第42話 元王妃、隣国で友人兼ライバル(?)ができる
「それで、どう飲めばいいんですの? 感極まっていて、聞こえていませんでしたわ」
と、赤くなった顔をほころばせて、尋ねてくるから、私は改めて一から説明を行う。
「晩御飯がすでに済んでいるようでしたら、今から飲まれますか? 少し苦くて、飲むのにコツがいるんです」
最後にこんなふうに聞けば、彼女は首を横に振った。
「いえ、まだですわ。少し食欲がなかったものですから、朝からなにも」
「……それは失礼しました。では、少しでもなにか食べられるようになったあとに――」
「それなら、今ですわね。治る。そう思ったら、お腹が空いてきましたの」
フィーネはにこっと笑顔を見せると、軽く小首をかしげる。
「アスタはどう? よかったら、一緒に食べていかれない? すぐに準備をさせますわ」
「え、私がですか。お誘いは嬉しいですけど……私が同席してもよいのでしょうか」
「遠慮はいらないですわ。あなたは私を助けてくれた恩人ですもの。むしろお招きさせてくださいませ」
前に会ったときは、敵意全開だったことを思えば、別人みたいな気さくさだった。
彼女はにこにこと、雨上がりについた花のような笑顔を見せる。
断る理由はなかった。
この旅の間は、あのトマトスープ以外は、ほとんどパンなど簡単なものしか食べていなかったし、ちょうどお腹も空いている。
それに、これほど純粋に幸せそうにしている彼女の無邪気な誘いを断るのは、なかなか難しい。
「では、ぜひ」
「まぁ! とっても嬉しいですわ! では、さっそく移動しましょうか」
私はフィーネに連れられて、部屋を出て食堂へと向かう。
用意された食事は、かなり豪勢なものだった。少なくとも、薬師となってからは食べたことがないものばかりが並ぶ。
かなりの気合の入りようだった。
どうやらフィーネの毒が治る見込みが立ったことを祝う意味合いもあったらしい。
途中からは、フィーネの両親も入ってきて、一緒に席を囲むこととなる。
よほど嬉しかったのだろう。彼らは薬を服用するため酒を飲まない私とフィーネの分まで、かなりのハイペースでワインを呷り、何度も何度も私に感謝と賛辞を述べる。
「本当に助かりました、うちの娘に代わってお礼をしたい。あぁ、でも、どうお礼をしたらいいのでしょう!」
「ありがとうございました。それ以上の言葉が出てきませんな。あなたは、希代の薬師になれる逸材だ」
「……お母さま、お父さま。そのくだり、もう五度目ですわよ」
フィーネがこう指摘しても、フィーネのご両親によるお礼攻撃は続いた。
そして、それを見かねたのだろう。十度目くらいでフィーネが使用人らに命じて、二人を食堂から追い出した。
廊下から二人が「本当に助かりました」「あなたは希代の薬師に――」とまだ言っているのが聞こえてきて、フィーネは口端をぴくぴくとさせる。
「お恥ずかしいところを見せましたわね。申し訳ありませんわ。あぁいう親ですの」
「ふふ、愉快な方たちですね。それに、あなたを愛していらっしゃる」
「愛しているかはともかく。愉快すぎて困っているのは間違いないですわ」
ため息をつくフィーネに、私はくすりと噴き出す。
それにつられたのかフィーネも笑ってくれて、二人で声を出して笑う。
「ねぇ、アスタ。わたしとお友達になってくださる? わたしたち、意外と気が合うと思うの」
「あら。私はルベルト様についた悪い虫だったのではなくて?」
「その件は謝りますわ。あなたのことをよく知りもせずに決めつけておりました。ただまぁ、わたしもルベルト様を諦めたわけではありません。これからはライバルでありながら親友。どちらがどちらに有利になっても、応援する。そういうのはいかがでしょう。とりあえず、敬語はもういりませんわ。わたしのことは、フィーと呼んでください」
「……えっと、フィーネ様。そもそもライバルではないと何度も」
「それ、聞き飽きましたわ。隠さなくても構いません。だって素敵ですもの、ルベルト様。格好いいですし、政治もできますし。恐ろしいとか言われてますけど、実は優しいところもありますし」
それは、たしかにそうだ。彼女はきちんとルベルトのことを知っているらしい。
私は思わず首を縦に振りかけて、やめる。
ここで頷いたら、より一層、ルベルトに好意を持っていると勘違いされてしまいかねない。
どう反応したのかと思っていたら、「それと」と彼女は付け加える。
「わたしのことは、フィーで構いませんわ。愛称ですの」
「……フィー、ですか」
「いいですわね、その感じですわ! これでお友達ですわね」
フィーネはかなりのお喋りらしかった。
食事が終わって、薬を飲んでからも、彼女のトークは止まらない。
その押しが強い感じは、私としては嫌いじゃなかった。これくらい、ぐいぐい来られると、こちらも話しやすかったのだ。
気づけばすっかり夜も更けていて、私はフィーネの好意で、そのまま城に泊まらせてもらうこととなる。
翌朝、薬の効きを確認するため、彼女の首元を確認させてもらえば、彼女の肌を覆っていた黒の範囲はすでにかなり縮小していた。
色味も薄くなっていて、はっきり効果が出ていると分かる。
「ほ、ほ、本当に治ってきてますわ!! 本当にありがとう!!」
フィーネは私を強く抱きしめる。
そこには、もう遠慮などはない。昨日一日で、彼女は壁を取っ払ってしまったのだ。
「じゃあ、お礼をしなくちゃね!」
「え、また? フィー、もう結構ですよ?」
「まぁまぁそう言わずに! フィーって呼んでくれたお祝いですわ」
彼女はぱちっと手を合わせると、私を連れて、再び食堂へと向かう。
そこにはまたしても、フィーネの両親がいて……ひたすら昨日の謝罪をされることになった。
このままだと、お昼も――なんて流れになりそうだったから、私はそこで城を去ることを決める。
明白な予定があるわけではなかったが、仕事は残っていたし、あまりお世話になりすぎるのもよくない。
フィーネが手配してくれた、来るときの数倍は立派な馬車に乗り、私はトレールの街への帰路についた。
毛布やら、途中で食べる弁当やらまで、お土産として用意して貰っていたから、実に快適な旅だった。
私としてはこのまま走りっぱなしでも問題ないくらいだったが、いかんせんかなりの距離である。
御者にも休息が必要だということで、道中の街にて宿泊をした際にその事件は起きた。
夕食後、部屋で薬の整理をしていたら、扉が突然ノックされたのだ。