第64話 始まる夜会
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ルベルトとデアーグとともに、いよいよ会場に入る。
会場となった場所は、屋敷を焼かれた夜に出た夜会と同じ大ホールで、食事は立食形式だった。
国を挙げて他国を招いての式典だから当然のことだが、周りを見渡せば、その時の参加者たちもたくさんいる。
地方の辺境領主から、公爵クラスまで。
大勢の貴族が勢ぞろいで、会が始まるのを待って、雑談に興じている。
そんななかデアーグはといえば、持ち前の気さくさで、その輪の中に加わっていく。
一方、ルベルトはといえば、自分から話しかけることもなければ、話しかけてくる者も、ほとんどいない。
決められた円卓から動かず、そこにはほとんど近づいてくるものはいない。
「これはこれは、ルベルト王子。いつも大変お世話になって……ひっ、し、失礼いたしました」
たまに喋りかけられても、これだ。
番犬が家の前を通る通行人全員を睨みつけるがごとく、ルベルトは眉をしかめており、すぐに退散していく。
その視線の威力はかなりのものらしい。
近寄ってこようとする女性は数人いるのだけれど、みんなが牽制しあっているように見えた。
そしてたぶん、その全員が私のことを「誰」と思っていることだろう。顔を隠しているから、なおさらだ。
実際、「ルベルト様があんな女に?」なんて声も聞こえてきていた。
だが、それでも近寄っては来ない。
「……私がいなくても人除けになっているのでは?」
私は素直な疑問をルベルトに小声で伝える。
それに彼は単純に、首を横に振った。
「いや、昨日までならこれでも話しかけられていた。アスタのおかげだ」
「ならいいのですが」
「酒と食事を取りに行こうか。先によそっている分には、問題ないらしい」
私はルベルトに導かれるまま、給仕人に料理をいくつかよそってもらい、白ワインをグラスに注いでもらう。
あのときは、ここに薬を盛られていた。
少しの不安が胸によぎって、私は違和感がないか確かめる。
だが、とくに匂いや色も変わったところはない。
単に、質のいいワインだった。
円卓まで戻ってきたところで、二人だけの乾杯をする。
なんてしていたら、ふっと会場についていた魔導等の明かりが消えた。
どうやら、いよいよあの憎き二人が出てくるらしい。
前方にある大階段の周りだけが、ぼんやりと照らされる。
そこへまず現れたのは、ローレンだ。
彼は階段を降りきるとその場で一礼をして、主役の席につく。
それから次に出てきたのは、ハンナだ。
その両脇には、私の両親もいる。
その顔を見るのも、もちろん半年以上ぶりだ。
だが、なんの感慨も湧いてはこない。
彼らと接する機会は子供の頃からごくごく限られていたし、私はほとんどジールら使用人に育てられてきたと言っていい。
二人にとって、私が単なる政略の道具だったのは昔から明白なことだった。
息子を設けられなかった以上、娘は品よく育って、王妃の座を射止めてくれれば、それでいい。きっとそう思っていたのだろう。
それが私だろうが、ハンナだろうが、二人にとってはどちらでもよかった。
だから今も、あんなふうに笑顔を湛えて、手を振っている。
だから、彼らの顔を見ても、特段心が揺れることもない。
たぶんすぐ近くで顔を見られても、二人に私だと気づかれることはないだろうとも、私は確信していた。
「では、これより対外お披露目会を始めさせていただきます」
司会を務める方の開会宣言があり、いよいよパーティーが始まる。
「姉が亡くなったのはとても悲しいことです。あたし、もう悲しくて、本当に涙を流す日々を送っていました。そんなときに、同じ傷を負った彼が、支えになってくれました。これからは、あたしが彼をサポートして、尊敬していた姉の代わりとなり、このオルセン王国をささえてまいります。どうぞご支援を賜りますようお願い申し上げます」
「今、ハンナが言ったように、とても悲しいことがあった。だが、だからこそ、私たちはそれを乗り越えて前に進みたい。そう思っております。ハンナはとてもいい妻です。きっとこれからも、そうでしょう。二人で、この国を盛り立ててまいりたい所存でございます」
挨拶の時間は、実に退屈な時間だった。
焼き殺されかけた側としては「嘘つきどもめ」と心の中で毒づくほかない。
そして、それは意外なことにそれは他の貴族たちも同じらしい。
すぐ近くにいた辺境伯家の方々からは、「元から浮気していたくせに」なんて声も漏れ聞こえてきた。
挨拶が終わると、いよいよパーティーが始まる。
聞かされていなかったが、ルベルトもその対象だったらしい。
彼は前に出ていくと、ローレンとハンナの前で、
「このたびは、まことにおめでとうございます」
心のこもっていないのがすぐに分かる形ばかりの祝辞を述べる。
それに私が苦笑いしていたら、
「今回は私の婚約者も連れてきております。どうぞお見知りおきを」
こんなふうに紹介されてしまった。




