第58話 元王妃、薬学の先生に褒めちぎられる。
「はじめは、とても厳しい方だと思っていたのですが、優しさもあり、なによりも同じ目線で話をしてくれました。ただ、薬学の話をしていたら時間を忘れいたり、意外と抜けたところがある人だな、と」
自画自賛しているみたいで内心では恥ずかしかったが、私ははっきりと言い切る。
そして、話した失敗も、実際に彼の前でやったものだ。
気づけば会話をしているうちに打ちあわせの時間が来ていて、遅刻をしたことがあった。
これで、どうかと私がエーギル先生を見れば、彼は肩を一つ揺すって、笑う。
「まったく俺の知ってるあの人だ。うん、そうだ、そういう間抜けなところがあった」
「……あはは」
大笑いするエーギル先生を前に、私は思わず苦笑いをする。
「似ているな、その笑い方」
「え」
「アストリッド様によく似ている。他人の空似だろうが、あの人もよくそう笑っていた」
あの人に興味のない先生が、私でさえ気づかなかった癖をそこまで見ていたとは、思いもしなかった。
私は驚きから目を丸くする。そこへ、彼はこう言葉を続けた。
「まったく素晴らしい王妃だった。あんな人は金輪際、この国に現れないだろうね」
「……というと?」
「あの人は、きちんと市井を見ていた。おれのような外れものでも、能力を見込んで、目をかけてくれた。庶民の暮らしに寄り添える英傑だ。そういるものじゃない」
思わず、胸の奥が熱くなるセリフだった。
仕事に追い立てられながら、必死に仕事をしていたあの頃の自分が、おかげで少しだけ報われた気がする。
民が幸せに暮らせるような国にしたい、そう常々思っていたからこそ、実にありがたかった。
「聞いてくれよ。ここにアストリッド様が来ていたときの話なのだが――」
その後も、エーギル先生による、私の話はしばらく続く。
薬学を学びたいと言って、急に大量の薬草を抱えて尋ねた話だとか、山のように積みあがった本を雪崩のごとく崩して先生が頭を抱えた話だとか、どの話も身に覚えがあるから、なかなかに恥ずかしい。
「でも、なかなか筋はよかったんだ。多忙で年にそう何回も来れはしなかったが、物覚えは早かったしね」
が、その分、先生が私を評価してくれていたことも伝わってきて、とても嬉しくもあった。
そんな時間がしばらく続く。
一方的にまくしたてるように喋るその姿は、とても懐かしい(昔は薬学についての話ばかりだったが)もので、こんな時間も悪くないと思っていたら、どれくらいか経った頃、彼は思い出したように一つ手槌を打つ。
「あぁ、そうだ。悪い悪い。久々の客人で、話をしすぎた。そろそろ、本題を聞こうか。今日はなにをしにきたの?」
延々と続きそうだったが、一応は覚えてくれていたらしい。
「あの、この毒薬の解毒薬を作りたいんです」
私は、カバンの中に入れていた薬箱から、船内で作り上げた瓶に入った毒薬を取りだす。
すると彼はそれを興味深そうに眺めてから、からからと揺する。
「内服するタイプの毒薬か……。なるほど、こりゃ趣味が悪い。飲んでしまったら、数時間後には泡を吹いて、白目をむくだろうね。その解毒剤とは、また珍しい。まぁ理由は聞かない。どうでもいいからね。おや、少し塩が入っているな。もしかして海辺で作ったか?」
そして出てきた指摘は、やはり鋭い。
船の中だから、そういうものが潮風のせいで混じってもおかしくはない。
「だが、まぁ毒性には影響がないらしい。うん、少し借りてもいいかな?」
「はい、ぜひお願いします。いろいろと試したのですが、もうさっぱりで。こちら、試作品の解毒薬になります。少しであれば毒性は下げられるのですが……」
「なるほど。これもまた面白い。これはセイタンの根を使っているのがベースだね。そして、エンゼル魔石の粒子が内臓に壁を作って吸収を阻害する。なるほどなるほど」
エーギル先生による、一方的な語りと、毒薬分析が始まる。
何度見ても、やはりさすがのものだった。
最近ではかなり勉強してきたとはいえ、その博識、慧眼ぶりには驚かざるをえない。
私はそれをかじりつくようにして聞く。
もう聞けないと思っていた講義だ。そして、ミュラ王国に戻れば、またしばらくは聞くことができなくなる可能性が高い。
今回の解毒薬づくりのためだけではなく、ただ一薬師として、できれば一言一句、耳に残しておきたかった。
メモを取らせてもらいながら、話をする。
そうして、エーギル先生が出した結論はといえば――
「ここに、ギーナという薬草の葉を煮出したものがあれば足りる」
意外とシンプルなものだった。
私が行きつくことのできなかった回答に、こんなに早くたどり着くのだから、さすがである。
「あれは魔素を蓄えるからね。あれがあれば、魔石とうまい具合に反応して、毒消しの効果が飛躍的に高まる。むしろ、それだけでいい。よくここまでのものが作れたものだ」
「……ありがとうございます。先生は今お持ちですか?」
「いいや、あれはなかなか見かけない薬草でね。そもそも野生でさえあまり見かけない代物だ。一月ほど時間をもらえればいいが、それでは遅いか……」
先生は、ひどく残念そうに言う。
ギーナ。その薬草のことは、私もよく知っていた。
そもそもはエーギル先生に、珍しい薬草だと教えられたのだ。
普通、簡単に入るようなものではない。何日もかけて、山や森を探し回り、やっと群生地を発見できるような、そういう薬草だ。
だが、私にはたった一つだけあてがあった。
そう、王城内の裏庭にある私の薬草園。
そこで私は、珍しい薬草類を育てており、ギーナはそのうちの一つだったのだ。




