第67話 解毒薬です。
「くそ、どうしてこんなことに……」
「ローレン様、ハンナ様! いやあっ!!」
めでたいはずのパーティーが一転して、凄惨な現場と化していた。
私の父や母も、必死にハンナの身体を揺すっている。
この状況に、私は奥歯を噛みしめる。
もちろん、ローレンとハンナを思ってのことじゃない。
二人がどうなろうが、はっきり言ってどうでもいい。
ただ、この状況だ。
「……お二人とも、毒症状でございますね。オルセン国内で採取できる毒ではなさそうです」
医師の言葉により、疑いの目がルベルトへと向かってしまう。
その場には、ミュラ王国以外の国の要人たちもいた。
だが、直前にルベルトと接していたのはルベルトとその婚約者役である私だ。
「俺たちは関与していない」
ルベルトは首を横に振り、こう主張する。
が、それだけで納得されるような状況でもない。
「証拠はどこにあるのだね。まさか、政治的な意図で我が国の王を手に掛けたのか!?」
啖呵を切ったのは、先ほどまではにこやかにルベルトへと話しかけてきていたベラビス公爵だ。
その迫力は昔からかなりのものだったが、今もまったく落ちていない。
怒りを前面に出して、ルベルトに凄む。
「……そんなものはない」
「信じられるわけがありませんな!」
そうだ、と野次のようなものが聞こえてきて、どんどんとルベルトが犯人に仕立て上げられていってしまう。
違うとただ言ったって、この場では意味をなさない。
どうすれば止められるのか、必死に頭を巡らせる。
そしてふと、あることに気づいた。
「ルベルト王子がやったものではありませんよ」
私は一歩前に出て、はっきりと口にする。
ルベルトやデアーグを含めて、全員の注目がこちらに向く。
ルベルト王子の婚約者がなにを言い出すのか。
そんな注目が集まる中、私は医者の隣に屈んだ。
「泡を吹いて白目を剥くような、この症状。たしかに、ミュラ王国に分布しているイチイという樹木の毒でしょう」
「じゃ、じゃあやはり――」
と、ベラビス公爵が言いかけるから私は首を横に振る。
「ただ、ルベルト王子がやったわけではありませんよ。そのイチイは遅効性の毒です。もっと前に毒が盛られていない限り、今倒れることはない。それは調べれば分かることでしょうね」
「だが他に誰ができると言うのだ」
「このイチイから作る毒。これをミュラ王国内で生成するよう薬師たちに依頼をかける怪しい人間がいることを掴んでいます。そして、その言葉は少しミュラ王国のものとは違った。ミュラ王国以外の人間によるものである可能性は高いでしょう」
「なっ……ということは――」
「えぇ。あなた方、オルセン王国の人間が送り込んだ可能性も考えられる。いいえ、むしろそのほうが可能性は高いでしょうね。罪をルベルト王子になすりつけることができるのですから。むしろルベルト王子がやるならば、わざわざ自国の毒を使う理由がない」
できるだけ理路整然と説明する。
これには、さすがのベラビス公爵もなにも言えなくなったようで、黙りこくる。
そうして訪れた静寂の中、倒れた二人の呻き声だけがその場に響いていた。
なぜ私がこれを喋れたかといえば、簡単な話だ。
オルセン王国に乗り込んだ今、私がオルセン王国とミュラ王国の言葉の違いを知っていてもなんら不思議はなくなっている。
毒生成を持ち掛けられた話をルベルトに伝えたときとは、状況が変わったわけだ。
そして、今ならば、ドレスの腰元に忍ばせてある解毒薬もまったく違う使い方ができる。
少し賭けにはなるが、私はそれを取りだす。
「解毒薬です」
そしてこう言えば、周囲からはどよめきが起きた。
ルベルトたちも目を見開いている。




