第39話 元王妃、やり手商人に専属契約を持ち掛けられる
「あっはは、面白い、本当に面白いことをおっしゃいますね。本当に見込み通りだ」
「……というと?」
「まさか気づかれるとは思わなかったということですよ。さっき、あなたに助けていただいた老人。あれは、私だったのです」
彼はそう言うと、椅子の裏側に置いていたらしい野菜の入った袋を私のほうへと見せてくれる。
それは、たしかにあの老人が持っていたラインナップと同じだ。
「変装、メイクは、お手の物でしてね。まったく別の属性の人になりすますのは、特技であり、趣味なんです」
にこにこ笑いながら出てきたのは、なかなかの変人発言だ。
口ぶりからするに、普段からあんなふうに、変装することを繰り返しているらしい。
それにしたって、レベルが高すぎるが。
今の年齢なりの見た目から、老人へ化けようと思えば、変装やメイクだけでは効かない。
その振る舞いまでコピーできなければ、うまくはいかないはずだ。
「どうして気づかれたのです?」
「声のトーンが似ておりましたから。それに背格好も近いものがありました」
「おっと、声のトーンですか。それは少し盲点だったかもしれません。次は気を付けるようにいたしましょう」
「どうしてあのようなことを? あの人たち、商談相手だったのですよね?」
「取引する相手は選びたい人間でしてね。一つ先に試したのですよ。取引の場だけでは、いくらでも取り繕えるから、それだけで相手のことは分からない。あぁいった事態が起きたときにどう対処するかで、本当の人間性が分かる。むろん彼らは、問題外でしたよ」
ミヒャエルと名乗るその商人は、ペンを回しながら吐き捨てるように言う。
なるほど、これは厄介者だとか面倒くさいと言われるわけだ。
そこまでして相手を見極めなければ、取引をする気がないというのは、こだわりが、警戒心が強すぎる。
そんなふうに内心で評していたら、
「その点、あなたは素晴らしい。見知らぬ老人を助けるだけでなく、私の正体を見破る眼力。噂通り、いや、よっぽどそれ以上ですよ。アスタ・アポテーケ様」
私の名前が彼の口から出てくる。
まだ私は自己紹介をしていないから、驚くべきことだった。
だが、彼なら隣町の情報まで調べていてもおかしくはない。そう思うから、顔に出てしまうほどではなかった。
「……知っていたのですか」
「もちろん。あのトレールの街に、新たな薬師が現れた。トレールでは薬師が不在で、薬やポーションが高く売れる傾向にあるのは、商人の間では話題でしたからね。あなたのせいで、商売あがったり。そんな商人も知っていますからね」
脅しをかけられるような、話の振り方であった。
だが、これくらいの嫌味に屈しないくらいには、王妃として私はさまざまな打ち合わせの席についてきている、
「まぁ、そういう人がいてもおかしくはないですね。ただ、薬は一般の消費財とは少し異なります。薬で暴利を稼ごうとしていた人間がいなくなるのは、いいことだとは思いますが」
私は、自分の意見をはっきりと口にする。
彼はそれを聞くや目を見開いて、椅子に深く座りなおすと、あごに手を当てて、ふむふむと何度か頷いて見せる。
それから私を、笑顔でデスクの反対側に置いていた席へと促した。
「噂どおり、なかなかの切れ者らしいですね。あはは、たしかに、そうだ。やはり面白いですね。私もその手の商人は、排されてしかるべきだと思っている口ですから。どうぞ、今日いらした理由と、なにを求めているか、お聞かせください」
一応、最低限打ち合わせの席についてもいい。そう思ってくれたと見てよさそうだった。
だが、まだここからだ。結果が出るまで安堵してはいけない。それが、この手の相手だ。
私は緊張感を持ちながら頭を下げて、席に着かせてもらい、さっそく話を切り出す。
「どうしても手に入らない材料がありまして、カーター商会ならと思い、尋ねさせていただきました。ブラウエルモント魔石をお持ちではないでしょうか」
「ほう。ブラウエルモントですか」
「少量でも構いません。とある薬の調薬に必要なのです」
「というと?」
説明しないで乗り切るのは、望み薄だろうことは、分かっていた。
私は、手首のあたりで絞られたシャツの袖を右腕だけ一気にまくり上げる。
これには、さしものミヒャエルもその目を大きく見開く。常に細められていたから分からなかったが、どうやらそもそも一重であり、小さいほうらしい。
「アスタ・アポテーケ様。それは、毒でしょうか」
「えぇ。そうでございます。デアローテモントという、ブラウエルモントと対になる魔石を混ぜて作られた毒かと。一筋縄で解毒できるようなものではありません。そこで、ブラウエルモント魔石を削ったものが一定量必要になります」
「……なるほど。事情は分かりました。そして、ブラウエルモント魔石であれば、少量ではありますが、在庫もございます。モント系の魔石は、かなり入手経路が限られていますが、うちは種類だけは取りそろえる主義ですから。ただし売値はプレミアムを乗せさせていただきますね」
少なくとも、希望はある。
やはり、ここに頼ったこと自体は間違いじゃなかった。私はそう思うが、ここで話が決まるような相手ではない。
「ただし」と後から付け加えられる。
「アスタ・アポテーケ様。あなたは、簡単に取引するのももったいない相手です」
「……というと?」
「これを売るだけで終わらせる関係にはしたくない。そうだな、たとえば――」
少し間が開けられる。
「うちの専属薬師になってもらうというのは、どうでしょう」
「それはいたしかねます。私は、トレールの街で仕事をすでにいただいていますから」
「でも、別に専属の契約ではないのでしょう?」
そりゃあ、そうだが。
少なくとも、今の環境を私はとても気に入っているし、手放すつもりはない。
それはなにも、ただ条件だけではない。
ルベルトやデアーグなどともやっと親交が深まってきたところだ。彼らを裏切るような行為は到底できない。
そう思って首を横に振ろうとしていたら、先にミヒャエルが甲高い声で笑う。




