第59話 王城潜入のために女装?
王城内に入り、裏庭まで行って、ギーナを摘んでくる。
言葉にすれば簡単だが、隣国の一薬師となった今、その任務はかなり難しいものになっていた。
城の出入りはかなり厳しく管理されているし、中に入れば当然、行動は把握される。
そんななか、裏庭の薬草を採取するのは、かなり難しいものがあった。
それに、そもそもあの裏庭が取り潰されている可能性だってありうるのだ。
だが、それでも、確かめもせずには諦められない。
エーギル先生のもとを訪ねた翌日、私はさっそく一つの作戦を練っていた。
ただし、それは一人でできるようなものじゃない。
だから私はまず朝食の席でルベルトに相談して協力を求める。
だが、しばらくは会議が続くらしく、身動きが取れないようだった。
「……先日の復讐のつもりかもしれないな」と呟いていたから、ローレンが恣意的にルベルトを忙殺しているらしい。
なんとも器が小さい王様だ。
が、そんなんでも権力があるのはたしかで、対外的には断ることは難しいようだ。
そこで代わりに、協力を申し出てくれたのが……
「おー、使用人たちの部屋ってこんな感じなんだ。なかなかいいじゃん。これくらいあれば十分すぎるよなぁ」
デアーグだった。
今日は、ルベルトだけが参加する会議が多く、時間があるらしい。
私の部屋をくるりと見渡して、嫌味なく、こんな感想を述べる。
それから扉に背中を預けて、
「で、王城に入るための作戦って? なんか立ててるって聞いたけど」
極めてラフにこう聞く。
一応、椅子は用意していたのだが、座るつもりはないらしい。
だから、私も立ち上がり、返事をする。
「はい、簡単に言えば、デアーグ様には陽動役をお願いしたいですね」
「陽動ねぇ。そりゃまぁ、僕にかかれば大概のことはできるけど」
「ふふ、頼もしいです。では、まずはこれに着替えてください」
私はそこで事前に袋に詰めていた服を、彼に手渡す。
ルベルトの協力を得られなくなった以上、もうこれしかない。私がそう考えたのが、その袋の中身だった。
「着替え? まぁいいけど」
彼はろくに中身も確認せずに、それを手にして、外へと出ていく。
そうして戻ってきたときには――
「な、なんだよ、これ」
「とってもお似合いですよ。私よりもぴったりかもしれません」
「……あのなぁ。一つも嬉しくないぞ、それ。袋開けた瞬間に、スカート出てきて、まじでびびった」
「それでも着てきてくれたんですね」
「……そりゃあ、着替えてくるって言ったし。……入っちゃったし」
最後ぼそりと、小さな声で言う。
デアーグに着てもらったのは、私が持ってきていた服だ。
身長がほとんど変らないうえ、体格も似ているから、サイズはほとんどジャストだ。
「くそ、なんだよ、この飾り……」
できるだけ女性らしいものを選んで、彼には着てもらっていた。
上は袖にフリルがついているし、スカートも、レースつきの花柄だ。
遠目に見れば、もはや女の子にしか見えない。
「で、なに。アスタさんは、その格好? 仮装パーティーでもやるのかよ」
「違いますよ」
私は私で、ルベルトの使用人の方から、使用人服を借りて着込んでいた。
こちらはややサイズが小さいが、ぎりぎり違和感はない。
これならば、問題なく実行できるはずだ。
「じゃあ、そろそろ王城に行きましょうか」
「え。おいおいおいおい、こ、これで外出!? しかも、王城に!?」
「そうしていただかないと、陽動になりません。その格好で、少しだけ門番と揉めてほしいんです。ちょうど目を誤魔化せる感じで」
「……け、けどなぁ、これはさすがに僕にも恥じらいというものが――」
「どうかお願いします」
断りたい気持ちもよく分かる。
分かるけれど、この解毒薬が作れるかどうかは、ルベルトの命に関わる話でもあるのだ。
私は真剣みを持って、彼に頼み込む。
すると彼は目を横へと逸らしたあと、かなり大きなため息をつく。
「……くそ、そんなまじな感じで頼まれたら断れなくなるじゃねぇか」
そして、こんな愚痴を呟きながらも外へと出てくれた。
デアーグには先に王城へと向かってもらい、私はその少し後ろをついていく。
そうしてデアーグが城門の前についたところで、
「な、何者だ!? お、男!? なんだその格好は」
門番たちから向けられるのは、うろんな疑いの目だ。
「いいから入れてくれよ。僕は、デアーグ・イステル。ミュラ王国の伯爵貴族だ」
「し、しかし、いったいなぜ、そのような珍妙な装いを……」
「僕がどのような服を着ていようが関係ないだろう」
「そ、そうですが、今の状態だと本人だかどうか。それに、どういったご用件で? 要件がない場合は、お入れすることは――」
「忘れ物しただけだって。あと、あんまりこの格好のこと馬鹿にしてると、こっちも実力行使に出るけど? 国同士の揉め事にしたくないだろう?」
「お、お待ちください!」
女装の似合い具合といい、騒ぎの具合といい、すべてが完璧だった。
厄介な客人そのものである。
おかげで、門番たちは全員がデアーグにかかりきりになっていた。
これならば、もしくはいけるかもしれない。
私はその隙に、なんの気ないふりで門へと近づいていき、門番の横を頭を下げながら通り抜ける。
デアーグのおかげか、ほとんど誰もこちらを気にしていない。
使用人が、城回りの掃除を終えて帰ってきた――。それくらいにしか思われていないようだ。
おかげで無事に、通り抜けることに成功する。
いつか、この恩はしっかり返そう。
そう思いながら私は、まだ揉める演技をしているデアーグから目を切って、城内を移動し始めた。




