第61話 隣国王子、妹・アンナを撃退する
ただもう、彼女が近づいてきている今、私にはやるしかなかった。
右手には水の魔力、左手には火の魔力を集めて、私はそれを思いっきり合わせて魔法を発動する。
すると、どうだ。手のひらから発現したのは、水蒸気だ。
そして、それはかなりの量で、もわもわと視界を曇らせるものへとなっていく。
いつかデアーグが言っていた、同時に使えば、蒸気になるという説。それを土壇場で、実践したわけだ。
「きゃ、な、なに!?」
少なくとも、混乱させることには成功したらしい。
どうやらハンナは転んだらしく、大きな音とともに悲鳴が聞こえる。
それを聞きつつ、私は建物の中へと入り、そのまま外へと出ようとしたのだが、今度はそこで意外な人に出くわす。
ルベルトだ。
彼は私を見るや、目を何度かしばたく。
この格好かつ、別人を装うためのメイクもしており、この姿は彼に見せてはいない。
これなら、気づかれないかもしれない。私はそう思うのだが、
「……アスタ? お前、なぜここに」
よもや、すぐにばれた。
だから私はとりあえず、ルベルトの手を掴み、建物の外へと出る。
そして人気のないところまで走って、ほっと一つ息をつく。
「……いいものだな」
私としては必死だったのだが、ルベルトはどういうわけか少し頬を赤らめながらにこんなことを言う。
「どういうことですか」
「いや、こちらの話だ。それより。どうして、あんなところにいた? その格好も」
「この薬草が生えている場所があそこの裏だって聞いて、メイドとして潜入したんです」
「……なるほど。なかなか豪快な真似をするものだな」
「ルベルト様はなにをされていたのです?」
「……会議、と聞いていたのだが」
ルベルトは眉間にしわを寄せながら、渋い顔をする。
「行ってみれば、ハンナ王妃が一人で、なぜか求愛を受けた」
「きゅ、求愛……?」
「あぁ。揃いも揃って、これから結婚を祝う式典だというのに、なにを考えているんだか分からない。ハンナ王妃が言うには、式典の前だと言うのに、ローレン王がすでに側室を設けようとしているのが不満らしいが……。それで、どうして俺に求婚することになるんだか」
ため息まじりに出てきた話に、私は苦笑をする。
まぁローレンとハンナのことを考えれば、ありえない話ではない。大方、ローレンがいつもの浮気性を発揮して、ハンナはそれにやり返そうとでも目論んだのだろう。
ハンナがあの目立たない建物にいたのは、たぶんそれをローレンに隠れてやるためだ。
しかし、ルベルトに求愛を断られて、不機嫌だったところ、私の姿を見つけた、とそんなところか。
とても、国母たる王妃がやることとは思えない。
この分だと、内政などもすべて重臣らに丸投げしているのだろう。
が、別にもう他国の話だ。ただ一介の薬師(しかも隣国の)となった私に、関係のある話ではないから、これ以上は考えないこととする。
「それで、ルベルト様はどのようにお返事を?」
「会議でないなら、いる理由はない。それだけ答えて出てきた」
「ふふ、王妃相手に随分と潔いですね」
「間違っているものには、間違っていると言うだけのことだ」
ルベルトは吐き捨てるように言ったのち、先々歩き出す。
その背中を見ながら、こんな人が王だったならよかったのに、なんてちょっとした妄想をしてみた。
もしそうなら今もうまくやっていたかもしれない。
そこまで考えたところで、こちらを振り向いたルベルトから声がかかった。
ほんの数歩程度しか離れていないのに、立ち止まっているのが実に彼らしくて、私は少し笑ってしまった。
「なにをしている。行くぞ」
「はい、今!」




