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7話 隣国王子の魔力異常を治癒する

魔力異常。

その指摘は、さしものルベルトも気にかかったようだった。


「……なにを言う」


その足がぴたりと止まり、こちらを振り返る。

ずっと二人で歩いてきたのに随分久しぶりに目が合った。


「ただ思ったことを述べただけですよ。さっき剣に纏わせた時点ではかなりの魔力量でしたけど、猪の身体を見たらそれにしては傷が浅かったので、もしかしたら魔力を抑えたんじゃないかって」

「……そんなことで判断したのか」

「えっと、違ったなら申し訳ありません」


私は少し高いところから鋭い目で睨みつけてくる彼を見上げながら、軽く頭を下げる。

が、それに対して彼は首を横に振った。


「……いいや、違わない。貴殿の言う通りだ。たしかに俺は意図的に力を抑えた。魔力の制御がうまくいかないのもその通りだ」


彼はそう言うと、自分の手のひらを見つめて、眉間に皺を寄せる。


「少し前に、魔物との戦闘で怪我をして以来だ。ただ、医者や薬師には体は問題ないと言われている。だから心の持ちようだとは思っているのだが、どうにもうまくいかない」

「もしかして、それでこんな時間に特訓を?」

「……それも一つの理由だ」


話しすぎたとでも、思ったのだろう。

彼はここまで言うと、一つため息をつき、目を瞑る。


「話しすぎたな。先を急ごう。夜が明けてしまう」


こう話を切り上げようとするから、私は背に負っていたかばんを前へと持ち出した。


「なにをしている」

「それ、治ると思いますよ」

「……心の問題なのだろう。それを治す薬があるのか」

「いえ、そうじゃなくて。その症状、身体の問題かと思います」


ますます顔を顰めて訝しむ彼に、私は薬箱の中から紙包みに入れた粉薬を取り出す。


「なんだ、それは」

「乱れた流れを整える効果があって、魔力の流れを正常化できる薬です。マオという西方の薬草などを使っております」

「……聞いたことがないな」


と、彼は言う。



それで思い返してみて、はっとした。


この薬は、旅の中で、自分の魔力がおかしくなった際に、自己流で作ったものだ。

考えてみれば、薬学書で見たこともない。


もしかすると、広く世間に流通するようなものではなかったのかもしれない。


「一応、薬師ですから。日々、色々と作ってまして……」


私は柔らかに笑いながら、こう誤魔化しにかかる。


他の薬の紹介もしようとしていると、彼はつかつかと、こちらに近寄ってきた。

息遣いを感じるほどの至近距離で、ずいっと私の顔を覗き込んでくる。


その美しさは、超至近距離で見ても、一切揺らぐことがない。むしろ、肌のきめや、髪の艶やかさは際立って見える。


圧すら感じるその尊顔に、私は一歩引き下がりそうになるが、それを堪える。

ここで下手な動きをすれば、変に疑われてしまいかねない。


私は反対にはっきり、その顔を見返す。

それがどうやら功を奏したらしい。


「……一つもらえるか。代金は戻ったら必ず支払う」

「結構ですよ。先ほど助けてもらったのでそのお礼です」

「いや、こう言うのはけじめだ。必ず礼はさせてもらう」

「あはは……」


どうやら結構に頑固な人らしい。

礼をしてくれるというなら、断る理由もない。


「そういうことなら、あの魔猪の角を切り取って、いただけますか」

「そんなものでいいのか」

「魔猪の角を擦ったものは、風邪などに効く妙薬になるんです」

「……知らなかったな」

「それが普通ですよ。では、こちらをどうぞ」


私は、粉薬を一つ、彼に渡す。

同時に、水筒に入れていた飲み水も差しだした。


「苦いんで、一気にいったほうがいいですよ。私も最初は転げまわりましたから」

「……そうか」


ルベルトは、それを受取って、まず水を口に含む。

それから粉薬の包みを開くのだけれど、なかなか口に持っていこうとはしない。


真顔で、包みを見つめる。


……もしかして、苦さを強調しすぎたせいで、躊躇してる? あれだけ冷酷な噂話のつきない人が?


意外すぎる一面に、私はついついくすりと笑ってしまった。

それが癪に感じたのか、彼は少しののち一息に飲み込む。


そして、眉間にぎゅっとしわを寄せたまま、固まってしまった。

本当にほとんど動かないから、私が「えっと……」と声をかければ、


「まずい」


との端的な一言が漏れる。


私は、苦笑いせざるをえなかった。

そう、ただただそれに尽きるのだ、この薬は。


「あはは……。まぁ、いい薬ほど苦いとも言いますから」

「どれくらいで効いてくるものだ」

「少しすれば、効きはじめますよ。即効性は高いのですが、何度か飲む必要があります」


「これを何度か……。正直、抵抗があるな」

「いつかは慣れますよ」

「慣れたくはないものだな」


彼はそう言い残すと、倒れている魔猪のもとへと向かう。

手のひらには収まらない大きさの角を大きく振りかぶった剣で切り落とすと、私のほうへと差し出してきた。


受け取ろうと手を出せば、これがずっしりと重くて、前へと身体が引っ張られる。

それを見てか、ルベルトは角を取り上げると、自分の腰袋にさした。


「やはりこれは俺が持っておこう。帰り着いたら、渡そう」


噂話や、ここまでの態度を思えば意外なことに、気を遣うこともできるらしい。

ますます、よく分からない人だと私はひっそり思う。


「いいのですか」

「遅くなっても困るからな。……とにかく、進もうか」

「はい」


再び、夜の山歩きが始まる。


相変わらず、会話はなかった。

虫の鳴き声と夜風だけが、二人の間を通り抜けていく。


だが、多少は打ち解けられたのだろうか、彼の纏っていた人を寄せ付けないような独特の空気が、少し柔らかくなったような気がする。


さっきまでより、明らかに居心地がよくなっていた。

空も白み出してきて視界が明るくなってきたこともあった。

それで調子よく歩いていたら、またしても魔猪の襲撃に出くわすのだけれど――


その頃にはもう、薬の効果が出始めていたらしい。

彼は風を纏わせた剣で、魔猪を簡単に倒してしまう。


これには、剣を振るった彼自身も、驚いたように自分の剣を見つめていた。


「……ここまで効果が出るとは思わなかったな」

「ふふ、効いてくれてよかったです」

「やはり、きちんと礼をせなばならないな。魔猪の角一つでは到底足りない」


「あ、そういうことでしたら――」

「なにか思いついたか」

「この魔猪の角も刈り取ってください!」

「……なるほど、そうくるか」


もしかしたら、呆れられてしまったのかもしれない。ルベルトは片唇を軽く吊って、ふっと鼻を鳴らす。


初めて見る笑顔だった。

控えめかつ不器用さが滲み出る、ニヒルな笑い方だ。


そのくせ、破壊力だけは抜群だからタチが悪い。


その美しさは、彼が魔猪に剣を向けている間も、残像に残るほどだった。


「行くぞ。ここからはもうすぐだ」

「……えっと、まだまだ遠いかと思うのですが」

「魔法を使って、移動すればいい。俺はここに来るまで、それで来た。魔力が不安定な状態だと人を連れてはいけないからな」


彼はそう言うと、私の元まで歩み寄ってくる。


なにをするのかと思えば、半ば強引に足を掬われ、背中に手を入れるようにして抱え上げられる。


「な、なにを」


まったく、わけがわからなかった。

膝裏から伝わってくる力強さには、思わず取り乱してしまう。



どくどくと勝手に心臓が跳ねる。

それは彼への畏怖から……ではもちろんない。


いくら妃とて、誰かにこんなふうに抱きかかえられる経験はしたことがないのだ。


が、抵抗するのも変な気がして、私は熱いままの顔をルベルトに向けて、こう尋ねる。


が、彼はそれに答えないまま、いきなりに山を飛ぶようにして、上は上へと向かう。

どうやら、足元に風魔法を使って、推進力を得ているらしい。


「少し我慢していろ。すぐに帰り着く」


遅れて、こう告げられる。



どちらにせよもうこうなったら、身を任せている他なかった。



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