第45話 隣国王子の行き先は、オルセン王国?
♢
オルセン王国の人間がミュラ王国にて、毒薬の生成を依頼して回っている。
その事実は、トレールに帰ってからも、大きな気がかりとして私の頭に残っていた。
せっかく、毒を完治させることに成功して、痛みはなくなり身体は軽くなったというのに、気分が晴れない。
なにより気になっていたのは、なぜ彼らがミュラ王国で依頼する必要があるのかという部分だ。
毒薬を作って、誰か要人を殺そうとする。
それくらいのことは、貴族社会では起こってもおかしなことではない。
ただ、自国内で薬師を探して作ってもらえば、それで済む話だ。
足がつかないように、という可能性もあるが、それだけでわざわざ国境をまたごうというのは壮大すぎる。
頭の中、まとまらない考えが勝手にぐるぐると巡り続ける。
それで、本を読んでいる途中だったというのに、ぼうっとしていたら、
「手が止まっているな」
いきなり後ろから声がかかって、ぎょっとした。
振り返れば、そこにはルベルトが腕組みをして立っている。
本当に、気配がほとんどないのだから困りものだ。
「いつもならば、気配がないのは怖いと、言ってくるところだろう、どうかしたか。例の怪しい連中についてでも考えていたか」
「……いえ、違いますよ。ただ、少し疲れていただけです」
私は本を閉じながら、そう偽りの返事をする。
一応、怪しい連中が毒薬の生成依頼を持ち掛けてきたことは、帰るなりすぐに彼へと報告していた。
だが、オルセン王国側の人間であるとは、伝えられなかった。もしそれを言えば、私自身の出自が疑われることにもなりかねない。
だから、「少し変わったイントネーションをしていた、他国の人かもしれない」と、遠まわしに伝えるほかなかったし、あの民家はすぐあとに調査隊を向かわせたそうだが、すでにもぬけの殻だったようだ。
さすがに簡単に尻尾は掴ませてくれない。
毒薬ができたことにしておびき出すことも考えたのだが、それは危険だからとルベルトに止められた。
現在は、受け渡し場所として指定されていた村を中心に、秘密裡に調査中らしい。
「それで、なにか進展があって報告しにきてくれたのですか」
「その件ではない」
「じゃあ、公務に疲れたとか?」
「そうでもない」
ルベルトは首を横に振り、否定だけを繰り返す。
そのまま全く肝心の本題に入ろうとしないから、
「じゃあなんですか」
と、こう聞けば、彼は自分の頭に手をやり、髪の毛をぐしゃりと潰すように握る。
そして、その状態のまま目を瞑ってしまう。
その間、五度ほど瞬きをしていたら、やっと少し口が動いた。
「…………例の約束の件だ。庭の整備をする話があっただろう」
そういえば、手伝ってもらう約束をしていたのだった。私は言われて、ようやく思い出す。
私からお願いしたことだというのに、旅先で起こったことが衝撃的すぎて、頭から完全に飛んでしまっていた。
それをわざわざ、言いにきてくれたらしい。
王子と思えぬほど、律儀なものだ。
「その件ですか。失礼しました。それなら週末はいかがですか。ちょうど、少し手が空きます。もっとも、私より忙しいでしょうからご希望があればおっしゃってください。合わせます」
「それなら、悪いが再来週以降にしてもらえるか。そこまでは、少し遠出をすることになっている」
「遠出? 王都にでも行かれるのですか」
「いいや、隣国・オルセンに行く用ができた」
母国の名前を、このタイミングで彼の口から聞くことになるとは思わなかった。