第49話 元王妃は、隣国王子と船の上で二人でダンスを。
デアーグは私の手を引っ張ると、腕を引きながら、優雅に踊り始める。
なかなか様になっていた。身体は小さくて、私と変わらないのに、全身を大きく使っているから、そう思わせないような迫力がある。
エスコートもなかなかのものだった。
扱いもかなり丁寧で、踊り慣れているのが分かる。
それで思わず、王妃だった頃を思い出してしまい、彼のダンスに合わせて、自分も少しステップを踏んでみると、心が解放された気分になる。
さっきまで、製薬に行き詰っていた分、そう感じるのかもしれない。
「お。やるじゃん」
「デアーグ様のおかげですよ」
なんて嘯きながら、私はしばらくデアーグとともに踊る。
そうして少し、音楽が一度鳴りやんだところで、デアーグは私の手を離した。
一つ頭を下げると、自分は音楽隊のいる方向へと下がっていく。
いつのまにか、ルベルトの相手をしていた女性もいなくなっていた。
残されているのは、私とルベルトだけだ。
彼はその深い紺色に染まった瞳で私をじっと見つめる。
それから私の前で片膝をついて、こちらに手を伸ばしてきた。
こんな状況、そうあることではない。まるで求婚するときみたいだ。なんて。
私が思っていたら、
「俺と踊ってくれるか」
彼はぼそりと言う。
「……私、初心者ですよ」
「デアーグの時と同じだ。任せてくれればいい。よかったら手を貸してくれ」
私は返事の代わり、そっと彼の伸べてくれた手の上に手を置く。
すると、彼はすっと立ち上がり、さっきデアーグがやったみたく、踊りだす。
が、その動きはかなりぎこちない。それに、手を掴む感じもなんとなく遠慮がある。
本当に、うまくはないらしい。
これならば私からでもアドバイスを送れるくらいのレベルだ。
音楽に似つかない、不格好な踊りが続く。でも、まったくできていないわけでもないから、このまま練習をすればいい。
私はそう思っていたのだが、しかし。
「やっぱり僕と躍ってるほうが楽しかった?」
……そこへデアーグがこんな余計な野次を飛ばしてきた。
ルベルトは負けず嫌いで、とくにデアーグには張り合うところがある。
それがここでも、発動してしまったらしい。
ルベルトはむっと眉間にしわを寄せたと思ったら、そこからは大げさすぎるくらいの振り付けでダンスを始める。
さっきまでは腫物に触るようだったのが一転して、雑になっている。
気合が入っているのは分かるが、その動きはさっきよりもがちがちに固い。
「ちょ、ちょっとルベルト様」
身長差、体格差があるから、私はただただ翻弄されるはめになり、躓きかける。
そこをルベルトは私の背中に手を回して防いではくれたが、ダンスはそこで止まることとなった。
「……すまなかった。怪我はないか」
「はい、全然。あの、もう少し落ち着いてやればいいと思いますよ。えっと、私が言うことじゃないかもしれませんが」
「面目ない」
ルベルトは痛恨といったように目を瞑り、ため息をつく。
「あー、そうなるかー。アスタさんがいれば、やる気になると思ったんだけどなぁ。まさか空回りするなんて」
そんな状況に、デアーグだけは遠巻きでからから笑っていた。
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