しを向けるなと言いたいところだが、ここで背を向けて逃げれば、あとで教会に火刑にされるのがオチだろう。それならいっそ、好きなことをして死んでやると決意する。
私は小型の鞄をごそごそとあさり、今まで倒してきた魔王たちから搾取した魔核を六つ取り出し、地面に放り投げる。カチ、カチ、と音を立てて転がったそれらは、自然と六芒星を描くように並び、静かに淡い光を放ち始める。
私はその中心へと一歩を踏み出し、ゆっくりと立つ。すると、天から降り注ぐように真っ白な光柱が現れ、私の全身を包み込んでいく。その内側で、体に宿る魔力がみるみるうちに回復していき、やがて私は魔法少女の姿へと再び変身していた。
◆
魔法少女に変身したセーラの姿を見た兵たちは、一斉に凍りついた。聖女皇として人族の希望と讃えられていたはずの彼女が、今まさに禁忌とされる『魔女』に……この世界のすべての災厄と恐れられてきた存在へと姿を変えたのだ。その光景に、地面に倒れていた兵士たちは声を失い、立ち上がることもできず、ただその場に膝をついたまま、セーラが魔女に向かって突き進んでいく背中を呆然と見つめる。
セーラはアイオスが閉じ込められている球体に向かって拳を振り上げ、そのまま反魔族粒子を纏った拳を振り下ろすと、漆黒の球体は、あっけなく粉々に砕け散り、中に閉じ込められたいたアイオスを解放した。
異界から解放されたアイオスは、目の前に立つセーラの姿を認めた瞬間、周囲を見渡し、そして愕然とする。これだけ多くの者が見ている前で、彼女が魔法少女として変身した事実は、この戦いが終わった後、教会が、いやこの世界そのものが彼女を受け入れはしないだろうという未来を、即座に彼に悟らせる。
「おい……お前、なぜ逃げなかった。俺は、逃げろって言ったはずだ。それに、なんだその格好は……あんな大勢の前で、どうするつもりだ……」
責めるような口調でアイオスが言うと、セーラはどこか気まずそうな顔で、けれど淡々と答える。
「……逃げようとは思ったんですよ。でも、それこそ周りに見られてましたし、逃げたら逃げたで、今度は教会から処罰されそうだったので……。それに、最後まで、好き勝手に生きてやろうと思ってましたし……何より、私との約束をちゃんと守ってくれたアイオス殿下を、ここで見殺しにするのは、ちょっと……あれかな、と思いまして」
その言葉に納得しきれないアイオスは、黙って彼女を睨みつける。なぜ逃げなかったのか、なぜ言うことを聞かなかったのか……そんな批判の色を帯びた視線に、セーラはいつになく視線をそらし、ばつが悪そうに笑みを浮かべた。そして、静かに右手を掲げ、傷だらけの彼に向かって聖魔法を発動し、穏やかな癒しの光でその体を包み込んだ。
セーラは、アイオスの傷が癒えたのを確認すると、もはや憂いはないと判断し、こちらを見据える魔女に正面から向き直り、自分たちの別れの時間が終わるまで手を出さずにいてくれたことに、静かに礼を述べる。おそらく魔女は、先ほど自身の魔法を拳ひとつで打ち砕いた存在に警戒していただけだろうが、それでも彼女は礼儀を欠かさなかった。
そして、全身に強化魔法をかけたセーラは、拳に反魔族粒子を纏わせると、閃光のように魔女の懐へ突進し、大鎌が振り下ろされるよりも一瞬早く、その拳を魔女の鳩尾に深くめり込ませた。
魔女は、セーラの渾身の一撃を受けて後方へと吹き飛ばされるが、すぐさま左手を突き出し、赤黒い閃光を放って反撃する。しかし、その魔弾をセーラは一歩も退かずに拳で叩き落とし、瞬時に魔女の背後へと回り込むと、地面に落ちるよりも先にその体を蹴り上げ、上空へと打ち上げた。
再び宙に舞った魔女は、鋭く睨みを利かせながら大鎌を振り下ろす。その一撃は本来なら届かぬはずだったが、刃先が空間ごと歪んで姿を消し、セーラの背後に突如として現れる。しかしセーラは、それをまるで見透かしていたかのように退屈そうな顔で半身をひねり、大鎌の奇襲を難なく回避する。そして、空間を歪めて出現した刃先を左手でがっちりと掴み取ると、右手を高く天に掲げた。
「ブラックサンダー!!」
その叫びと同時に、空が裂けるような音とともに漆黒の雷が天から落ち、セーラの右手に直撃し、その雷は彼女の体を伝って大鎌を通じ、魔女の体内へと流れ込む。凶悪な電流がその肉体を内側から焼き尽くし、魔女は白目を剥いたまま、口から黒い煙を吐き出した。
もはや、魔女に反撃する力は残されていなかった。反魔族粒子を多量に含んだ電流によって内側から焼かれた彼女の臓器は、もはや回復すら叶わず、正常な機能をほとんど失っていた。誰の目にも、勝負はすでに決したかのように見えた。
――その時だった。
魔女の左手に刻まれた紋章が、突然、柔らかな白光を放ち始めた。その光はゆっくりと彼女の全身を包み込み、穏やかな気配とともに、崩れかけていた体を、まるで何かが『赦す』かのように優しく抱いていた。
◆
さて、止めを刺そうと反魔族粒子をたっぷり纏った拳を振りかぶったその瞬間、魔女の体が白い光に包まれた。そして光が収まると、そこには純白の聖堂服をまとった聖女の姿があった。
「ありがとう、当代の聖女。私の魂を救ってくれて……」
突然、かつて魔女だったはずの彼女に礼を言われ、私は戸惑う。だが、聖女は穏やかに微笑みながら、そっと私の額に手を添える。その指先が触れた瞬間、魔女の印を隠していた人工皮膚がはがれ、同時に印そのものも消えていった。そして、次の瞬間、彼女の記憶が私の中に流れ込んでくる。
――――彼女もまた、遥か昔に聖女として転生し、人類の先頭に立って魔族と戦い、数多くの奇跡を起こして世界中の人々を救っていった。しかし、魔族を一方的に敵と見なす教会の方針に疑問を抱くようになり、ある日、幼い魔族の子どもと出会ったことで、その心が決して穢れていないことを知る。
以後、彼女は戦うたびに人族・魔族双方の血が流れ、罪なき者たちが倒れていく現実に苦しみ、ついには当時の教皇に対して、魔族との融和を懇願した。だがその思想は危険視され、彼女は魔女の烙印を押され、人族の領域から追放されてしまう……。魔力を奪われた彼女が、絶望のまま彷徨った末にたどり着いた先は、皮肉にもかつての敵であった魔族の地だった。
そこで彼女は、思いがけず温かく迎えられ、生きる場所と癒しの時間を与えられた。だが、魔族にもまた、人族と同じように卑劣な者は存在した。そうした者たちは彼女の聖女としての力を利用しようと企み、甘言で戦争へと引きずり込み、やがて彼女に人間の醜さと心の歪みを見せつけて、彼女の魂を少しずつ蝕んでいった。
彼女心は限界だった。かつての仲間を傷つけ、守ってきた者たちが実は邪悪だったと知り、彼女は何を信じればよいのか分からなくなっていた……。そして、ある日、かつて出会った魔族の子どもが人族の兵に無残に殺されるのを目の当たりにした、その瞬間、彼女の心は壊れた。
溢れ出す漆黒の瘴気が彼女の周囲を包み込み、守るように形を成す。それはやがて『黒き聖母』となり、彼女の身と心を覆い、穢れた世界から隔てる殻となった。
それからの彼女は、魔族の子どもを守れなかったという『原罪』を背負い、ただ妄信的に魔族を守ることだけにその身を捧げて生きてきた。そのたびに心は壊れ、魂は汚され、ついには聖女だった頃の記憶も奪われた。そして、彼女はこの世界に自分を呼び出した管理者と、世界をこんな形にした教会を深く憎むようになったのだ。
その記憶を通して、なぜ彼女が魔族となり、魔女と呼ばれるようになったのかが、ようやく理解できた。……きっと真面目に聖女なんてやるから、こんな風になってしまうのだ。そんなことを思いながら、私は目の前に立つ『聖女』を見つめ、どこか他人とは思えないその姿に、ふっと小さく溜息をついた。
そんな私を見て、彼女はふっと苦笑いを浮かべると、そっと歩み寄り、静かに抱きしめた。そして、耳元で優しく囁く。
「……あとはお願い。私のようにならないで――」
何かを託すような、その声。その言葉に込められた想いが胸に響くと、彼女は満ち足りた笑顔を浮かべながら、ゆっくりと光の粒子へと変わり、静かに、天へと還っていった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
怒涛の総力戦もついにクライマックス直前――!
最終話、どうか最後までお付き合いください!
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・『転生忍者は忍べない』
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