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第41話 元王妃は、ご令嬢に感謝される。





ブラウエルモント魔石を貰える前提で、薬の材料となる他の薬草などは旅に持参してきていた。


だから私はすぐに宿を取り、そこで調薬作業を行う。


解毒薬自体は基礎的なもので、ベースの配分は決まっていた。

だから、あとは魔石をどれくらい調合するかの割合だが、だいたいの割合は本で情報を得ていたし、火で焼くことで効能が高まることも知っていた。


だから、魔法を使って炙るなどの調整を繰り返して、試作品の粉薬を完成させる。


「……まずいわね。過去一番かも」


舌触りも飲み心地も最悪で、苦みが喉奥に残る感覚もあった。


これで効果がなかったら最悪だと私は思うのが、そこは心配いらなかった。

一晩寝ると、腕から背中にかけて広がっていた黒色ははっきりと薄くなっていたうえに、範囲も狭くなっている。


つまり毒が増殖するよりも、分解されるほうが速い。

これならば、何日か服用すれば治る。そう確信を得ることができた。


だから私はそれを持って、今度はフラーレンよりさらに西の方角に半日程度走ったところにあるフェルスター領の中心にある街・フェルンを目指して旅に出る。


到着したのは、もう日が暮れたあとだった。

だが、翌日に回してしまえば、フィーネの苦しむ時間が長くなる。


私はそう考えて、街の北端、小高いところに建てられた城まで出向く。


「申し訳ありませんが、本日はすでに閉門しております」


はじめは、門番にこう断られた。


「アスタ・アポテーケです。フィーネ嬢とのお約束がありまして――」


だが、私がギルド証を提示しながらこう言えば、門番同士で少し相談したあとに、中へと通してくれた。

どうやら、フィーネが事前に話をしてくれていたようだ。


中へと入れてもらい、応接間のようなところで待たされる。

フィーネがやってきたのは、それからしばらくあとのことだった。


彼女は全身を覆うようなローブを身体に纏っていた。

しかも、もう暑く時期になるというのに、首元までを覆うような高いネックのセーターを着ている。


たぶん、首元まで黒く変色してしまったので、隠しているのだろう。


「……あなた、本当に来たのですね」


向かいのソファ席に着くなり、彼女はか細い声で言う。


「申し訳ありません。事前連絡のしようがなく。なにか、ご用事がありましたか」

「そういうわけじゃないですわ。なにせ、こんな状態ですもの」


彼女は扉が閉まっているか確認するためだろう。

一度後ろを振り向いてから、セーターのネック部分を下へと引っ張る。


すると、そこから見えたのは、炭で塗ったみたいに真っ黒になった肌だ。この間は背中だけだったことを思えば、毒は彼女の身体をむしばみ続けているらしい。


声に張りがなかったのは、これが理由だろう。


「もう、顔のほうにまで浸食してきていますの。これじゃあ、どこにも出かけられませんわ」


痛みもあるようで、彼女は顔を苦痛に歪めながら、ゆっくりとセーターを元に戻す。


「……失礼しました。でも、もう心配いりませんよ。薬をご用意しましたから」

「どうせ効かないのでしょう。同じことを他の薬師らに、もう何度も――」


今度は私の番だ、とそう思った。

私は彼女が言い切る前に、来ていたシャツの袖をまくり上げて、自分の右腕を彼女に見せる。


移動中にも、時間間隔を開けながら、薬を飲み続けたおかげだろう。

もうだいぶ、白さが戻ってきていた。遠目に見れば、分からない程度かもしれない。


「ない……、本当にない……。嘘、本当に薬ができたの?」

「はい。こちらにお持ちしました」


私はそう言うと、彼女用に作っておいた粉薬の包みをまとめて取りだして、ローテーブルの上に置く。


「こちらを一日三回、三日ほど飲めば解毒できるかと思います」


最初にこう伝えたあと、私は説明を続けた。


時間間隔をしっかりと開けてできれば食後に飲むこと、副作用として身体が冷えることがあるから、温かくすることなど、事前に書き記していたメモを見ながら、なるべく細かく要件を伝える。


「毒が長引く原因となったのは、デアローテモントという赤色の魔石です。その出どころについても、有力な商会が見つかりましたから、こちらもご共有をさせていただき――」


それから、毒を盛った人間を特定するための情報について話そうとしていたときに、はたと気づいた。

さっきから、まったくと言っていいくらい、反応がない。



それで私が顔を上げてみれば、そこではフィーネが肘をぴんと伸ばして、膝について、俯いている。

よくみれば、その顔は真っ赤に染まっている。


「……どうかしたのですか」


と、私が尋ねれば、彼女は突然に立ち上がり、わざわざ私が座るソファの後ろまで回る。

なにがしたいのかと振り向こうとしたところ、いきなり後ろから抱きしめられる格好になった。


腕が首の周りを軽く締め付ける。その長い髪がしなだれるように、私の首筋の上に乗る。


「……えっと」


あまりにも、思いがけないことだった。

私は戸惑うほかなく、動きがとれなくなって固まる。


すると、ぽつりと。


それは、私の肩口に落ちてきた。服の上から徐々に染みてきて、熱さをもたらす。


それに私ははっとして、少しの間、思わず呼吸を忘れてしまった。

どうやらフィーネは泣いているらしい。


やがてすすり泣くのが、耳元から聞こえてくる。

その間も、私の肩に落ちた涙の持った熱さは、なかなか冷めてはいかなかった。


「ありがとう、ありがとうございます……!! それから、色々と失礼なことを申し上げて申し訳ありませんでしたわ。本当に、本当に」


思いのたけがよく乗った、震えきった声だった。


彼女がどれだけ苦しんできたのかが、その涙だけで分かる。

痛みもあれば、隠そうと思えば自由な格好もできない。それになにより、全身が日に日に毒で侵されていくという恐怖心、焦燥感。


そういったものに日常をむしばまれていく感覚は、言葉で言い尽くせるようなものではないだろう。


その思いのすべては、数日毒状態になっただけの私では、到底理解しえない。だが、察することくらいはできる。


だから、私は一つため息をついて、彼女が落ち着くのを待つことにした。

フィーネはひとしきり泣いてから、やっと私を抱いていた腕をほどく。


それから、「申し訳ありませんわ」とだけ呟いて、元の席へと戻った。


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