第62話 元王妃、隣国王子の婚約者を演じることになる。
そうして無事にギーナを手に入れた日から、私はさっそく調薬を始めた。
本当は先生に教えを請いたいところだったが、また尾行されることを考えれば、そう何度も訪れることもできない。
だから私は一人、先生のしていた作業を思い出しながら、細かな調整を繰り返す。
そうして、薬ができあがったのは、お披露目パーティーの開かれる当日。
その朝のことだった。
夜通しの作業で作り上げたそれを持って、私はこの一週間のうちに恒例となっていた朝食の席へと向かう。
「どうにか、頼む!! アスタさん、今日だけ旦那の婚約者になってくれない?」
そこで、よもやの頼みをデアーグから受けることとなった。
それに対して、ルベルトはといえば、「よせ、と言っただろう」とため息まじりに呟く。
「……えっと、どういうことです?」
「この間、ハンナ王妃に求愛された話あっただろ? あのあとも、厄介なくらい引き合いが来るんだよ。これまでは、怖い怖いって恐れられてたのに、急にね。どうも、なにか企んでそうなんだ」
たしかに、それはおかしな話だ。
私が王妃だった頃を思い返してみても、ルベルトの悪い噂は聞けど、いいものはまったく聞かなかった。
それをここへ来てすり寄ってくるからには、なにか理由がある可能性は考えられる。
「だから、とりあえず横にいてくれるだけでいいから、誰かについててほしいんだ」
「それはデアーグ様ではだめなのですか」
「あのなぁ。男がいてもしょうがないんだって。……あと、もう女装はしないからなぁ。もう大概、恥かいたんだ」
「だとしても、妃になる者ならば、普通は先のご挨拶の段階で紹介するのでは?」
「あぁ。それなら、他の公爵様とかもミュラ王国からは数名来てるから、そこにいたことにすれば済むよ。お願い!」
デアーグは手を合わせて、この通り! と思いきり頭を下げる。
私はそれに、頭の中で、リスクを天秤にかける。
自分の正体を看破される可能性と、ルベルトが襲われてしまうという可能性。
確率などはどちらも分からない。
ならば、優先するべきは一つだ。
「では、やらせていただきます」
「……アスタ、お前、本当に言っているのか。そりゃあ俺は嬉しいが、嫌ならばやる必要は――」
「気にしないでください。それに、せっかくダンスの練習もしましたから。ただ、あまり顔は見られたくないですね。後からばれると面倒です」
「……そういうことならば、レースを用意させよう。その奥に顔は隠していればいい」
なるほど。
それならばたしかに、よりばれにくいかもしれない。
気になって、中を見たいと思う者もいるかもしれないが、ルベルトの近くにいれば、多分問題ない。
彼が放つオーラがあれば、そんな展開は避けられそうだ。
「まじ助かる! ドレスとかは、街の仕立屋と話つけてるから。急ごしらえだけど、似合うものを選んでくれ」
「はい」
私の返事に、デアーグが拳を握って喜ぶ一方、ルベルトの表情は微妙に固い。
口元は崩れているのに、目元は少し険しく寄せられている。
どういう感情なのだろう。もしかすると、お邪魔だっただろうか。
私がそう思っていたら、
「旦那。顔に出すぎですよー。嬉しいのと不安なのが丸わかりです。旦那が近くにいれば、心配ないですから」
デアーグがこんなふうに茶々兼解説をしてくれて、私はくすりと笑う。
婚約者役が見つかった喜びと、ばれたらどうしようかという不安。
それが、微妙な表情を作り出していたらしい。
「……うるさい」
「図星だったんでしょう?」
「デアーグ、お前はなんでも軽く口にしすぎだ」
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