第48話 元王妃は、ダンスの練習に付き合う。
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長旅を見越して、やることは事前に決めてきていた。
それがなにかと言えば、イチイの種からもたらされる毒薬づくりだ。
この旅についていく目的は、ルベルトが毒を盛った犯人とされないよう、その身を守ることである。
それを成し遂げるためには、このイチイを使った毒薬を作ったうえで、それがどれくらいで効果を発揮するか、どのような症状を発するかなどを細かく知っておく必要がある、とそう考えたのだ。
そして、同時に解毒薬も作る予定だ。
ルベルトに盛られて、「彼が自殺した」としてオルセン国が処理してくる可能性だって、私の屋敷を燃やしたという過去を考えればありえない話ではない。
そう考えれば、まずは備えておきたかった。
研究と製薬のための材料は、いろいろと持ち込んでいた。
航海中、私は広い船内の端に与えられた部屋に籠もって、作業を行う。
そのやり方は、ひどく地道なものだ。
イチイの種を削ったものを水に溶かし毒液を作ったら、ここに別の毒草などを混ぜて、毒素検査用の薬液を垂らす。
これは、強い毒素に反応すると、色が紫色になるという特徴があるから、できるだけ濃いものができれば、毒薬づくりは成功となる。
そして解毒薬は、その紫色に染まった薬液を逆に透明化させられるものを見つけられたら、成功となる。
だが、これがなかなかどうして難しい。
ベースはある程度、固まっていた。セイタンという花の地下茎に、エンゼル魔石という透明な魔石を削ったものを混ぜたものだ。
それを薬効を高めるべく色々な組み合わせを試すのだが、少し色を薄くできても、どうしても完全にはならない。
作られる毒は、このイチイよりも毒性が高い可能性もあるのに、だ。
「……ここにある材料だけでは無理なのかしら」
苦闘すること数日。
夜中に私が一人、天井を仰いでいたら、部屋の扉が何度か叩かれる。
「おーい、アスタさーん」
すぐ後にこう緩い声が聞こえてきた。
いかにも、デアーグらしい。
そう思いながら私が扉を開けに行けば、
「ちょっと来てくれない? もう大変でさぁ」
とのこと。
緊急事態という雰囲気ではなかった。声音にも特別な真剣みはなく、呆れた様子に感じられる。
いったいなにがあったのだろう、とデアーグについていけば、船のデッキへ出ることとなった。
陸から離れており暗い海を、船の魔導灯がぼんやりと照らす。
そんななか繰り広げられていたのは、
「ルベルト様、それではいけません。もっと丁寧に」
「……こ、こうか?」
「ルベルト様、申し上げにくいのですが、少し違います……」
ダンスだ。
波音がざあざあと響く中、連れてきていたらしい使用人らにより音楽が奏でられる環境で、ルベルトが女性にダンスを教わっている。
そして、その様はなかなかに見ていられないものだった。
足もとがおぼついておらず、船の揺れもあいまってか、かなりぎこちない。
少なくとも、貴族ならば普通はもう少し踊れるものだとは思う。
国が違うとはいえ、それは変らないはずだ。
「もうさっきから、あの感じでさ。ダンスの先生も連れてきたんだけど、結局けっきょくあれだよ。王子のくせに、本当下手なんだよ。外交先でダンスして下手だったら国家的にまずいだろ? だから助けてほしくて呼んだんだ」
「助けて、って私も素人ですよ?」
本当は違うけれど、建前上、そう言う。
が、それに対して彼はと言えば、私のほうに手を差し出してくるから、彼の顔を振り見れば、にこりといたずらっぽく笑って、腰元に置いていた私の手をさらう。
「まぁ、細かいことは気にしないで試しに僕と踊ってくれよ」
「え、でも……」
「いいから、いいから! 任せておいて」
そのまま、無理に踊りをさせられることとなった。