第65話 元王妃、冷たい水を浴びる。
会場中の注目が私に集まる。そして、改めて全体がざわざわとする。
が、ルベルトはそれをいっさい気にしていないらしく、私の隣に戻ってくると、再び周りをけん制していた。
「すまない。あぁ言っておけば、じろじろ見られることもないと思ったんだ」
「……いいですよ。むしろ、ありがとうございます」
それから少しして、乾杯の音頭が取られて、いよいよパーティーが始まる。
が、ルベルトの威圧感のおかげか、始まる前と同じで近づいてくる人は少なかった。
だから、ただ食事を堪能させてもらう。
このまま終わればいい。
私はそんなふうに思っていたのだが、どうもそういうわけにはいかないらしい。
「驚きましたよ、ルベルト王子。まさかあなたに婚約者がいただなんて」
真っ先に、ローレンとハンナが挨拶にやってきて、私は一つ頭を下げた。
「……この間は紹介できずに済まない。後着の便で来たのだ」
「それは構いませんよ。ただ、お顔が見えないのは残念ですね」
ローレンはレースの奥をのぞき込もうと、こちらに視線をくれる。
それにルベルトはすかさず私の前に身体を入れて、
「見世物ではない。今は少し怪我を負っている」
こう釈明をしてくれる。
「申し訳ございません」
それに私がこう応じれば、二人は笑顔を見せる。
「そういう理由ですか。てっきり、人除けのためかと思いましたよ。なぁ、ハンナ?」
「うふふ、そうですわね。今日まで、色々な方からお声がけされているみたいでしたから」
明らかに張り付けた笑顔だった。
とくにハンナの方は、機嫌が悪いのが如実に伝わってくる。
その真の理由はともかく、自分がルベルトを篭絡しようとしていたから、気分のいい話ではないのだろう。
が、せめてもう少し隠したほうがいいとは思う。
「では、お話しする分には問題ないのですよね?」
ローレンが私にこう尋ねるのに、私は「えぇ」と端的に答える。
「それならばよかった。たくさんの方がいる。色々な方とお話をされてください。ルベルト様とその婚約者様。お二人と話されたい方は多いですから」
「……分かった」
「では、私たちはこれで失礼いたします」
ローレンは最後に、ルベルトのグラスに自分のグラスをぶつける。
私のほうには、ハンナがグラスを近づけてきていた。一国の王妃に求められたら、応じないわけにはいかない。
私は軽くだけ、グラスを彼女のほうに傾ける。
かんと軽い音が鳴る瞬間、一瞬ハンナに睨まれるが、口元だけ笑みを作ったままでいたら、ハンナはローレンの後を追うように、他国の参加者の元へと去っていった。
私はほっと一つ息をつく。
これでしばらくは息をつけるかと思ったのだが、そうはいかなかった。
「ご挨拶が遅れました。驚きました、ご婚約者様がいらっしゃっていたとは」
「……申し訳ない。伝えられておりませんでした」
「いやいや、大変におめでたい。どちらの貴族家の方で?」
「すまないが、そのあたりは伏せさせていただいている」
ローレンの言葉を聞いていたのだろう、オルセン王国の貴族らが次々に話しかけてくる。
もしかするとローレンは、ルベルトが嫌がる状況を作るためにあんなことを言ったのかもしれない。
つくづく器が小さい。
そう思いながらも、私はルベルトとともに彼らに対応する。
「……悪いな、ここまで付き合わせて。疲れるだろう?」
「えぇ、かなり」
「すまない。帰ったら埋め合わせをしよう」
「いいですよ、そんなの」
昔を思えば、これくらいなんてことはない。
だから私は極力無難に、貴族らとの挨拶を済ませていく。
すると、その時だ。
「あっ……!!」
後ろから大きな声がした。
私はすぐにそちらを振り向こうとする。と、そのときだ。背中にひんやりとした感触がしみてきた。
みれば、水がドレスの羽織にしみを作っている。
「ご、ごめんなさいっ!!」
誰かと思えば、ハンナがやったらしい。




