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捨てられた元王妃は国を逃れて、隣国王子に溺愛されながら、幸せ薬師ライフを送ります!  作者: たかたちひろ@『巻き込まれ転生幼女』2/28 発売!
三章

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第54話 俺はお前の存在に救われている。




「……ルベルト、様」


まさか誰かに、それも彼に見られていたとは思いもしなかった。

私は少し遅れて、後ろを振り返る。


「ど、どうしてここに?」

「だいぶ酒が入った。少し夜風に当たりたくなってな」

「あの、えっと、これは気にしないでください。ちょっと目にゴミが入って、ただそれだけで――」


こんなところで、こんな時間に泣いているなんて、事情を知らない人が見たら、どう考えてもおかしい。


だから私は慌てて言い訳を繰り出して、涙を袖で拭おうとする。けれど、その腕を思いもかけず彼に掴まれた。


そして、ぐしゃぐしゃだろう泣き顔をあえなく見られてしまう。


「……なにをするんですか」

「誤魔化そうとしなくてもいい。泣きたいときは、泣けばいい」

「そんなの、綺麗ごとですよ。あなただって、弱ってるときは隠してたじゃないですか。熱があっても言わなかったでしょう」

「……それはそうだが」

「だったら、離してください。もう、一人にしてください」


私ははっきりと言い切って、ルベルトの腕を振り払う。


それから、すぐにはっとした。

気を遣って言ってくれただろうに、この返事では不快に思われてしまうかもしれない。


でも、それだってもうしょうがない。

私が今、誰かと話せるような状態にないのはたしかだ。



ルベルトは私を少し見つめたのち、一つ息をつく。

それで立ち去るのかと思ったが、彼はその場から動いてはくれない。


そればかりか逆に、じっとこちらを見つめてくる。


こんな時に見ても、その瞳は暴力的なまでに綺麗だった。


ただ、いつもとは違って、見とれている余裕はない。

それどころか「一人にして」と言った手前、目を合わせるのが気まずくなって、私は彼に背を向けた。


ベランダの手すりに腕を乗せて、まだ止まない涙を拭う。


そのうえで、後ろの気配に意識を向けるのだけれど、やはりというべきか彼はどこへも行ってはくれない。


しばし無言の時間が続き、その間を埋めるように夜風が通り抜ける。

まるで根比べでもしている気分になっていたら、


「アスタ。俺はお前に出会えて本当によかったと、そう思っている」


彼はいきなりこんなことを言いだした。

そこに、脈絡などはまったくない。


「単に、トレールに薬師がいなかったからじゃない。他の誰でもなく、俺はアスタに会えてよかったとそう思っている。あの日、森で出会えて、俺の不調を治してくれたのがアスタで本当によかった。お前が来てから、日々が少しだけ明るくなった気がする」

「……なにが言いたいんですか」

「単純だ。俺はアスタの存在に救われている。大切だと思っている。泣いているなら、そばにいたい。ただそれだけだ」


ひどく、ありふれた言葉だった。

特別に比喩が効いているわけでもなんでもない、飾りのない言葉。


だが、だからこそそれは、すんなりと心の内側に入ってきた。

自分を守ろうと、私が心に纏っていた棘をすべてすり抜けて、その奥側に。


不思議なことに、その一言は私の中の黒い塊を、一つ一つと解いていった。


詰まっていた呼吸が楽になり、胸がすーっと通る。


ルベルトの言葉が、存在が、そうさせたらしかった。

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