第51話 元旦那、隣国王子に成敗される。
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王都の門をくぐり、その正面に続く大通りを北へ五キロ近く。
オルセン王城は、街の北にある小高い丘の上にそびえたっている。
国の頂点に座る王家が住む城だ。
その巨大さ、存在感ときたらかなりのものだ。
白を基調とした立派な城であり、その範囲は砦などを入れれば、山一つ分とかなり大きい。
少なくとも、トレールの城とは比べ物にならない。
国全体を見下ろし、支配している象徴的な城である。そう、いつか聞いたことがあったっけ。
とはいえ、ここで生まれて育った私としては、見慣れた光景だ。
「号外! 号外! 大商会の税金逃れが発覚しました! 号外!」
……『王都新聞』による、嘘と本当の入り混じったニュースも。
だが、他の使用人たちの反応は違う。
城の大きさや街の賑やかさに圧倒されたのか、さっきまでの騒がしさはどこへやら、変に静かになっていた。
そんななか、馬車の隊列は王城の中へと入る。
事前の挨拶のためだ。
結婚お披露目会まではまだ一週間の猶予があるが、各国から要人に集まってもらう際は、来ていただいたらすぐに挨拶をし合うのが礼儀であり、それには使用人らも含めて全員が参加することになっているためだ。
王城の車止めで降ろされる。
それから、ルベルトらの後をついて全員で向かったのは、国賓用の広い応接間だ。
そこへ、ぞろぞろと順番に入っていく。
そんななか私はといえば、なかなか足が進まなかった。
その理由は、ただ一つ。
「遠い中、よくぞいらしていただきました。ルベルト王子」
ローレン・オルセン国王、要するに元夫の顔を見なければならないためだ。
妹であるハンナは、その場にいなかった。
数人の家臣らに脇を固めさせた状態で、ローレンとルベルトが挨拶と握手を交わす。
私にとっては大きな変化があったから、長い時間に感じていても、あの火事のあった日の赤いから、たったの半年程度だ。
その容姿はほとんど変わっていないし、こうした場での振る舞いが立派なのも変わらない。
使用人らは、「格好いい」なんて囁き合っているが、その中身を知っている人間としては、ため息しかでない。
「このたびは誠におめでとうございます。それから、お悔やみも申し上げます」
「あぁ、あの件ですか。あれは本当に悲しい出来事でした。いきなり火が上がって、妻を亡くすことになるなんて考えてもいませんでした」
嘘をつけ、と。
私は心の中で吐き捨てて、着ていたローブの裾を握り締める。
ジールを殺して、私を追い出したのは彼自身であるくせに、と憎悪の念がこみ上げてきて、私はローレンをきっと睨みつける。
といって、彼が私に気づくようなことはまずない。
私がいるのは、使用人らが並ぶ最後列の真ん中付近であり、たぶん彼の目にはほとんど入っていない。
「それで、新しい妻を迎えられたのですね。それも、アストリッド様の妹君だとか」
「はは……、痛いところをついてくる。傷心だったところを彼女に助けていただいたのですよ」
そこからも、ローレンは明らかによそ行き用のにこやかな表情を作って、ルベルトと会話を交わす。
それに対するルベルトの反応はと言えば、かなり冷たいものだった。
定型文のような返事をするだけで、会話はすぐに終わる。
「本日からしばらくお世話になりますが、よろしくお願い申し上げる」
最後には、私たちのすぐ前まで戻ってきてこう頭を下げるから、後ろに控える私たちもそれにならう。
あとはもう退出するだけだ。
そう、私は思っていたのだけれど、いざ出ていこうとしたところで、どういうわけかローレンが「待った」をかけた。
「なにかまだ話でも? それならば会合の場を持ちますが」
「そこまで大層なものではありませんよ。ただ、せっかく来ていただいたんだ。後ろの方々も一人一人、ご挨拶したいと思いましてね」
一見すると、気を遣える人間かのような振る舞いだった。
そして実際、私の横に並ぶ使用人たちは顔を見合わせ合って、色めいている。
だが彼のことをよく知る私からすれば、その真意は察しなくとも分かる。
単純に、自分の好みに合う女性を探しているのだ。
実際、かつてはこうして見繕った他国の女性と関係を持っていたことも私は知っている。
遊び人であるところは、私を排してまでハンナと一緒になったというのに、変わっていないらしい。
「それくらいなら構わないでしょう? ルベルト王子。時間は取らせませんよ」
……そして、これは大ピンチだ。
さすがに間近で見られてしまえば、面影くらいは感じ取られてしまうかもしれない。
私は警戒しながら、ルベルトの返事を待つ。すると、聞こえてきたのは一つのため息だ。
「なにが目的です?」
「なにをって、だから親睦の意味合いを込めて挨拶を――」
「俺がなにも知らないと思ったら大違いですよ。せっかく祝賀をしにきたのに、台無しにしたくない」
「な、なにを……」
「よほどアストリッド様のほうが聡明らしい。本当に惜しい人を亡くした。では、私はこれで失礼いたします」
そういえば、ルベルトはローレンのことをあまりよくは思っていない、と言っていた。
もしかしなくても彼は、ローレンが笑顔と善人顔の裏でなにを働いていたかをしっかりと認識していたのかもしれない。
ルベルトは、早々に部屋を後にする。
使用人の中には残念がっている者もいたが、主人の命令だ。私たちはぞろぞろと全員で出ていく。
その途中、前に並んでいた役人らの肩口に、ちらりとローレンの顔を見れば、歯を強く噛みしめて、ひどく眉間にしわを寄せて、出口のほうを睨んでいた。
たぶん、自分の魂胆を見抜かれてしまったうえに、意図した展開にならなかったことが気に食わなかったのだろう。
私は少し溜飲の下がる思いで、部屋を後にした。




